変化する戦況
その頃、揮移たちの部隊は多少の苦戦を強いられたが、そのまま前進していた。
「勾坂、私たちはこのまま前進して大将の確認をしてくるけど、異存はないわね?」
『異存はないけど、気を付けていくんだよ? 去年の緑城は日本では第六位って低いけど、今年からは天使直々に教えが入ってるんだから。どこまで成長してるか分からないから』
「それは心得てるさ。さっきも私と戦ってきた相手も第三位と言っていたが、相当の実力だったからな……今年はどうなるか分からない」
『確かに揮移が苦戦するとは思わなかったよ……相手の数は多かったにしても、揮移なら速攻で終わると思ったんだけど』
「まだ第一位が出て来ていない状況……どれだけの実力なのかが未知数ね」
さっきまで戦っていた相手は木々たちを自在に操り、部隊の半分を蹴散らした程の実力。そのせいで戦力が少なくなってしまったことで、今の状況で相手に出くわした場合、負ける確率が相当に高い。だが、逆に部隊の人数が少なくなったことで小回りが利くようになり、潜入するには好都合だ。
本拠地からすでに十五キロほどは前進することが出来たこの状況を崩すわけにも行かない。
『もしも、敵に遭遇したら一直線に戻ってくるんだよ? 君は僕たちの中で最大の戦力でもあるんだ。ここで君を失うのはリスクが大きすぎるからね』
「わかってる……でも、大将を確認するまでは戻るつもりはないよ」
『わかった……くれぐれも無理はしないようにね』
「……了解」
そこで通信が切れ、自分が率いている部隊に先行することを通達すると、自然に紛れるように歩いて行く。だが、揮移の姿は異様に目立つ。全身を赤で包まれたその姿が動くものなら相手にすぐに見つかってしまう。そんな姿を晒すわけにもいかない。
近くにある木の葉をカモフラージュに使い、そして部隊が前進していく。
遠くから響いてくる銃撃戦の音が耳に残る中、身を潜めながら先行していくと近くに緑城の学生たちが通り掛かり、身を屈めてやり過ごす。
心拍数が急上昇して、息遣いも荒くなる。相手にバレるんじゃないかと思うと体が強張る。
だが、それは杞憂に終わり、緑城の生徒達は他の戦線に交わり銃撃戦を始めたのだ。
それを確認すれば、もういちど部隊は身を潜めながら前進していく。非常に体力を使う作業だ。敵陣の真っただ中を通っている揮移達。もしもバレた場合は、一気に引き上げても部隊が残るか残らないか……そんな瀬戸際に立たされている。だが、敵を目視したのはさっきの一度きりで、それ以降は敵が現れることが無かった。
「出張ってるわけではないはず……」
多少なりと怪訝に思いながらも、一歩一歩踏みしめながら歩いて行くと、二キロ程離れたところに敵陣の本拠地らしきものを確認できた。
「狙撃班、大将がいないかを確認して……発見した場合、この場で狙撃するわ……」
勾坂は戻れと言ったが、ここは決められるなら決めた方がいい。その指示に従うように、十名程の狙撃班が身を屈めた状態でライフルスコープの中を覗く。
大将は必ず腕に腕章を付けることが義務付けられている。その腕章を確認するために、揮移自身も自身で持ってきていたゴーグルを覗く。倍率を何十倍と上げ、敵陣を確認すると、一発で大将を見つけることができた。重圧な空気を纏った短髪の大男である大将は他の学生とは違う服装を着た数人と話をしているようだ。その学生たちは要するに、揮移たちと同じ天使に見入られた学生。特別クラスの人間だ。
「大将を発見したわ……狙撃班は一点集中。逃がさないように頭、胴、足と三点に二発ずつ能力の付与もして射撃して」
そう指示を送ると、狙撃班は集中し始める。
これが当たれば、戦争は終わる……逆に外れたら、襲撃される。
そう意志が込められ、ライフルを握る部隊の全員が身体を強張らせる。そして、
「狙撃開始……」
の一言で十名ほどの狙撃班が一斉に引き金を引いた。猛々しい銃声が響くのと同時に、スコープの先にいる大将へと赤く燃え上がる複数の弾丸は一直線に飛んで行く。
そして、次の瞬間にはすべてが終わっているはずだ。そう確信の中に少しの疑問を浮かばせながら着弾した場所をスコープ越しに確認すると、大将である大男がこちらの気が付いたのであろう、口元をニヤけさせたのだ。
その光景に部隊が驚愕した。確かに弾丸は彼の体に直撃したのだ。確実に頭と胴、そして足に二発以上の弾が……にも関わらず、相手はそれに動揺するわけでもなく、毅然と立っているのだ。
そして、大将である大男は次に取った行動は地面を踏みつけたのだ。それが何を意味しているのかと頭の中で思考を瞬時に考えるが、揮移達の周りでは何の反応もない。
だが、確実に居場所がバレたことは分かる。すでに千以上の生徒たちがこっちに向かってきているのだ。
「狙撃班は銃を置いて逃げてっ! 一刻も早くここから逃げ出すよっ!」
その叫びと同時に揮移は、瞳の色を真紅へと変化させ自分の身体から赤々と燃え上がる炎をこっちに向かってきている相手勢へと波の如く解き放つ。
少しでも逃げる時間を稼がなければ、ここから全員を逃がすことが出来ない。ここから安全圏まで十キロ近く……それまでに辿りつける仲間がどれだけいるか……。
自分が招いてしまった事態を一刻も早く収集するためにも、揮移は全力を持って相手に対峙する。
「勾坂っ、大将は見つけることができたけど、こっちの居場所がバレたの。こっちに輸送機を二機送って! そうじゃなきゃ、部隊が全滅しかねない!」
『…………ザァ…………ザザ…………』
叫ぶように無線で連絡を取るが、勾坂からは返事が一切返って来ずに、ノイズだけが返事をしてくる。さっきの状況から常に通信は繋がっていたはずなのに、連絡を取れなくなっていたのだ。
「電波障害っ!」
今ごろ気が付いても遅かった。相手は炎の海の中を通らずに木の上へと登り、そこからワイヤーを使って刻一刻とこっち側へと近づいてきている。
「やるしかないみたいね……」
ここから逃げ出すことは、不可能になってしまっただろう。緑城は無線を使ったのであろう、逃げている方向からも敵陣が向かってきているのだ。
八方塞がりとはこのことだ。
「陣営を一点集中型に変えて、この状況から逃げ切るよっ! 私の後について来て!」
この無謀とも言える状況の中、揮移は自分の最後の力を振り絞って逃げようとしている。
部隊の前方、安全圏が敵の後ろにある場所を目指すために揮移は腰に備えてあったハンドガンを手に取り、能力を最大限にまで付与した弾丸を数発、発砲した。
その弾丸の軌道は、相手に直接当てるのではなく地面に埋め込むように撃ち込んだのだ。
弾丸は敵を囲むように打ちつかれ、そして一つの四角形が赤い線によって浮き彫りになる。
走り込みながら瞳の色をより一層赤くすると、赤い四角形の線の中にいる五百近い敵兵たちは一気に燃え上がり、退場扱いになる。
「一気に走ってっ! とにかくここから逃げることを優先して!」
いつの間にか二千以上の軍勢が揮移たちの部隊を追いかけてきていた。そして、揮移の部隊も残りが百を切っている。
敵は着実に揮移の部隊を減らしていく。
『お前は赤城の『朱雀の巫女』だな?』
不意に聞こえてきた声は確認するかのように揮移へと響いてくる。
『俺は緑城学園大将の九曜蝉鬼だ。お前たちがここに向かってくることは知っていた……』
森の中を何重にも響き渡る声の持ち主である相手の大将が、重圧を感じさせながら近づいてくるのが分かる。真後ろに一点だけ、異常な空気を纏って歩いて来ているのが肌を通して分かる。
『お前をここで退場させれば、俺たちの勝機は大きくなる。ならば、ここでお前を倒さない手はないだろう?』
全速力で走っているにも関わらず、後ろにある気配はジリジリと近づいてくる。
『俺も緑城第一位としてお前とは真正面から戦いたいのだが、状況が状況でな。一気にここで叩かせて貰うぞ……』
響き渡る声の次には大地を揺るがす振動が起こる。まるで大地震のような揺れが足場を揺るがし、走ることを困難になる。
『これでお前は退場だ……』
その言葉が轟くと巨大な影が揮移達の頭上へと現れ、全貌を確認する直前に揮移が何かを口にしようとする直前に退場させられたのであった。




