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散々殴りあった後、皆、お互いに健闘を称えあい、『新春祝福交換会』は終わった。
直ぐ様、大広間に宴の準備がなされた。
ミーシャ達は家族用の席に座り、料理が運ばれるのを待った。
ルート先輩もお客さんなので、家族用の席に一緒に座った。
「今年も盛り上がったわね、『新年ボコり愛』」
「今年も総務課の連中が張り切ってたな」
「ここ数年で文官にしとくには惜しいくらい、切れのある拳の奴が増えたな」
「そうですねぇ。皆、鍛えてますからねぇ」
「文官でも体を動かすのはいいことだな」
「そうですねぇ。はははっ」
両親達は和やかに会話をしていた。
広間内を見渡せば、ほんの数分前まで殴りあいをしていたとは思えないほど穏やかな空気が流れていた。
毎年恒例の事である。
食事と酒が全員に配られると、リチャードが席を立ち、乾杯の音頭をとって、新年の宴が始まった。
夕食が少なめだったし、軽い運動をしたのでお腹ペコペコである。ミーシャ達兄弟は酒よりも先に料理を食べることに夢中になった。
宴も中頃になると、帰宅したり酔い潰れて寝たりする者もいるため、人数が減り始めていた。ミーシャはあちこちに呼ばれ、酒を酌み交わした。残っている者達は、子供の頃からのミーシャを知っている者ばかりである。
昔話や今の仕事の話など、話が尽きることはなかった。
ふと何気無く周りを見渡すと、ルート先輩は薬事研究所の所長に話しかけられていた。恐らく、口説こうとしているのだろう。リチャードがべた褒めしていたと言っていたから、多分そうだ。
ミーシャは助け船を出すつもりで、2人に近づいた。
「どうもー」
「ミーシャ」
「これはミーシャ様。先日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。勉強になったわ」
「今、ルート殿を口説いていた所です。ミーシャ様も協力してください。我らが薬事研究所の発展の為です」
薬事研究所所長は力強く拳を握って力説した。
「それは分からんでもないけど、ルート先輩に迷惑はかけないでね。大事なお客さんなんだから」
「分かっております。で、如何ですか?ルート殿」
「お話は嬉しいのですが、王宮薬師局も今は人数が少ないので、後の者が入ってきて使い物にならないと、どうしようもできないです」
「左様ですか。残念です。しかし、我々はいつでも歓迎致しますから、是非ともご一考いただきたい」
「覚えておきます。ありがとうございます」
ルート先輩がペコリと頭を下げた。
「ルート先輩、甘いもの食べたくないですか?」
「甘いもの?」
「母が大量にケーキとか作ってくれてるんです。酒飲み達は朝まで飲んでますけど、祖父や父は甘いものの方が好きなので、毎年途中で抜けて、子供達と一緒に甘味パーティーしてるんです」
「へぇ。いいのか?俺も行って」
「勿論です」
薬事研究所所長と別れて宴から出る。領館の別室では、既に甘味パーティーが始まっていた。
「や、ミーシャ。ルート君」
「まだある?」
「あるよ」
「お邪魔します」
部屋は甘い香りで充満しており、皆、其々好きなものを食べていた。酒が飲めないスティーブンと酒が飲めるが好きではないリチャードと子供達は皆揃っていた。
ミーシャも遠慮がちなルート先輩の背を押して、輪に加わった。
マーサが2日がかりで作ったケーキ類がテーブルに山のようになっていた。
「スゴいな」
「母が作ったものですから、美味しいですよ。普段はあんまりケーキは作らないんですけど、この日だけは作ってくれるんです」
「そうなのか」
「自分は好きな酒をしこたま飲めるのに、折角の新年の祝いに、酒を飲めない者に何もないじゃあ可哀想ってことらしいです」
「あぁ、なるほど」
ルート先輩は可笑しそうに小さく笑った。ルート先輩に皿とフォークを渡し、ミーシャもそれらを手に取り、好きなものを皿にのせてパクついた。
宴とはまた違う賑やかさで、下の子達が眠くなるまでパーティーは続いた。
ーーーーーー
新年の祝いは、勢いにのって、あっという間に終わった。
2日目は昼から『新春チェス大会』が行われ、その後はひたすら朝まで酒を飲み、3日目は昼から『新春初稽古』が行われ、それが終わるとまた朝まで飲んだ。
ミーシャは酔っぱらいの介抱や二日酔いの者達へ薬を配ったりと、バタバタして過ごした。
年が明けて4日目。
今日からは催し物はなく、ようやく、少しはゆっくりできる。
昨夜は朝方近くまで酒に付き合っていたので、ミーシャは昼過ぎに起き出した。
ちびっ子達は兎も角、朝まで飲んでいた大人達もそろそろ起き出す頃だろう。
ミーシャは大きく欠伸をしながら、着替えを持って風呂へと向かった。
風呂の前でルート先輩に遭遇した。
眠そうに顔を擦っている。
「おはようございます」
「おはよう」
「眠たいなら寝てても大丈夫ですよ?」
「いや、風呂に入ったら目が覚める」
「先輩も朝まで飲んでた口ですか?」
「いや、途中で抜けてチーファ君と朝まで刺繍してた」
「あら、そうなんですか」
「あぁ。あ、お前刺繍道具売ってる店知ってるか?」
「王都は分かりませんが、ここのなら知ってますよ。今日は多分休みでしょうけど、明日からは開いてると思います」
「案内してもらってもいいか?ハマった」
「いいですよ。じゃあ、明日行きましょう」
ぐぅぅきゅるきゅるぅぅぅぅ
ミーシャの腹の音が間抜けに響いた。
ルート先輩はプッと吹き出した。
「まずは昼飯だな」
「……はい」
ミーシャは恥ずかしくて穴があったら入りたい心境になった。
昼食を食べると、ミーシャは領軍の独り身連中と一緒に稽古している父達に加わり、夕方まで剣の稽古に励んだ。
その間、ルート先輩はチーファとずっと刺繍をしていたそうだ。
薬草としても使われる、可愛らしい紫の花が刺繍されたハンカチを貰った。
始めたばかりの初心者と思えぬ出来映えに、ミーシャは手放しで誉めた。ルート先輩は誉めすぎだと、顔をしかめたが、照れて耳まで赤くなっていた。
冬季休みが終わるまで、稽古をしたり、酒を飲んだり、其々好きなことをしながら、のんびりと過ごした。