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一話目

 第三王女の結婚パレードは盛大だった。国の英雄との婚儀。しかも英雄は王女を一途に思い、身分の壁を越えての愛を貫いたという美談が後押しし国全体がお祝いの声で揺れていた。

 その中を頬を薔薇色に染め幸せに手を振る二人。感極まって馬車に人が押し寄せないよう警護がされていた。


 レベッカは目を光らせながら警護にあたっていた。この役目をかって出たレベッカは自分のしたことが間違いではなかったと痛感した。


 この日、レベッカは笑うことも拍手を送ることもできずにいたからだ。



 馬車が王宮の前で止まる。英雄が姫の手をとり、ゆっくりと王宮へ繋がる階段を上る。そして、上りきった所で振り返り民衆に向かって手を振った。割れるような歓声が辺りを包む。

 それをどこか遠くに感じながらレベッカは夢を叶えた友人を見つめていた。


 今日は笑おうと思っていたのに…

 何度も笑う練習を鏡の前でしたのに…


 自分の口元はピクリとも動かない。まるで笑い方を忘れてしまったかのようだ。ふいに英雄になった友人と目が合う。彼は一瞬、目を細め、レベッカが見たことのない幸せそうな笑顔を見せた。


 笑うなら今だ。

 そう心は叫んでいるのに、口元は張り付き動かない。


 結局、レベッカはこの日、友の人生の門出を祝うことはできなかった。




 警護の後は祝賀パーティーが予定されていた。国中に葡萄酒が振る舞われ皆で踊りながら飲み明かすのだ。女兵士であるレベッカも仲間たちと飲む予定だった。しかし、笑えなかったことが心にトゲを残しレベッカは飲む気分ではなかった。


「レベッカ。お勤め苦労様。これから行くだろ?」


 同じく護衛にあたっていた仲間が話しかけてくる。


「すまない。少々疲れたようだ。今日は部屋に戻る」

「せっかくのお祝いなのにか? 葡萄酒がわんさか飲めるぞ?」

「…先の戦の傷が治りがよくはないんだ。控えておくよ」


 そういうと仲間は言葉に詰まらせた。頭をガシガシとかきむしり言葉を選んで口を開いた。この仲間が優しいことをレベッカは知っている。知っていてるからこそ、嘘をついた。


「なぁ、レベッカ…お前、故郷に戻るって本当か?」


 他にも何か言いたげな眼差しで仲間は問いかける。それにレベッカは頷いた。


「あぁ…戦は終わった。それに、私はもうあのように槍は振るえない」


 レベッカが右腕をぎゅっと掴む。それに仲間は苦しそうな表情を見せた。


「…そっか。なら、故郷でいい旦那でも見つけろよ」

「どうかな。傷物の女など貰い手があるかどうか…」

「そんなこと! お前の傷は勝利の証だろう! 何を恥じることがある!」


 仲間がレベッカの両肩を掴む。真剣な眼差しの中に秘められ熱があった。


「貰い手がないなら俺が…!」

「ラルド少佐」


 レベッカがハッキリと名を呼ぶ。それにラルドと呼ばれた仲間ははっと目を開いた。


「いや、違ったか。今度、中佐になるんだったな」

「っ…」

「戦で多くの仲間が失われた。傷を負った者も多い。今、兵士はその人員が足りない。お前まで抜けたら万が一戦になったときに動けるものがいなくなる」


 レベッカは掴まれた肩の手ををそっと下ろした。悲痛に歪んだ仲間の顔を見ながら毅然と言う。


「ニコラスを守ってやってくれ」


 英雄となってしまった友の名を告げると、ラルドは一層苦しそうな表情をし、顔を背ける。


「忘れられないのか…ニコラスのこと」


 その言葉はレベッカの心に膿んだ傷を抉った。しかし、そんなことは微塵にも感じさせないよう穏やかな声色でレベッカは言葉を紡ぐ。


「忘れるわけはない。ニコラスは大切な友だから…」


 その本当の意味をラルドは知っていた。友人では収まりきらないレベッカの思いを。その思いを汲み取れていないニコラスのことも知っていた。


「戦ばかりしてきたからな。故郷の穏やかな空気を吸いたい。その先のことはゆっくり考えるよ」


 レベッカが手を差し出す。


「ありがとう、ラルド。ここでお別れだ」


 ラルドは切ない目でレベッカを見つめた。その熱を思いを傷つけていることは分かっていた。しかし、レベッカはラルドの手をとり、未来を夢みることはできなかった。


「さよならなんて言わないぞ。いつか、また」


 最後まで優しい仲間にレベッカの表情が少しだけ動きだす。しっかり握手をした後、二人は違う道を歩きだした。



 もし、ニコラスを見た時、笑えたのならラルドの手をとっていたのだろうか。


 そんな、ありもしない未来がレベッカの脳裏を掠めた。




 こじんまりとした自分の家の扉を開いてレベッカはその足を止めた。様々な感傷が心を占めていたはずなのに、一気に吹き飛んでいってしまった。その原因の元へズカズカと早足で歩き、立ち止まる。


「よぉ、おかえり」

「………なんでここに居るんだ、アイザック」


 無精髭に長いウェーブのかかった髪をまとめた、いかにも不審者の男が椅子に座ってくつろいでいた。


「なんでってそりゃ、ドアが開いていたんだよ」

「鍵はかかっていたはずだ」

「あ? あぁ、しまった。鍵を開けるのを忘れてた」


 いけしゃあしゃあと笑いながら言う男にレベッカは深いため息をついた。この侵入者は隣に住んでいるアイザック。自称作家を名乗る胡散臭い男だ。しかもこの建物のオーナーでもある。マスターキーを持つ彼はなぜかレベッカを気に入り、かなりの頻度で彼女の部屋に無断で侵入していた。


 レベッカはもう慣れた光景に何も言えず荷物を下ろす。


「着替えるので、出て行け」

「それじゃあ、姿勢を正して見ないとな」


 そう言うアイザックにレベッカは目を据えて左手を握りしめる。


「殴られて追い出されたいのか? 左手はまだよく動くぞ」

「あははっ。それは困ったな。殴られて気絶をしたらお前と美味しい食事ができない」

「食事って…」

「ほら、お前が好きなものはぜーんぶ作ったぞ。ミートパイに、根菜のポトフ、ああ、今日はお手製パンが焼きたて。デザートにはキャロットケーキだ」


 アイザックを見て、きゅるるるとレベッカの腹の音が鳴る。それにレベッカは、はっとして腹を押さえた。アイザックはにやりと笑って席を立つ。


「俺の部屋で待ってる。可愛いスカートでも履いてこいよ~」


 ドアが閉まったのを確認して、レベッカは盛大にため息をつく。傍若無人なアイザックだが、料理の腕はピカイチだ。すっかり胃袋を掴まれたレベッカはアイザックの無礼な態度を諌められない。腹の虫に従うべく着替えだす。ふと、クローゼットにしまいこんでいたワンピースが目に留まった。可愛い花柄のワンピース。可愛くなりたくて買ったはいいが、あまりにも似合わなくて一度も外に着ていってない。それを見るたびにチクリと心が痛む。未練だな…と思い、レベッカは違う服に手をかけ、クローゼットを閉めた。




「おお、来たか……って、相変わらず色気がねぇ服だな」

「これしかない。仕方ないだろ」


 アイザックの部屋に来たレベッカの服装は白いシャツに黒いズボンと男のような格好だった。唯一腰まであるブラウンの髪がレベッカを女だと認識させている。それも結い上げて帽子でもかぶってしまえば、細身の男に見えてしまうだろう。鍛え上げられた体はレベッカから女性特有のしなやかさを失わせていた。


「まぁいい。とにかく食え。たらふく」


 席に促されるとそこには本当にレベッカの好きなものばかり並んでいた。食べて~食べて~とキラキラと笑顔で迎える食事たち。ごくりと喉を鳴らし席につく。


「頂きます」

「おう。召し上がれ」


 レベッカはまずは何からいこうか迷っていた。サクサクのミートパイにナイフを入れるのもいい。しかし、湯気が立つほどあたたまり、見るからにトロトロになった野菜のスープも一口飲みたい。あぁ、でもこのライ麦パンはアイザックのお手製なので、酸味も少なくほどよく柔らかい。バターをひと塗りすればそれだけで食べても美味しい。悩ましい…


「なんだよ。食わないのか?」

「待て。最良の選択を考えている」


 そう言うとレベッカはまた考え込む。ここはひとまず茹で野菜を口にして心を落ち着かせた方がいいんじゃないか。しかし、この茹で野菜につけるソースがまた絶品だ。ただの野菜をご馳走に変える魔法のソースだ。ジャガイモを三個、四個ペロリと平らげてしまう。しかしジャガイモを貪っている間にスープが冷めてしまっては元も子もない。だから…


 思案しているレベッカの唇に一口サイズに切り取られた肉が付けられる。驚いて見るとアイザックがフォークに肉を刺してレベッカの口元に運んでいた。その顔はいつものヘラヘラした顔ではなく、真剣な顔だった。


「いいから、口を開け」

 

 そう言われ、レベッカの口が開く。口に広がる肉の味。それを包み込む甘味のあるソースが肉の獣くささを和らげ肉本来の旨味だけを残している。


「ふふぁい!(訳: うまい!)」

「だろ? いい鴨肉が手に入ったんだ。朝から支度したかいがあっただろ?」


 レベッカは肉を噛み締めながら何度もうなずいた。鴨なんて初めて食べた。その感動を飲み干したら後は無言だ。夢中だ。一切の雑談をせず、レベッカは食事を平らげていく。それをアイザックは目を細めながら見つめ、何も言わずゆっくりと食事を進めた。




「ご馳走様でした」

「食後に葡萄酒でも飲むか?」


 アイザックはお祝いに配られた葡萄酒のビンを持ってきた。レベッカの心を満たしていた幸福が急に失われる。レベッカは力なく首を振った。


「いや、いい。今日は飲みたい気分じゃない」

「そっか」


 アイザックはあっさりと引き下がり、ビンを棚にしまってしまう。萎んでしまった幸福感を惜しむようにレベッカが目を伏せていると、鼻を甘い匂いがくすぐった。目を開けると、アイザックがコップを差し出している。中身を見ると茶色い。


「ホットチョコレートだ。飲むだろ?」

「さっき、デザートは食べた」

「これは別腹。それに、甘いものってのはいくら食べてもいいんだよ。幸せになれっから」


 その言葉に自分の心が見透かされたような気持ちになった。アイザックは知らない。レベッカのなぜ兵士になったのかも、燻った思いも。

 同じようにレベッカもアイザックのことは知らないし、知ろうとしなかった。時折、アイザックは庶民とは違う気品のあるしぐさをする。もしかしたら、貴族の坊ちゃんなのかもしれないと思うが、詮索するつもりはない。


 誰かを知り、自分をさらけ出すことは恐ろしいことだ。


 英雄となったニコラスがそうだった。

 ニコラスとは幼い頃からの知る仲だ。なんでも話し心を通わせていた。しかし、その思いはいつしか方向を違える。

 どこまでも親友として接するニコラスに対して同じような気持ちを抱けず、レベッカの思いは不純なものになっていった。


 まだその思いは途切れていない。

 いつまでもチリチリと火種を残しレベッカを責めさいなんだ。


 こくりとホットチョコレートを喉に流し込むと、喉が焼けるほど甘かった。


「甘い…」

「この甘さがいいんだろ」


 飄々とした物言いのアイザックにレベッカの固まっていた表情は少しだけ緩んだ。


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