クエスト2-8 洞窟を抜けて
翌日。
トルカの様子を見に部屋のドアをノックしようととしたところ、トルカがドアを開けた。
「おうトルカ、おはよう。調子はどうだ?」
「……大丈夫。だから、看病はいい」
トルカと目線を合わせて挨拶する。
見たところは確かに大丈夫そうだ。
眠たげに目をこするのは朝方のトルカならいつものことだし。
「そうか。まあ念のため、もう一日休んでおいてほしい。トルカが倒れたら、俺は何も出来ないからな」
「……うん」
トルカは眠そうに返事を返す。
しおらしかった昨日とは違い、いつも通りのマイペースぶりだ。
「……シンヤ」
「何だ?」
「昨日は……ありがとう」
「ああ、どういたしまして」
少しだけ、トルカが笑って見せた。
俺も笑顔で返した。
「じゃ、おやすみ……」
そう言ってトルカはドアを閉める。
「結局寝るのか……」
踵を返し、部屋に戻る。
「あっ、そうだ。買うものあったんだ」
急いで支度をして、宿屋を飛び出した。
数日前、酒場でこんな話を耳にした。
狭いダンジョンに挑んだパーティの剣士が、閉所用の装備を忘れた。
仕方なくいつもの剣で挑んだものの、武器を壁や天井にしょっちゅうつっかえさせたせいでまるで役に立たなかったという話。
当人達は笑い話で済ませていたが、俺が今持ってる鉄の剣で同じことが起こると考えると、ゾッとする。
そういう訳で武器屋に立ち寄り、店員に相談する。
洞窟の民である店員が差し出したのは、片刃の大型ナイフと、中途半端な長さの剣。
前者の見た目は剣鉈に近く、後者は今持ってる剣をそのまま一回り小さくした感じだ。
ナイフの方は軽くて違和感があるが、戦闘用以外にも様々な用途に使えそうだ。
剣の方は違和感が少ないが、あくまでも戦闘用といった塩梅。狭いところでの戦闘以外では役に立ちそうもない。
迷ったが、値段もお手頃だったので思い切って両方購入。今まで使っていた採取用の小型ナイフは下取りに出した。
その日の俺は軽く新武器を試した後、徹底的に筋トレを行った。
腕立て、腹筋、素振り、スクワットをそれぞれ600回、走り込みも普段の倍の距離を走る。
魔物を狩りまくって少しでも次のレベルに近づこうかと思ったが、万が一のことやトルカがまだ完治していない事も考慮してやめておいた。
一日のほとんどを筋トレを行うのは久しぶりだ。
それからの俺は、ひたすら筋トレに時間を費やした。
トルカも部屋で大人しくしていたようで、特に問題は起きなかった。
………………………
…………………
翌日、調子の戻ったトルカに多重詠唱と魔力欠乏症のことについて教える。
多重詠唱は既に知っていたようだが、魔力欠乏症についてはよく知らなかったらしい。
当時は無我夢中だったというので、知っていてもやってた可能性はなきにしもあらず。
その日からしばらく、俺はショートソードに慣れるための、トルカは己の限界を知るための特訓をした。
……とは言うものの、やってる事はデュラハン討伐前のそれと大差無い。
ショートソードは鉄の剣より10cmほど短くなった分、少し軽くなっている。
取り回しはしやすいが、威力と有効範囲は弱体化しているので、その辺りは気をつけなければ。
……………………
………………
1週間後の朝。
松明とランタンを購入し、風穴の洞窟へ向かう。昨日買ったショートソードとナイフを装備し、鉄の剣とメイスはピスに預けた。
余計な消耗を抑えるため、道中の魔物は無視。
洞窟前の森を獣道に沿って急いで駆け抜けると、視界が開け、洞窟が姿を現す。が……
「崩れてる……」
洞窟の入り口は土砂で埋まっており、見た感じでは入ることはできない。
「確か、こいつをかざせばいいんだったな……」
俺は領主からもらった石をかざしてみる。
すると石が輝き、目の前の土砂の山は砕けるようにして消える。
まるでガラスに土砂の絵が描かれていたように。
「おー……」
「これで入れるな。明かりの準備をしよう」
「うん」
「ピス、お前も準備しとけ」
「はいデス!」
ピスを呼び出し、トルカの魔法で松明とランタンに明かりを灯し、いざ洞窟内へ。
洞窟内は暗く、少しジメジメしている。
高さはおよそ3m、横幅は成人男性が2人並んで歩けるくらいだ。
お世辞にも広いとはいえない。むしろ狭い。
灯火に照らされたゴツゴツとした壁は、魔物の胴体にも見えてきそうだ。
「見透す眼よ! バイタルサーチ!」
光源を確保し、敵の位置も把握可能。
進む準備はOKだ。
隊列は俺が前でトルカは後ろ、ピスは真ん中辺りに陣取る。
向かって右側の壁に手を当てつつ、時折後ろを確認しながら慎重に一歩一歩を踏みしめる。
明かりこそあるが、所詮は2つの小さな火。周囲は暗く、音も余り聞こえない。
初のダンジョンだからなのか、それとも領主に散々言われたからか、心臓が高鳴る。身体が強張る。
自分の鼓動が洞窟内に響き渡る錯覚すら覚えるくらいだ。
我ながら流石に緊張しすぎだ。相手はゴブリン。油断は禁物だが、何もクローラーレベルの魔物の軍勢が大挙するわけじゃない。洞窟も一直線だ。リラックスしろ、俺……
「……シンヤ」
「何だ?」
「何か、変」
「……何がだ?」
「シンヤが」
「……マジか」
「うん」
「……正直、怖いんだ。ちょっとな。トルカは、怖くないのか?」
「…………、大丈夫」
前半が聞き取れなかったけど、聞き返す程の事でもないか。
「そっか。トルカは強いんだな」
しばらく進むと、何かが見えてきた。
震える足を進めていくごとに、そのぼんやりしたシルエットがハッキリ見えてくる。
塊……白い塊……骨のようなもの……骨。この形は……!
「じ、人骨……!」
中間地点のごとく、少しだけ道が広いその場所に落ちていたのは、白骨化した人間の死体。
ということは、かつてここで誰かが死んだという事。
あり得ない話ではないが、ここに踏み入れた者の末路をその目で知り、恐怖が加速する。
お、落ち着け……!俺は勇者だ、臆するな! 俺には頼りになる仲間もいる!
「……進もう」
「分かった」
湧き上がる恐怖にどうにか蓋をし、先へと進む。
時折後ろを確認し、トルカとピスが付いてきているかを確認する。
トルカのいつも通りの表情が、ある種の清涼剤として働いていた。
「ピス、魔物の様子はどうだ?」
「この先に多数の魔物の反応がありますデス。用心してほしいデス」
「分かった、ありがとう」
剣を抜き、松明と剣を持ちながら先へと進む。
随分と進んだように思えるが、ここはどの辺りだろうか。
歩を重ねるうちに、何かが聞こえてくる。
「シンヤ、この先……」
「いますデス!」
「分かった。じゃあ……」
「ちょっと待ってほしいデス。ボクはこういう時にお誂えの魔法を覚えてるデス」
こいつ結構色んな魔法持ってるな。
「どんなのだ?」
「フラッシュという目潰しの魔法デス。今から使うので、ボクの後ろに立つデス。前に出ちゃ駄目デスよ」
ピスは前に出る。
俺は剣を握る。
汗で手が湿る。
「光よ、我らを隠す外套となれ!フラッシュ!」
ピスのモニターがカメラのフラッシュのごとく閃光を放つ。
刹那、洞窟が白で染まる。
一瞬だが、見えた。
5歩先にある、広い空間。
そこに巣食うおびただしい数のゴブリン。
「よし!」
先陣を切り、広間の入り口付近にいるゴブリンを斬りつけ、薙ぎ払い、蹴っ飛ばし、少し後退。
通路と広間の境目の、ギリギリ通路側に陣取り、そこでこちらに気付いたゴブリンを迎え撃つ。
ここには10体や20体どころではない数のゴブリンがいるが、通路なら一度に襲ってこれるのは多くても3体。
何十体も一斉に迫られたらいくらゴブリンといえど容易に死が見えるが、3体くらいならどうってことはない。
防御を固め、回復を怠らなければ俺1人でも攻略できる。
ローグライクRPG仕込みの戦闘術、見せてやるぜ!
「シンヤ、次は?」
「指揮を取るボス級がいるかもしれない。そいつが出るまでは魔力は消費しすぎるな」
「分かった」
「出来れば後ろも警戒してくれると嬉しい、ぜっ!」
受け答えしつつ、足元にいたゴブリンを掴んで放り投げる。
暗い洞窟に鈍い音が響く。
今で7体くらいか。
ここまで一本道だったから、後ろを警戒する必要はほぼ皆無だ。
だが、念には念を、ってね。
俺がいくら冒険者として弱くても、ゴブリンの強さは知れている。
20体程片付けたところで、ゴブリンが攻めてこなくなった。
作戦を気付かれたか、それとも大体片付けたか……いや、それは無いか……
「おらどうした、かかってこいよ弱小モンスター共!」
煽ってみても、ゴブリンは威嚇するかのように唸ったり、顔を見合わせるだけだ。
ゴブリン語と人語は違うらしい。
「攻めてこないデスね……どうするデス?」
「仕方ねぇ、こっちから攻めるか。ピス、フラッシュを頼む。トルカはアイスレインだ」
「了解デス!光よ、我らを隠す外套となれ……」
「大地を濡らす天の涙よ、刃となりて牙を剥け……」
ピスが詠唱に入り、少し遅れてトルカも詠唱に入る。
俺は巻き込み回避のために前に出る。
「フラッシュ!」
「アイスレイン!」
眩い閃光が洞窟の広間を一瞬照らし、続いて氷柱が連射される。
地面と並行に、薙ぎ払うようにして放たれる氷柱の雨はゴブリンを次々に串刺しにしていく。
俺はフラッシュを防ぎ、トルカの隙を狙って寄って来たゴブリンの排除を担当。
「よし、大分数が減った! これなら……」
ヒュッ、っと風を切る音が後方で聞こえる。
俺が通路に目を向けると、左肩に矢が貫通したトルカの、その瞬間が目に入る。
「トルカ!!」
どこからだ、どこから飛んで来た!?
薙ぎ払いの隙か?いや違う、目眩しをくらって当てられるものか。そもそも襲ってきた奴は俺が片付けたはず。
なら後ろか?馬鹿な、ここは一方通行のはずだ。後ろからどうやって……
いや後ろだ。
トルカの華奢な身体を貫いた矢は、この位置から鏃が確認できる。前から射られたなら、見えるのは矢羽じゃなきゃおかしい。
通路の見落としか?それとも外に出た奴がいて、そいつが帰ってきたのか?
いや、それはどうでもいい。トルカが負傷した時点でこれ以上の続行は無理だ。
退却だ、一刻も早く!
「シンヤ様!トルカ様が……」
「分かってる!撤退だピス!」
俺が踵を返したのに反応し、そうはさせまいとこちらにゴブリンが押し寄せてくる!
「来るんじゃねぇ!」
松明をゴブリンの大群に放り投げ、時間を稼ぐ。
焼け石に水だが、無いよりマシだ!
「光よ、我らを隠す外套となれ!フラッシュ!」
フラッシュか、なら今のうちに……!
「動くなよ、トルカ。出でよ勇者の剣!」
ショートソードをしまって勇者の剣を出し、トルカに刺さった矢を勇者の剣で鏃を切り落としてから抜く。
鉄の剣に慣れすぎて、危うく自分の腕も切り落としそうになってしまった。
ん? 鏃に何か塗ってある……? 血か?
違う、毒だ!
「いっ……!」
「我慢してくれ。ポーション、毒消しも飲んでおけ」
止血処理をしてグリーンポーションと毒消しを手渡し、トルカを抱えて走る。
合計値で遅れをとっているが、足は俺の方が速い。
不幸中の幸いは、明かりを2個持ってきたことだな。
「シンヤ様! フラッシュでの援護はここまでデス!」
「分かった、後はバイタルサーチに集中しろ!」
「了解デス!」
「トルカ、大丈夫か!?」
「シンヤ、トルカ、歩ける」
「馬鹿言うな、お前が置いてけぼりになるだろ。それよりまずそれを飲め」
「……うん」
トルカを抱え、勇者の剣を片手に薄暗い洞窟をひたすら逃げる。
ゴブリン達はつっかえているのか、今のところ追っ手は少数。
それより前方の敵に気を配らなくては。あの時後ろから撃ってきたということは、今進んでいる方向にも魔物がいるということだ。
「シンヤ、前!」
前方に弓を持ったゴブリンが3体。奴らは棍棒に持ち替えて迫り来る。
やっぱりか!
「そこをどけ!」
勇者の剣でゴブリンを切り結び、先を急ぐ。
豆腐でも切るかのようにゴブリンを両断した剣に一瞬映った俺の顔は、焦りで歪んでいた。
反射的に剣を振ったが、勇者の剣なら突っかからずに壁や地面ごとゴブリンを斬れる。
鉄の剣なら突っかかったところを襲われてゲームオーバーだったかもしれない。
ほんと何もかも無茶苦茶だなこの剣!
しかもこれでデュラハン戦以降の頑張りは全部パーだ! 大したことはやってないけど! だけれども! くそったれ!
本当はこいつなんかに頼りたくなかったが、今は非常事態だ、いざという時だ。生き残ればまた挑める。でも死んだら終わりだ。ノーセーブだ。
ランタンの明かりを頼りに、転びそうになりながらも走り続けるうち、前方に少し広い空間が見えた。
人骨を見つけた場所だ。
「ここまで来ればあと少し……!?」
瞬間、足が動かなくなる。
転んでトルカを投げ出してしまう。
ランタンとトルカが地面に投げ出され、転がる。
火は消えていないが、ランタンは破損していた。
「何だ……? 何が起きた……!?」
立ち上がろうとして、違和感に気付く。
俺の足には、いつしか矢が深々と突き刺さり、滴る血がズボンを染めていた。
「シンヤ様! 大z……」
「ピス!?」
ガン、という音がしたかと思うと、ピスが投石により地に落ちて、腕輪に戻る。
腕輪に戻ったピスからは一切の反応が無い。
「シンヤ!!」
気付いた時には全てが遅かった。
背後からゴブリンが数体がかりで俺を抑えにかかってきたのだ。
足を負傷した俺じゃ全部は倒せない……!
「ぐっ……!」
なだれ込むように地に倒され、押さえ込まれる。
ゴブリンは一体一体は貧弱でも、数体集まれば人間くらい抑え込むのには十分だった。
特に俺みたいな低能力の人間は……!
「くそっ! このっ!! 離せ!!」
うつ伏せの状態で腕を、足を抑えられ、殴打され、刺突される。
「シンヤ!! このっ、シンヤから、離れろ!! ファイア! ファイア!!」
駆けつけたトルカの、今まで聞いたことのないような必死な叫びと共に放たれる、詠唱を省いた魔法。
だが、それも結局は焼け石に水。
当たらない。
当たって倒しても次が来る。
減らない、追いつかない。
「トルカ、逃げろ……!」
手も足も封じられ、マウントも取られて身動きが出来ない。
「ぐあっ……!」
斬撃、刺突、殴打……
鈍い痛み、鋭い痛み、身体のあちこちに、様々な痛みが走り、身体のエネルギーを奪っていく。
「シンヤ! シンヤ!!」
「トルカ、早く、逃げろ……!」
死ぬ。
死ぬ!
死ぬ!!!!
俺は確実に死ぬ。悔しいけど、間違いなく……!
「やだ! 嫌だ!」
「早くしろ……お前も……!」
俺がトルカに逃げろと言ったのは、トルカに助かって欲しい気持ちよりも、トルカが凄惨な目に遭うのを見たくないからだったかもしれない。
「トルカ! 後ろだ!!」
「!?」
だが、その願いも、俺達の前から来たゴブリンによって崩れ去る。
「痛いっ!!」
俺と同じように、ゴブリンがトルカに一斉に襲いかかる。
「離せ!! 離せ!!! このっ!!! このっ!!!!」
やめろ!
やめろ!!
「ぁ……がっ…………」
声が……出ないッ……!
「離せ!!! 離せ!!!」
ゴブリン共は醜悪な笑みを浮かべながら手に持った武器で殴り、刺し、彼女の衣服を引き千切り、そして身体に噛み付き、食いちぎる。
「いぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
悲痛なトルカの声は、狭く暗い洞窟に恐ろしいほど響き渡った。
くそっ! 動け! 動けよ!! 俺の身体!!
今動かないでどうすんだ!!
「離れろ! 離れろ!! ファイア! ファイア!!」
トルカの魔法は、ゴブリンには届かない。
クソッ、背中のゴブリンさえいなければ……!!
「がっ……! ぐふっ……!」
絶体絶命な俺たちを嘲笑うように、ゴブリンは俺を、トルカを滅多打ちにする。
「シンヤ!! シンヤ!!」
視界が歪む。
感覚が無くなる。
死が近づいてくる。
だが、俺を絶望に陥れたのは、それではなかった。
自分の命が消えゆくことに恐怖と絶望を感じなかったわけではない。死ぬのが怖いのは当たり前だ。だが……
「シンヤ……シンヤ……!」
自分が絶体絶命であることよりも、自身もまたゴブリン共に食われていることよりも、ここで死ぬことよりも。
「痛い……痛い…………嫌だ…………シンヤ………………シンヤ……」
トルカの悲鳴が、光を失うトルカの瞳が、血に塗れるトルカの姿が、トルカが死にゆく姿そのものが。
トルカ・プロウンという1人の少女を、死に追いやったことが。
「シンヤ…………助……け……」
俺を、シンヤ・ハギの心を、黒く塗りつぶしていった。
「トル、カ……す、ま……な…………」
死ぬのか、俺は。
こんなところで、死ぬのか。
手足の感覚は、もう無い。
手を伸ばすことさえ、できない。
何も見えない。聞こえない。
ランタンの明かりも、仲間の姿も。
トルカの悲鳴も、ゴブリンの笑い声も、俺の声でさえも。
何故だ。
何故こうなった。
どこで間違えた。
何が駄目だった。
転換期はどこだった。
「……、………」
くそったれ。
くそったれだ。
何故救えなかった。
何故見落とした。
何故気付かなかった。
何故、何故、何故……。
「…………! ……!」
全てが、無になる。
俺の生きた証が、無くなる。
――――灯火は、消えた。




