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顔合わせⅢ

 惜しかったのになぁ……。

 ミカエルは、銃の引き金を引いた一樹を横から見つめていた。

 彼の後ろ姿は、絶望の一文字で言い表せるほどに暗いものを醸し出していた。それは、彼の近くにいた天野さんも同じだった。彼女の体からも絶望とよく似たものを感じる。

それは、どんな感情なのだろうか。おそらく、後悔の念が彼女の心を蝕んでいるのだろう。ミカエルは一人で近くにいる二人の学生の心を読もうとしている。

 それはミカエル自身の趣味なのか、それとも仕事なのか。それは、おそらく後者の方だろう。多少なりとも前者も混ざってはいるだろうが、後者の方がいろいろと彼女にとってメリットが大きい。

 人は大きな壁にぶつかればぶつかる程、より強い心を持つことが出来る。でも、それはその壁を自分自身の決断や力で乗り越えることが出来てからのことだけど。

 人の想いが強ければ強い程、人と言うのは強くなろうとする。それは昔から決まっていた。頭が悪かった人間は、自分も頭が良くなりたい。他の人間なんかに負けたくない。

そんな気持ちを強く持っている人間は、必ずしも大きなことを達成することが出来る。

 ミカエルたちのような天使には、人間のように努力をすることなどは一切合切必要としない。それは、元から自らに与えられた力を他の物とは比べようとしないから。それを人間は比べたがる。だからこそ、人間同士の衝突が起こり、それが大きな壁へと変わって、自らの前へと巨大な壁を作り出す。

 それが政治であろうと、一人の精神面での壁であろうと、物は同じ。それを乗り越えられた国や人間は、より大きな力を自分の中に見出し、人生と言う名の道に大きな一歩を踏み入れることが出来る。そして、私の目の前にいる少年は自らの壁に立ち向かい、負けてしまった。その壁は何度でも挑むことができるが、それをするための精神に戻すまでがとても苦労をする。

 彼のプロフィールを見れば、昔はなんでもこなすことが出来たと記されている。それが意味することはなんなのか。彼はまだ理解できていないのだろうか。それとも、理解をしていてもそれを実行に移そうとしていないのだろうか……。


「心が弱いのね……」


 誰にも聞こえない程の声量で口にしたその言葉は、目の前でミカエルたちに背を向けている少年へと向けた言葉だ。そんな彼が、どんな気持ちなのかは手に握るように簡単に理解できる。ちょっとした力を使えば、人間の頭の中なんかは一瞬で覗き込むことが出来るし、でも、それをしても結局はどうにもならないことは分かっている。

 私には教えることはできても、力を使わせてあげられるようにすることはできない。

 天使は人間に力を常に与えているが、一樹のように力を使えないような存在は初めてなのだ。それに対する対処法なんてものは、天使の中には持ち合わせていないし、どうやったって、天使にも理解が出来なかったのだ。

 そんな一樹は、天使たちから言わせれば特別な視線で見られるような特異者。人間から言わせてしまえば、役立たず。

 その価値観の違いから、この少年の心はもとの姿を失ってしまった。だが、彼自身が特別だと言うことは、ミカエル自身の口からは言えない。彼には、自分の力でそれに気づかなければならない。なぜ、彼だけが力を使えないのか、ミカエルも理解したいと思っている。


「…………すいません、俺……今日は寮に戻ります」


 そう言い残した一樹の背中からは、もう努力をしようといったものは消えていて、彼の心の有様が、背中越しに伝わってくる。

 隣からも、同様の空気が流れてくるのを感じる。

 今日はダメみたいね……。

 この空気が身に染みてしまった二人の生徒たちは、自らの場所へと戻っていく。その姿に、自分の思惑とは違った方向へと向いてしまったミカエルは、


「もう……やるしかないみたいね」


 何かを決心するかのように呟き、背中から大きな翼を広げると空高くへと飛び上がり、自分の仕事場でもある学園長室へと羽撃はばたきながら、


「懐かしい匂いがしたのは気のせいかな?」


 と呟いたのであった。


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