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冬季休みが終わり、ミーシャ達は王都に戻っていた。
ルート先輩は滞在中にチーファと仲良くなり、すっかり刺繍にハマっていた。
暇さえあればチクチク刺繍をしている。
今の目標は2人でサーシャの浴衣を作ることらしい。縫製も始めそうな勢いである。
「夏もお世話になることになったから、夏までに刺繍を終わらせて、夏休みになったらチー君と一緒に縫い合わせるんだ」
と、なんとも楽しそうに言っていた。
ミーシャは楽しそうなルート先輩を微笑ましく眺めていた。
春になると、ナターシャが王都国立高等学校に入学して、毎週、彼女が来る度に賑やかになった。
彼女の師匠でもある魔術師長の叔父や、彼にくっついて陛下もよく来るようになり、実家にいるときほどではないが、賑やかな日々にミーシャは喜んでいた。
王都に独りだった頃の寂しさは今はもうない。
ーーーーーー
ある日の午前中。
ミーシャはルート先輩とマルクス先輩と一緒に薬師局長に呼び出された。マルクス先輩は検討がついているようだったが、ミーシャにはとんと心当たりがなかった。
「や、悪いね。急に呼び立てて」
「いえ、構いません。もしかして新薬の件ですか?」
「そうだよ。マルクス君達が作った新しい傷薬を試用するのに、軍が協力してくれることになってね。マルクス君は明日早速、ルート君とミーシャ君をお供に連れて行ってきてくれるかな」
「分かりました」
「今回、協力してくれるのは、西の軍詰め所に駐在するジル中隊だから。先方にも話しは通してあるから、よろしく頼むよ」
「はい」
話は以上と、薬師局長が手を叩くと、一旦元の作業に戻った。
マルクス先輩には午後から明日の説明と準備をすると言われたので、ミーシャは1人黙々と薬草の収穫を行った。刈り取った薬草は乾燥させて使うものなので、いくつか束ねて根元を縛り、薬草園の近くの干場に干した。
薬草園での全ての作業を終えると、ちょうど昼休憩の時間になった。
ミーシャは手を洗うと、食堂へと向かった。
食堂の入り口でルート先輩に会った。
そのまま2人で昼食をとることになった。今日のお昼は鶏肉のクリーム煮がメインだった。
「ルート先輩。新薬の試用って軍にも協力してもらうんですね」
「傷薬の類いはな。怪我人が日常的にでるから、臨床試験済みの薬を試させてもらったりしてるんだよ」
「へぇ」
「ジル中隊は訓練がかなりキツいところらしいと聞くから、怪我人も多いだろうよ。お前、父親が元将軍だろう?聞いたことないのか?」
「ジル中隊長の名前は聞いたことないですね。あんまり、そういう話しないんで」
「そうなのか。確か、お前と同じくらい背が高い人だぞ」
「マジですか。身内以外じゃ初めてです」
「まぁ、お前ら程背が高い者は滅多にいないだろうからな」
「そういえば、先輩は身長どのくらいですか?」
「195丁度だ」
「ほぼ平均身長ですね」
「まぁな。お前はいくつなんだ?」
「前に測った時は238ありました」
「でかいなぁ」
「お陰で服も靴も特注です」
「だろうな」
「新薬の試用ってことは、実際に薬を塗って後日経過を診に行くんですか?」
「いや、多分暫く通うことになるんじゃないか?」
「そうなんですか?」
「あぁ、向こうの人数が多いだろ。俺達3人では1度に診れる数が限られてくるからな」
「あぁ、なるほど」
喋りながらのんびり食べていると、昼休憩の終わりの時間が近づいてきた。
残りを急いで食べ、薬師局の部屋にいるだろうマルクス先輩のもとへ足早に向かった。
ーーーーーー
翌日。
ミーシャ達は西の軍詰め所に来ていた。
軍人の知り合いはいるが、詰め所に来るのは初めてなため、珍しくてついキョロキョロしてしまう。
入り口にある窓口でマルクス先輩が用件を伝えると、すぐにジル中隊長と思わしき人物がやってきた。
三十代後半から四十代前半くらいだろうか。口髭を生やしたその人物は確かにミーシャと同じくらい背丈があった。
「ジル・アーバイン中隊長だ。話は伺っている」
「薬師局のマルクス・ファインです。よろしくお願い致します」
「ルート・ノヴィアです」
「ミーシャ・サンガレアです」
「ミーシャ殿のことは知っている。いつぞやの大会を観ていたからな。中々いい腕をしている。女じゃなければ、うちに勧誘するくらいだ」
ジル中隊長はそう言って、悪戯っぽく笑った。
「……ありがとうございます?」
ミーシャはなんと返したらいいか、分からず、とりあえずお礼を言った。
「早速ですが、今回新薬の試用をさせて下さる方々はどちらでしょうか?」
「今訓練場に集まっている、案内しよう」
ジル中隊長に案内された訓練場には、軍服を着た男達が剣の訓練をしていた。
「怪我人はかすり傷でも申告するように通達してある。昼まで待ってればそれなりに数が揃うだろう」
「ありがとうございます」
「ミーシャ殿」
「はい」
「貴女も交ざるか?怪我人は多い方がいいだろう?新兵が多いから相手してやってもらえないか?」
何故か面白そうに言うジル中隊長の言葉に、ミーシャはどうしたものかと、マルクス先輩を見た。
「ミーシャちゃんが良ければどうぞ」
「ミーシャ。怪我人は多い方がいい」
マルクス先輩とルート先輩にそう言われ、ミーシャは頷いた。
嬉々とした様子のジル中隊長に訓練用の大剣を借り、ミーシャは訓練場に立った。
結局、先輩方が見守るなか、昼休憩の時間ギリギリまで軍人達に交ざり、剣の訓練をやるはめになった。
訓練が終わると、新薬の試用のために怪我人は問診と治療を受けることになった。ミーシャもかすり傷に薬を塗られた後は、そちらの手伝いをした。
バタバタとしている間に昼休憩が終わり、軍人らは職務に戻っていった。
ミーシャ達は遅い昼食を詰め所の食堂でもらうことになった。
今日の昼食はカレーであった。
予想外にサンガレア領で食べるような本格的なカレーで、ミーシャは少し驚いた。
大盛りもできるということなので、大盛りにしてもらった。
「美味しいですね」
「だなぁ」
「にしても。ミーシャちゃん、やっぱり強いねぇ。本職の軍人相手でもばんばんなぎ倒してたじゃないか」
「いや、私はまだまだですよ。私なんかより強い人いっぱいいますよ」
「若いのに謙虚だな」
「ジル中隊長」
ジル中隊長がやってきた。
手にはミーシャ達と同じような大盛りのカレーを持っている。
「ご一緒してもよろしいか?」
「はい」
マルクス先輩が応えた。
そのまま、ミーシャ達と同じテーブルに座ると、大盛りのカレーを食べ始めた。
「足りなければおかわりをしてもらっても構わないぞ」
「ミーシャちゃんとルート君、お言葉に甘えさせてもらったら?」
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」
ミーシャもぺこりと頭を下げると、ルート先輩と一緒におかわりをしに行った。
実は大盛りでも足りなかったので正直助かる。2人してまた大盛りにしてもらって、テーブルに戻った。
テーブルに戻ると、ジル中隊長とマルクス先輩が今後の予定を話していた。
「午後からも別の小隊が訓練する。うちは小隊ごとに毎日午前と午後に分けて訓練している。全隊に通達は出しているから、いつ来てもらっても構わない」
「ありがとうございます。午後からも訓練が終えるのを待って、治療をさせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ、よろしく頼む」
「はい」
「ミーシャ殿もなんなら午後からも一緒にどうだ?午前も見ていたが、いい動きをしている」
「ありがとうございます。マルクス先輩どうしましょう?」
「ミーシャちゃんが大丈夫なら、午後からもお願いしたいんだけど」
「分かりました。では、ご一緒させていただきます」
「ははっ。そいつはありがたい。うちの若い奴らのいい刺激になる。剣はお父上から習ったのか?」
「はい。それと祖父やサンガレア領軍の者から指導を受けています」
「剣聖様からか。サンガレア領軍も元将軍直属部隊の精鋭達の集まりだろう。そんな方々から鍛えられたら強くもなりそうだ。本当に女であるのが惜しいな」
「えーと……ありがとうございます?」
ミーシャはなんと応えたらいいのか分からず、首を傾げながらお礼を言った。
ジル中隊長はその様子をクックッと楽しそうに笑っていた。