表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スノウ・ポッドと花の思い出

作者: マルハナ

 人目も気にせず少女は走り、うつむいた顔から澄んだ雫をこぼしました。日に日に寒さを増す街頭で、彼女だけは家から飛び出した姿のまま、誰もいない公園まで駆けていきます。


 気まぐれの秋空ははっとするほど青く、ちぎれた雲を点々と浮かべています。紅葉した並木との対比が見るも鮮やかです。

 ため息をつくほどの色彩に見向きもせず、少女はベンチに座り、両手で顔を覆って泣き出します。晩秋の美しい景色も、彼女の潤んだ瞳に映りません。


「かなしいの?」


「えっ? あなたは……」


 そんな少女に声をかけたのは、四つか五つくらいの女の子でした。

 真っ白な髪の毛に、一輪の白花を挿しています。ワンピースにいくつもあしらわれたリボンは花びらのよう。花の首飾りを北風に揺らすその子は、冬に咲く花を体現するような姿でした。


 きらきら輝く銀色の瞳で、少女の泣き顔を覗き込んでいます。小さな手に、自分とお揃いの花を握り、そっと差し出しました。


「……おはな、くれるの?」


 艶やかな白は怒りや悲しみを洗い流すようでした。雪色の花は、彼女に家のあたたかさを思い出させます。さっきまでの悩み事や、家族に叱られた記憶も、今ではちっぽけなことのように思えました。


「ありがとう。すごく嬉しいわ、あなたはとっても優しいのね」


「ううん。だって、わたし……あなたに、これくらいのことしかできないの。あなたのかなしい気持ちをなくすこと、できない。このおはなだって、すぐになくなっちゃうもの……」


 白い女の子は、なぜだかしゅんと目を伏せます。花のような姿も相まって、今にも散ってしまいそうな儚さを感じさせました。


「そんなことないわ。私、あなたのおかげで元気になれたもの。このおはながなくなっても、今の気持ちはなくなったりしない。優しいあなたと会えたことも、おはなをもらって嬉しくなったことも、ずっと覚えてる」


 少女は、小さな女の子の手を握り、心からの感謝を伝えます。


「すてきなおはなをありがとう、"おはなの妖精"さん。私……あなたのことを忘れないわ」


 思いのこもった言葉を受けて、白い小さな女の子は、銀色の瞳を見開きました。



◇ ◇ ◇



 扉がガチャリと開くのを聞き、女の子たちは目を輝かせました。お屋敷の主人が帰ってきたのです。

 庭や町で遊んでいた彼女たちは、夕陽が沈むのにあわせてお屋敷に帰り、広間で遊んでいました。待ち人の帰宅に、髪や服につけた花を揺らしながら駆けつけます。


「……ただいま、小さな妖精たち」


 玄関には白衣の青年が立っていました。たくさんの本を抱えながら、女の子たちへ帰宅のあいさつをします。


「はかせだー!」

「はかせ帰ってきたよ」

「はかせはかせー」


 女の子たちは家主の帰りを嬉しそうに出迎えました。青年を"博士"と呼んで、彼のうしろを飛び跳ねるように追いかけます。広間に入るまでの時間も惜しんで、今日あった楽しいこと、嬉しかったことを話し始めます。


 暖炉の前の長椅子にて、博士とおはなしをするのは女の子たちの大切な日課でした。彼はどんな些細なことでも喜び、驚き……小さな女の子たちの大冒険を応援してくれるのです。

 けれども、この日はいつもと様子が違っていました。



 疲れたように長椅子に座った博士は、女の子たちの話に喜ぶどころか、顔を暗くさせたのです。

 普段なら、どんな話でもにこにこ笑って聞いてくれるのに、彼は先ほどから一言も話さず、黙っています。これには彼女たちも戸惑いました。


「はかせどうしたの? かなしいことがあったの?」

「あの……おはな、あげるから……」

「わたしも! わたしもあげる!」

「ほらほら、きれいでしょ? これ見て元気だして」


 今にも泣きそうな様子を見かねて、女の子たちは、てのひらに花を咲かせて差し出します。


 これは彼女たちだけができる魔法でした。ひとりにつき一種類だけですが、無限に花を生み出すことができます。

 何輪もの花が降り、博士の白衣はすぐに色とりどりの花びらで埋め尽くされました。


 赤、白、青、黄色。膝の上が花畑のように鮮やかとなっても、博士は悲しい顔をしたままです。


「はかせ……?」

「なんでなんで? どうして、えがおにならないの?」

「どこかいたいところがあるの?」


「ごめんね。みんな……」


 彼はやっと、口を開きました。



「君たちの消滅を防ぐ方法が見つからないんだ」





 博士は、ずっと昔から魔法の研究をしていました。世界を巡る大いなる力を解き明かそうと、様々な場所を旅し、実験を続けてきました。


 女の子たちと出会ったのは、四季の研究をしていた時でした。


 季節を固着する実験にて、偶然生み出された副産物。世界からほんの少しだけ抽出された"花"という概念は、自我を備え、小さな女の子の形をして博士の前に現れました。

 彼は"花の具象体"である彼女たちを、"花苗ポッド"と名付け、観察していました。しかし、その研究もまもなく終わってしまいます。


「ずっと咲いていられる花はないよ。君たちは大自然の一部。いつかは散って、もとの季節の流れに還らないといけない。個々の意識を持っているから、自由に考えたり、話したりできるけど……ただの概念に戻れば、それもできなくなる。いくら僕の力でも、こればかりはどうしようもできないんだ」


 博士の説明も、難しい単語の意味も、小さな女の子たちにはわかりません。けれど危機感は伝わります。今までの暮らしができなくなると教えられ、仲間同士で顔を見合わせました。


 彼女たちは、これまでの毎日を思い起こします。

 まぶしい世界にやってきて、友達と笑いあって過ごした日々を……



 晴れた日には、お屋敷の庭で太陽の光を全身に浴び、雨の日も天からのまるい雫を求めて、あちこち走り回りました。

 風の強い日では仲間といっしょに吹き転がされ、雷が鳴ると寄り集まって身を低くします。


 お互いに魔法で出した花を交換し、すてきな色の花輪や首飾りを贈り合いました。お屋敷の周りだけでなく、町の人にも花を配りました。

 人々はポッドたちを"おはなの妖精"と呼んで親しみ、大切にしてきました。



 大自然の一部だったころには味わえなかった感情。にぎやかで楽しく、かけがえのない仲間と過ごす幸福な毎日。それらはみんな、もうすぐ消え去ってしまうのです。


「わたしたち……もう、みんなと会えなくなるの?」

「いっしょに遊べなくなっちゃうの?」

「おひさまのあたたかさも、雨のつめたさもわからなくなるの?」


 自分が消えてしまう。散って、存在がなくなってしまう不安から、たくさんの質問が博士に投げかけられます。

 けれど、沈黙を守る彼の様子が、なによりの解答でした。




 それから博士は研究室に閉じこもりました。ポッドたちが散ってしまうのは誰にも止められません。彼にできるのは、その時間を先延ばしにすることだけでした。なんとか彼女たちが長く咲き続けられるよう、知恵を絞ります。


 発明が得意な博士は、ポッドたちがずっと咲いていられる環境を作ろうと、便利な道具を完成させました。

 あたたかい気候が好きな子には、ずっと熱の冷めないあたたかい石を渡しました。反対に、涼しいのが好きな子にはつめたい石を。

 そのほかにも、絶対に枯れない水瓶、照り続ける豆太陽……快適な温度を保てるガラスの温室塔を作り出しました。


 それでも、何の解決にもならないことは博士が一番よくわかっていました。すごい発明品も、所詮は時間稼ぎに過ぎません。

 彼は道具をポッドたちへ手渡すときに、必ず溜め息をついてこう言います。


「こんなことしかできなくてごめんよ。僕にも、この国の"王様"くらいの力があればなぁ……」





 逃れようのない運命を知りつつも、ポッドたちは前にも増して仲良く遊びました。


 誰が一番長い首飾りを編めるか競争したり、小川に花びらを流したりして遊びます。並木の下で風に飛ばされる落ち葉を、どこまでも走って追いかけました。

 昼間は楽しく遊び、夜は知らないうちにいなくならないよう、手をつないで眠りました。


 みんなと明日も遊びたい。そんな願いもむなしく、別れの日はやってきます。



「ああっ!」


 それは、花いちもんめをして遊んでいた時のことでした。"リリィ・ポッド"と呼ばれる女の子が、みんなの手をすり抜け、姿が欠けはじめたのです


 茶色の耳飾りを左右に振って、リリィ・ポッドは自身の変化を見回します。百合花を重ねたスカートは金にも似た黄色をしていましたが、はしのほうから散り、風に流されていきます。

 帽子に飾られた花も鮮黄の髪ごと溶けて、消えはじめます。


 明るい茶の瞳は涙を湛え、透けていく手を眺めます。しかし、彼女は悲しみを振り払って、仲間たちに微笑みました。


「今までありがとう! いっしょに遊べて楽しかったよ!」


 リリィ・ポッドは最後の言葉を伝えます。それは不安や悲しみではなく、友達への感謝の気持ちでした。

 可憐な笑顔を見せて、大きく手を振ります。


「みんな、だいすき!!」


「リリィ・ポッドちゃん!!」

「わたしも! リリィちゃんのこと、だいすきだよ!」

「リリィちゃん!」



 一人目が散ってからは、次々とお別れがやってきました。

 ある子は静かな夜に月光を浴びながら。また、ある子は長雨にしっとりと濡れ、大自然へと還っていきました。まだ咲き続ける皆に見送られつつ、"ありがとう"と"大好き"の言葉を残します。


「まだだ……まだ、何か方法があるはずだ」


 ポッドたちの数が半分になってから、博士は旅支度を整え、荷物を背負って出かけようとしました。


「はかせ、どこ行くの?」

「また、町へおでかけなの?」

「お買い物をするの?」


「いいや。僕はこれから隣の国に行くんだ。向こうにある一番高い山から、良質な土と水を取ってくるよ。それがあれば君たちも冬を越えられる。次の春を迎えられるんだ。必ず戻るから、ここで待っているんだよ」


 そう言って、博士は旅に出ました。


 彼の言葉はポッドたちの希望になりました。博士が帰ってきたら、もっと長く咲かせてくれる。その思いがあるからこそ、ポッドたちは花盛りの季節を過ぎても、存在していられました。

 博士が置いていった便利な道具も、彼女たちの存続の助けとなりました。



「だからね。きっと、だいじょうぶよ。もうすぐはかせは戻ってくるの。わたしは、会えなかったけど……はかせが帰ってきたら、わたしの分まで"おかえり"を言って」


「ビオラ・ポッドちゃん……」


 色の薄くなった腕で抱えるのは、三種類の花で編まれた花冠。小さな体からこぼれた花びらは、かき集めても元には戻りません。

 紫苑の花簪はなかんざしを大気に溶かし、それでも"ビオラ・ポッド"は微笑みます。淡い紫のドレスをひらめかせて、優雅にお辞儀をし……お別れのあいさつとしました。



 町から緑は消え、木枯らしが吹き荒れます。葉を落とした木々は、空に伸ばした枝で雪を受け止めはじめます。凍てつく冬がやってきました。


 残った"花苗ポッド"は、たったの二人になりました。

 博士はまだ、帰ってきません。



◇ ◇ ◇



 隣の国には、天空にそびえ立つ霊山がありました。付近に住む人でも登ろうとは思わないほど、高く険しい山脈……そのふもとで、ひとりの青年が力尽きているのを、住民たちが見つけました。


 高所にて足を踏み外し、ここまで落ちてきたのだと、発見した人は思いました。青年はいったいどこの誰なのか。名前の書いてある持ち物は、どこにも見当たりません。



 彼の背負っていた荷物はすべて、瓶に入った水や土だけでした。



◇ ◇ ◇



 お屋敷に残されたのは、"チロリランプ・ポッド"と"スノウ・ポッド"の二人だけです。広すぎる部屋の中で、ひたすら博士の帰りを待っています。


 寒さの厳しい季節ですが、スノウ・ポッドの得意な気候でもありました。彼女は震えるチロリランプ・ポッドにあたたかい石を握らせて、小さい豆太陽を風船のように浮かせます。


 二人で励ましの言葉を交わしたとき、スノウ・ポッドの白い髪から、挿していた花がするりと落ちました。


「スノウ・ポッドちゃん!」


「……え?」


 花は床に触れる前に、こまかい欠片と散って、見えなくなりました。



 こっちへ来て! とチロリランプ・ポッドは叫び、スノウ・ポッドの手を取って庭に走りました。そこにはまだ使われたことのない道具があります。博士の残した発明品のひとつ……ガラスの温室塔です。


 水晶のように透明な箱には、ひとりのポッドしか入れません。ですが、中に入った子にとって最も快適な環境を作り出してくれるのだと、博士は言っていました。


 チロリランプ・ポッドは教えられたとおりにスノウ・ポッドを塔に入れました。優しくしてくれた友達を、今度は自分が助けるのだと意気込み、白い大地を踏みしめます。

 赤い帽子を目深にかぶり、ふんわりしたスカートに降りかかる雪も払って、塔の隣に立ち続けました。


 チロリランプ・ポッドは仲間の消滅が止まったことに満足し、このまま博士の帰りを待つつもりでした。

 塔の本当の機能を、彼女はよく知りません。これは内部の温度を調整するものではなく、中にいる子のために"世界の季節を固定する"道具でした。


 スノウ・ポッドの得意な季節は冬。彼女が塔にいる限り、春はやってこないのです。




 雪解けを待ちわびる住民たちは、急に寒さがぶり返したことを不思議がりました。再び厚くなった雲から、白雪が際限なく降り注ぎます。


 散りかけの状態で塔に入ったスノウ・ポッドは、半分世界と同化していました。大自然に接続した感覚は、町から戸惑いの声を拾ってきます。銀色の瞳を閉じれば、困り果てる人たちの姿が、目に浮かびました。


「この雪、いつ止むんだろう?」


「どうして……? 冬が終わらないわ」


「このままでは作物が育てられない」


 誰も彼も悲しい表情で空を見上げます。この調子で雪が降り続ければ、薪も、食べ物も底をついてしまうでしょう。人々はこの国で暮らしていけなくなります。


「"おはなの妖精"さんは大丈夫なのかしら……こんなに寒かったら、しおれてしまうわ」



「……ちがうの。ぜんぶ、わたしのせいなの」



 不安の声は国中に広がっていきます。それは、お城の中も例外ではありません。この国の王様も、天候の不調を訝しんでいる一人でした。


 スノウ・ポッドはそちらにも意識を向けます。玉座の端から王宮を覗けば、ちょうど王様が臣下に、状況を報告させているところでした。


「すぐに住民を避難させましょう。このまま時が経てば街道も塞がれてしまいます! 急ぎご決断を」


「無意味だ。どこにも逃げ場などない。この雪の影響は世界に及んでいるのだ。うかつに動くな。これは、ただの自然現象ではない。俺が魔法を使い、雪害を防いだとしても、一時しのぎにしかならない」


「王様のお力でも、事態は解決できないと……?」


 臣下の声に怯えが混じります。王様は小さく首を振り、可能だが、時間がかかると答えました。


「現況を絶たねば雪は止まらない。国を挙げて情報を集めろ。あらゆる方法を試せ。俺よりも早く冬を終わらせた者には、望みどおりの褒美を取らせる。何だって願いを叶えてやってもいい」


 そばで見ていたスノウ・ポッドは、被害の大きさに震えあがりました。大変なことになってしまったと、涙をこぼして悲しみます。


 臣下が去り、声の絶えた広間で、玉座からふうとため息が聞こえました。



「……そこにいるのは誰だ?」



「!!」


 王様はうしろに声をかけました。見えないはずのスノウ・ポッドを、しっかりと認識し、存在を見極めようとします。


 スノウ・ポッドは慌てて姿を隠しました。





「チロリランプちゃん! だして! こんなことダメだよ、みんなが困ってるよ!!」


「やだ!! スノウ・ポッドちゃんはそこにいて。絶対に散らせたりしないんだから!」


 スノウ・ポッドはガラスの扉に手をかけます。季節を止めることのおそろしさを知り、塔から出て、過ちを正そうとします。


 驚いたチロリランプ・ポッドは、慌てて扉を押し返しました。魔法で花のつる草を出し、小さな塔にぐるぐると巻きつけます。散りかけのスノウ・ポッドに、脱出するだけの力はありませんでした。


「ねえ、お願い! だして! わたしがここにいるから冬が終わらないの。みんな悲しんでる……みんな困ってるの。このままじゃ国中、雪で埋まっちゃう!!」


「出ちゃダメ!! だって……塔から出たら、スノウ・ポッドちゃんがいなくなっちゃう! あと少しで、はかせが帰ってくるかもしれないんだよ!? はかせなら、きっとなんとかしてくれるから……!!」



「ちがうの! はかせも、わたしたちもまちがってたの! かってに世界を変えちゃダメだったの! わたし……みんなを悲しませてまで咲いても、うれしくなんかない!!」



「やだよう……ひとりになりたくないよう……」


 赤い帽子が落ちんばかりに頭を振り、チロリランプ・ポッドは泣きながら座り込みました。扉に背をつけて、小さな肩を震わせます。

 わがままを言っていることはわかっていました。でも、友達を散らせたくない。たったひとりで散りたくないとの思いが、彼女を動けなくします。


「チロリランプちゃん……」


 白い手が、ガラス越しに赤い花びらの形をなぞりました。スノウ・ポッドは、寒さでしぼみかけたチロリランプ・ポッドに寄り添い、心からの言葉を贈ります。


「わたしね……まえに町の人からおしえてもらったの。もらったおはなはいつかなくなっちゃうけど、もらったことはずっとおぼえていられるんだって。今もそう……みんながいなくなっても、いっしょに遊んだ思い出はなくならないわ」


 ゆっくり振り向いた泣き顔に、スノウ・ポッドは優しく笑いかけ、仲間の心に希望を灯します。


「だから聞いて、チロリランプちゃん。あのね……」



◇ ◇ ◇



 扉がガチャリと開き、ひとりの男がお屋敷に入ってきました。博士ではありません。

 極上の錦が床に触れるのも気にせず、威風をもって奥へと歩きます。自然の太陽と違った輝きを見つけた彼は、お屋敷の中庭に降り立ちました。


 そこに置かれた、小さなガラスの建物に近づきます。中でふわふわ浮いている、豆太陽の光が男の王冠に撥ねました。



「あなたは……"王様"、ですか?」



 男は立ち止まって、そうだと答え……異常な気候の原因を確信しました。

 魔法で無限に花を出し、人々に配り歩く妖精の噂は、王様の耳にも届きました。もしやと思った彼は、お屋敷までやってきたのです。


「おまえは……自分がどういう存在なのか理解しているか? 摂理に反しても咲き続けたいという、その望みがどんなに許されないことか、わかっているのか?」


 塔の中にいる、赤くふんわりした帽子とスカートの女の子、チロリランプ・ポッドは静かにうなずきました。

 頭上に豆太陽を浮かべ、胸にあたたかい石を抱いて、堂々と王様に向かい合います。


「ならば、すぐさまもとの場所に還ってくれ……"花の概念"。花だけ具象化したって、散るほかないだろう。何も残せやしないんだ。これ以上、世界の邪魔をするな。いかなる理由があろうと、四季を廻らせなければならない。季節の廻りを妨げてはならない」


「王様! わたしたちは存在してはいけなかったというの? もう二度と、世界に現れることは許されないの!? ……でも、わたしたちにだって、世界に残せるものはあるんです。みんながいなくなっても、みんなとの思い出は、わたしやはかせ……町の人の心に残っています! 」


 その言葉を聞いた王様は黙って考えます。彼女の言い分には、すこしだけ同意できるところがありました。

 博士の研究で偶然生み出された存在ですが、ポッドたちは人々を癒し、元気づけてきました。何も残せない、散るばかりの花ではありません。


 彼女たちは、"思い出"という、美しい実りを結ぶことができます。



「はかせや、スノウ・ポッドちゃんからも聞きました。王様は、すごい魔法使いだって……冬を終わらせた人には"ごほうび"をくれるって。"何でも願いを叶えてくれる"って……だから、わたしのお願い、きいてください」


 真剣な表情となった王様へ、チロリランプ・ポッドはさらに思いを伝えました。

 大粒の涙を流しながら、雪の溶けた大地を見て言います。



「わたしが、スノウ・ポッドちゃんを塔から出したんです!!」



 散ってしまった白い花びらに手を伸ばし、最後の"花苗ポッド"はごめんなさいと泣き叫びます。


 限界を迎えたスノウ・ポッドは、塔の扉が開かれたのと同時に自然へ還ってしまいました。お別れに花を渡すことも、"ありがとう"と"大好き"の言葉も言えないうちに、散っていったのです。



「……いいぜ。約束は守ろう。願いはなんだ?」



 王様は肩をすくめ、チロリランプ・ポッドのお願いを認めました。


「わかったから、そこから出てきてくれ。このまま塔に居座られて、国が常夏にされても困るんだ」


 そっとしゃがんで、目線を合わせ、王様は"花苗ポッド"の望みを聞き届けます。

 約束の言葉が発された瞬間。塔の扉が勢いよく開き、チロリランプ・ポッドは外に飛び出しました。



「また咲きたい!!」



 小さな体が、金の光となって世界に溶けだします。

 完全に散ってしまう前に、差し出された王様の手に触れ、お願いを言いました。



「みんなといっしょに! おひさまと雨つぶのしたで……!!」



 まばゆい光が晴れた頃……王様は立ち上がり、赤い花に触れたてのひらを開きます。

 そこにあるのは、きれいな色をした種でした。


 新しい"花"は形を変え、これから世界を巡っていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ