異世界人技能実習生制度
「これがコンロ、ね」
カチカチという点火音の後、都市ガスに青い火が灯った。
シュリンシィィアという名前の異世界人は四本ある手の内、上の一組を擦り合わせる。
これは異世界を紹介するNHKの番組で見たことがあった。確か、地球人で言えば「肩を竦める」に当たる動作のはずだ。
「何か気になることがありますか?」
僕が尋ねると、シュリンシィィアは耳(腹部にある)の近くにセットされた翻訳機のリピート再生ボタンを押す。三度押してから、もう一度上腕を擦り合わせた。
「いえ、火の精霊への冒瀆ではないか、と感じたもので」
火の精霊、と来た。
これだから文化の違う異世界人は。なんでもかんでも精霊だの小神だのと結び付けて考えるのだから、性質が悪い。
「シェミカワ、貴方はこのコンロの作動原理を答えることができますか?」
まるで試験官のような問いかけに、僕は面食らった。
これだから異世界人技能実習生制度の事前検査なんていうものを受け容れるのは嫌だったのだ。
技術レベルがあまりに違う二つの世界の接触は、大きな混乱を招いた。
そのため、少しでもその差を埋める必要があると発足したのが異世界人技能実習生制度だ。
進んだ文明を目の当たりにし、技術を習得して本国へ持ち帰る。
もちろん、意義はそれだけではない。
両者の間に蟠る敵愾心を少しでも緩和しようというのが、政府や国連の目指すところだということは既に周知の事実だ。
シェミカワではなく瀬見川であることは、訂正しない。
既に何度も訂正したが、聞き入れられなかったからだ。異世界人の発声器官には、僕たちの名前は至極発音しにくいらしい。
「簡単な機構ですよ。単一電池から得た電力をスパークさせて、ガス管で送られてくる都市ガスに着火する。火力の調節はガスの供給量を変えて行います」
四つの複眼がクルクルと動く。
シュリンシィィアが何か呟いたが、あちらの言葉なので聞き取れない。
多分、精霊への感謝の念が足りない、とかそういうことを言いたいのだろう。
コンロの次は、シャワーやテレビ、パソコンにタブレットや冷蔵庫と僕の生活に関わる品々を見せて回る。
異世界人技能実習生制度ははじまったばかりで、どの程度の生活水準を受け容れ対象企業に義務付けるかはかなりの難問とされていた。
今回の事前調査は、その確認の意味が大きい。テストケースの一人として、僕は選ばれたわけだ。
「なるほど。知の精霊と火の小神の聖名に於いて、貴方の生活水準を把握しました。異世界人技能実習制度にどこまで反映されるかは参加企業に裁量権がありますが、必ずや貴方の協力は技能実習に参加する異世界人にとって、役に立つことでしょう」
「そうして頂けるとありがたいですね」
シュリンシィィアが満足げに下腕を打ち鳴らした。
かく言う僕も、三か月の語学実習の後は、異世界へ行くことになる。
異世界人技能実習生制度という名称は分かりにくいから、地球人技能実習生制度と改めるべきではないのか、と思っているが、聞き入れられそうにない。
聞けば、向こうでの生活は最低賃金以下の厳しい生活だという話だ。
とは言え、今の日本には仕事がないから、あちらへ行くしかもう生き残る方法はない。
精霊と小神のお力で何とか幸せにして欲しいものだ。
そんなことを思いながら、昆虫のお化けのような検査官を送り出した。