これより、リア充を撲滅する。
これはフィクションです。
フィクションです!
高校生活二年生の秋、文化祭が終わった二学期期末テストで学年一位を取った僕は、職員室に呼び出されていた。
呼び出された理由はわかっている。僕が学年一位を取ったということに関してだろう。
「……高市。これは由々しき事態だ」
僕を呼び出した教師、古田先生は険しい顔をしてその言葉を投げ掛けてきた。それを受け取った僕は、やはり苦い表情をして頷くしかない。
「僕も……そう思います」
「そうか。……原因は、やはり文化祭だろう」
「えぇ。あれは衝撃でしたからね……」
それから古田先生は虚空を眺める。おそらく、文化祭での一幕を思い出しているのだろう。
だから、僕も文化祭のことを思い出した。
――そう。あれは、午後のプログラムのことだった。
三年A組が行った演劇『白雪姫』。最後、白雪姫をキスによって目覚めさせるシーン。そこで王子様役の者と白雪姫役の者が、そう見えるような偽フレンチキスではなく、ネットリとしたディープキスを舞台上でかましたのである。
それを囲うように七人の小人たちが「もっと! もっと!」と二人を焚き付け、勢い余った王子様は白雪姫を眠っていた棺へと押し倒し、子供に聞かせるような童話は、一瞬にして大人の官能話へと早変わりした。
当然、舞台上の幕は強制的に降ろされ、服を脱ぎ捨てた王子様と白雪姫の愛の行為が大衆に見られることはなかった。……が、三年A組の暴走はそこで終わらなかった。
彼らは、なんとそれらを悪ぶれる様子もなく、舞台上から降り「恋愛は自由でいいじゃないかぁ! なぜ、認めて貰えないんだ!」と口々に叫び始め、集団で「ええじゃないか躍り」を始めたのである。
その光景に、誰もが呆気に取られたのは言うまでもない。そして、その隙をつけこむように、勢い余った彼らは踊ったまま行進を始めた。普通なら、それらは押さえ込まれて終わりなのだが、彼らに共感した者たちが次々に立ち上がり、その悪夢のような集団に加わり始めたのである。
最初に加わったのは同じ三年生だった。
この学校には『恋愛禁止』という校訓がある。その校訓に三年間押さえつけられてきた彼らは、勇気ある(?)三年A組を擁護するように加わった。
その数は三百人を超えていた。プログラムは急遽中止され、体育館は躍り狂う三年生によって埋め尽くされてしまう。その悪夢の連鎖はそれだけに留まらない。なんと、その集団に二年生、そして一年生までもが加わり始めたからだ。
――ええじゃないか。ええじゃないか。恋愛したってええじゃないか。
そんな音頭が、宗教的な熱を持って体育館内を徘徊する。さらには、その熱は体育館から洩れでて、学校内を行進し始めた。
それは、もはやデモというよりはテロという方が正しいかもしれない。
出店をしていた者たちは、食材を投げ捨ててその集団に加わった。
文化祭を楽しんでいた者たちは、もっと楽しむ為に集団に加わった。
その有り様を目にした誰もが、その集団に加わった。
皆、やはり恋愛をしたかったのだ。皆、やはり溜まっていたのだ。
学校の紹介ホームページには、『恋愛禁止』という文字はない。それに騙され入学をしてきた者たちは、入学後にそれを知らされ愕然とした。その怒りが、三年A組が起こした起爆により、大爆発を起こしたのだ。
その行進は、教師たちの努力空しく文化祭が終わる時間までタップリと行われた。その時、警察が学校にやってくるのを僕は初めて目にした。警察に取り押さえられる生徒たち、それでも、恋愛の自由を叫び続ける彼ら。一人……また一人と拘束されようと、彼らは叫び続けるのを、躍り続けるのを止めない。
……やがて一つの終わりが訪れる。大騒動を起こした彼らは、一人残らず捕まってしまったからである。その数は、ほぼ全校生徒と同じ。グランドに入りきらなくなったパトカーが、近くのコンビニの駐車場に停まっているほどの大捕物となった。
そして文化祭あと。学校側は全校生徒を処罰するわけにもいかず、三日間の休校処置をとる。
その休みが明けたら、元通り……というわけにはいかなかった。
そう。それは一つの終わりに過ぎなかった。
休みが開けると、教室中で愛が囁かれていた。廊下、階段の踊場、図書室、トイレに至る全てで愛という得たいの知れないものが蔓延していたのである。無論、それは授業中にも大きな影響を及ぼす。そして、二学期の学期末テスト。
生徒たちの学力は、一気に急転直下をペーパー上で見せたのであった。
結果、万年最後尾を這いつくばっていた僕の学力が、一位に躍り出たというわけであった。
――。
そんな悪夢を思い出し直した古田先生は、鋭い眼光で僕を見やった。
「お前は大丈夫だよな?」
「勿論です。僕には恋愛の『れ』の字もないですから」
「そうか。そんなお前に頼みたいことがある」
「何でしょうか?」
問いかけた言葉に、古田先生は険しい表情のまま、教師らしからぬ発言をする。
「……愛に染まってしまった奴等を撲滅して欲しい」
「先生……」
「分かっている。俺がこんなことを言うのも、一生徒に頼むのもおかしな話だと理解している。だが! もはやそんなレベルはとっくに越えてしまっているんだ」
僕は、そんな先生を見つめた。
「この学校に『恋愛禁止』という校訓があるのは、昔恋愛を拗らせた生徒が、愛という憎悪に焼かれて痛ましい事件を起こしたからだ。その年以来、そんな痛ましい事件を起こさぬよう『恋愛禁止』という校訓ができた。そして、次の年には共学から男子校にまで変わったんだ。それでも、やはり恋愛は起こってしまう……」
悔しげに唇を噛み締める先生。そんな先生に、僕も唇を噛み締めた。
「先生、顔を上げてください。……僕も限界だったんです。男同士がキスをしているのも、体育館の着替えで恥ずかしがっているのも、トイレの個室の壁が力強く揺れている光景を見るのも……」
「高市……」
「だから僕は……彼らリア充たちを撲滅してみせます!」
「よく……よくぞ決心してくれた」
「でも、何故僕を?」
「あぁ。お前の中学での悪行は知っている。なん組ものカップルたちを破局という結末に追い込み、『愛の死神』とまで言われたお前の事は、な」
「そうでしたか……ですが、僕に出来るでしょうか? 普通のカップルならいざ知らず、相手は男同士の逞しいカップルです」
「大丈夫だ。その為なら俺は惜しむことなく協力しよう」
「……わかりました。精一杯やってみます」
「ありがとう……ホントにありがとう」
「……では早速今日から」
「頼むぞ」
その日から僕は行動を開始した。
まず最初に始めたこと、それは告白の撲滅である。文化祭以来、学校の敷地内に悠然と立っている大木、その木の下で告白をすると願いが通じる。そんな噂がその木にたっていた。
その木の下で、この二学期何人もの男たちが、汗臭く泥臭い愛を成就させてきた。
だから、古田先生にチェーンソーを借り、その木を斬り倒す。
「いやっほぉぉぉおぉぉぉぉ!!」
――ガリガリガリガリ!
「やっ、やめてくれぇぇ!」
「俺はまだアイツに告白してないんだぁぁぁ!」
「知るかぁぁぁっいやっほぉぉぉぉ!」
――ドシン。
告白、撲☆滅☆
次にやったこと、それはカップルの撲滅である。
文化祭以来、校内のあらゆる所でキスをするカップルが多く見られる。それは校舎の裏であったり、屋上であったり、部室内であったり。
だから、僕はカメラを古田先生から借り、その様子を激写していく。
――パシャ。パシャパシャ。
その写真を毎朝、誰もが目に触れる場所に貼り出すのだ。
キスをするのは、誰にも見えない場所があるから。だからそんな場所など無いのだと、彼らに教えてやるのである。
これは結構な骨だった。何せ、その写真を見る度に吐き気を催すからである。現像を頼んだカメラ屋さんには、痛い人を見る目で何度も見られた。
それでも……僕はやってのけた。
そして最後の仕上げ。彼らに、男ではなく女性の素晴らしさを教えるための作戦。もしも、これが成功すれば、男子校であるこの学校から恋愛は消え去るだろう。
まず、古田先生の給料を受け取り、AVショップへと走る。僕はまだ十八才ではない為、そこでも古田先生を呼び出して大量のDVDを購入する。
それを、放課後のうちに全校生徒の机に忍ばせておくのである。
効果は絶大だった。彼らは授業中に体調不良を訴え、視聴覚室に走る。そして、二時間程そこで引きこもった後、すっかり目の覚めた彼らが視聴覚室から出てくるのである。
僕は、何故か満杯になるゴミ箱を時々交換するだけで良かった。
まさに、健全な男子高校生製造機と化した視聴覚室。
これには古田先生も涙を抑えて喜んでくれた。
「俺の今月分の給料がぁぁ……」
――こんなにも役に立つとは。おそらく続く言葉はそんなところだろう。
だが、それでも恋愛を止めない者たちはいた。隠れてコソコソと愛を育む男たち。彼らには……致し方ないことだが肉体的苦痛を以て対処しなければならない。
それも古田先生に頼み、クロロホルンを入手すると、それを嗅がせて生徒指導室へと運んだ。
「――はっ! ここはどこだっ!」
気がついた生徒には目隠しをしてある。そんな彼らには、あらゆる道具を使って体罰を与えた。――それが、気持ちよくなるまで。
「むぉぉぉぉ! もっとぉぉぉ!」
四時間ほどそれを続けていると、どんな屈強な男でも涎を垂らしてそうせがんでくる。そこで、止めてやるのだ。
そして最後に。
「もっとやって欲しければ、今の彼氏と別れろ」
そう囁いてやる。
「別れますぅぅぅ! だから……だからぁぁぁ」
――二学期、あれほど溢れ帰っていた男たちの愛は、三学期にはピタリと終わっていた。まるで、春の夜の夢のごとし。
だが、それでも尚、恋愛をしている者たちは少なからずいる。もうそんな奴等は、元からそういう気があったのだろう。
それには、もはや諦めるしかない。恋愛は自由なのだから。
――そして。
たった数週間で男たちのリア充を撲滅した僕は、その手腕を買われ、今では『王様』として一部から崇められている。そんな彼らを率いて、僕は『裏・風紀委員会』を設立した。そこでは、恋愛に手を出してしまった愚か者どもを静粛するための機関として大いに学校の役に立っている。
働くとは、こういうことなのだろう。
「王様! 屋上でキスをしているとの目撃情報が入りました!」
それは、平委員からの報告。
「やれやれ、僕の出番か……」
それに、僕は重い腰を上げる。
どうやら、リア充とはどんなに撲滅しても何処かしらから沸いてしまうらしい。
悲しいことだ。
それから、僕は屈強な男たちを率いて『裏・風紀委員会』の部屋を出る。
僕の……いや、僕らの戦いはまだ始まったばかりなのかもしれない。
授業も出ず、勉強もせず、リア充撲滅だけにその身を注いだ留年二年目の春。
僕は、意気揚々と屋上に走った。
一応、弁明(?)の為に記載しておきますが、こんなことは男子校ではあり得ません。ソースは俺。
ただ、しゃしゃり具合が他の学校を凌駕する為、揃えられた教師陣は武道派の人たちが多いです。主に、イベントで発揮される三年生の「停学になっても良いや」具合は異常。
もし、進学で悩んでいる人がいたら考えてみて下さい(白目)