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年越しの準備も着々と進み、夕食を軽くとると、皆、礼装に着替えることになった。
ミーシャが1人でドレスを着ようと四苦八苦していると、部屋のドアがノックされた。
「開いてまーす」
「入りまーす」
ドアを開けて入ってきたのはマーサだった。マーサはミーシャの現状に呆れた顔をした。そして見かねてドレスを着るのを手伝ってくれた。
「1人で着られないなら、誰かに頼みなさいよ」
「いや、だって皆も準備あるし」
「まぁ、そうだけど。はい!できたわよ」
「ありがとう。母様」
淡い黄色に鮮やかな緑色の刺繍がされたものは、祖父が贈ってくれたものだ。形は一般的なふわふわ広がるようなスカートのドレスとは違い、胸元と背中が開いた、土の神子の衣装を模しているものだ。太ももの半ばまで体の線に沿ってぴったりとしており、それにより女性的な線が描かれ、そこから下はドレープが緩やかに優雅に波打っている。自分では露出しすぎな気がするが、マーサにはよく似合っていると太鼓判を押された。
「それで、どうしたの?母様も着替えなくていいの?」
「あ、そうそう。私ミーシャの化粧しにきたのよ。アイシャドウは黄色と緑色といっそ赤。どれがいい?」
「無難に緑で」
「了解。さ、座ってね。次にまだエーシャとナターシャが待ってるから、パパっとやるわよ」
「お願いします」
本当にパパっと化粧をしっかりやってしまうと、マーサは慌ただしく部屋から出ていった。
ミーシャは礼装用の白いコートを羽織ると、準備が終わった人が待機する母屋のダイニングに向かった。
ーーーーーー
ダイニングには礼装した祖父や弟達、そしてルート先輩がいた。
「父様は?」
「おじいちゃんがドレスアップさせてる」
「あぁ。なるほど」
「ミィ。なんで家の中でコート着んの?」
「おじいちゃんから貰ったドレスがこんなだからよ」
そう言ってコートを脱いだ。
家の中でも少し寒い。
「似合っているが、寒そうだな」
「ミィ姉様、綺麗だね。寒そうだけど」
「ミィ姉様!お姫様みたい!」
可愛らしいスカートを履いたサーシャが大喜びした。
「ありがと。サーシャ」
「お姫様ってのはあながち間違いじゃないな。公爵家のお姫様だからな」
「違いない」
「姉様ぁ」
ナターシャがドレス姿で駆け寄ってきた。ナターシャのドレスは白地に可愛らしい黄色い刺繍がされているものだった。白地に綺麗な黒髪が映えて見事である。
「どうしたのよ、ナティ」
「アイシャドウの色が決まんないのよ」
ナターシャの後から歩いて、マーサとエーシャがやって来た。
「エーシャは終わってるの?」
「うん。私のは刺繍が青いから、青のシャドウにしたわよ」
「無難でいいわね」
「でしょ?」
「ナティは何色があるの?」
「黄色とピンク」
「それならピンクじゃない?」
「私ピンクは趣味じゃないもの」
「ならミーシャ用の赤は?」
「どんなの?」
「こんなの」
「あっ!これいい!私これにする!」
「赤って、ちょっとあだっぽくならない?」
「平気よ。本人に色気がないから」
「そうそう平気平気。さ!母様、やっちゃって!」
「はいはい」
マーサがナターシャの化粧を終わると、次は自分の番と、自室に入っていった。
「ねぇさまー」
サーシャがとてとてと歩いてきた。
「なぁに?」
「サァもけしょーしたい」
「サーシャにはまだちょっと早いかな」
「16歳にならないと駄目よ」
「ナティ、まだ15歳じゃない」
「年明けたら16歳だもの。ふふっ。チー。写真撮ってよ。アミィに見せるから」
「いいよ」
スティーブンもカメラを持ち出し、その場でちょっとした撮影会になった。
「皆、ドレス似合ってるなぁ」
「本当、お姫様に見えるよ」
「普段を知らなきゃな」
「そういうこと言わないの。聞かれてたら怒られるよ」
「それは勘弁」
撮影会が一通り終わる頃に、神官長のムティファを連れてマーサがやって来た。
その5分後には父リチャードとクラークが来て、やっと全員が揃った。
皆で馬車に乗り込み、特設会場へと向かう。
特設会場では、既に多くの人が集まり盛り上がっていた。ミーシャ達は特設ステージの裏にある控え用のテントに入った。中ではストーブが置かれ、暖まっていた。
マーサとミーシャは一目散にストーブに駆け寄った。
「さっむいわぁ」
「あー、ストーブ暖かい」
「神子の衣装って露出多いから冬は辛いのよねぇ」
「私も今年のドレスは露出多いから辛いわぁ」
「似合ってるからいいじゃない。お洒落は忍耐よ」
「えー、マジで」
「マジで。聖歌まではこっちにいても良いから、ストーブ陣取っときなさいよ」
「そうするわ」
マーサと2人で話していると、ターニャとサーシャが寄ってきた。
「母様。まだ出ないの?」
「まだよ。あと少し待っててね」
マーサがサーシャを抱き上げた。
「あー、サーシャぬくーい」
「ぬくーい」
マーサにならってミーシャもターニャを抱き上げた。子供の高い体温が伝わる。
「ターニャもぬくいね」
「ぬくぬく?」
「ぬくぬく」
ターニャの温かい頬に頬擦りすると、ターニャが擽ったそうに笑った。
時間になり両親達はステージへと上がっていった。母が拡声器を使って、面白おかしく1年間の出来事を話しているのを他の家族達と笑いながら聞いた。
カウントダウン5分前に、係りの人が呼びに来て、ミーシャ達もステージに上がった。ルート先輩は目立たないように、ステージ袖にこっそりいた。
「新年まであと少しよ。10秒前から数えるからね!盛り上がっていくわよぉ!!」
マーサが群衆相手に元気よく告げた。
盛り上がる会場の熱気に、一時寒さを忘れた。
「新年までぇ、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゼロぉぉぉ!!」
「新年、おめでとうぅぅぅ!!」
新年を迎えた途端、わぁぁぁっと会場が盛り上がった。
皆、手に持っていた紙吹雪を上空へと投げた。
そのまま神官長のムティファが伴奏を始め、皆で一つになって聖歌を歌った。
ーーーーーー
聖歌を歌い終えるとすぐに、神殿へと向かった。
ルートもミーシャの家族らと共に、馬車に揺られて移動した。
露出の多いドレスを着て、寒い寒いと言っているミーシャに上着を貸してやろうとしたが、生憎細身のルートの上着はミーシャには入らなかった。
ミーシャは複雑そうな顔でルートに上着を返し、同じ背丈のマーシャルから上着を借りていた。
神殿に着くと皆で祈りを捧げ、マーサらを残し、領館へと移動した。
大広間には、いくつもにストーブが置かれ、暖かかった。
其々コートを置きに自室に向かったので、ルートも泊まっている部屋に戻り、コートを置いた。
再び大広間に戻ると、官公庁の上役達であろう人らが集まっていた。
なんとなく壁際にいると、チーファが寄ってきた。
「ルートさん」
「チーファ君」
ルートは王宮に勤めていても単なる平民である。本来ならば公爵家子息のチーファらには『様』をつけて呼ばねばならないが、夏の慰安旅行に来たときに、本人達にそれはやめてくれと言われていた。公爵家の子供達からは、敬語も使わず、普通に話してくれと言われていたので、それに従って普通に話していた。
「もうすぐ母様が来るので、あっちに行きましょう」
「?俺もか?」
「はい。母が来たら『新春祝福交換会』をやるんです」
「祝福交換会?」
首を傾げるルートの手を引いて、チーファは家族のもとへ向かった。
ちょうどルート達が他の家族達と合流した時にマーサが神官長と副神官長を伴って現れた。手には拡声器を持っている。
「はぁーい、皆さん。新年明けましておめでとう!これから毎年恒例『新春祝福交換会』を開催します!」
そう言うとマーサは家族のもとへやってきた。家族一人一人に、ハグと両頬へキスをした。マーサに祝福のキスをされたら他の家族同士でもハグとキスをしている。ルートもうやむやにマーサにハグと祝福のキスをされ、どぎまぎしている間に、他の家族らにもハグとキスをされた。ターニャとサーシャにズボンを引かれ、屈んでハグと軽いキスを頬にしてやると嬉しそうに笑ってくれた。
見ると、マーサは各部署の上役達にも祝福のキスをしていた。それをなんとなく見ていると、チーファに袖を引かれた。
「ルートさん、移動しましょう」
「?あ、あぁ……」
チーファに手を引かれ、ちびっ子2人も含めた4人で部屋の隅に移動した。
部屋の隅に落ち着き、ふと背後を見ると大規模な殴りあいが行われていた。
「……はっ!?」
ルートは驚いて、チーファを見た。
「これ、毎年恒例の『新春祝福交換会』、通称『新年ボコり愛』なんです」
「……なんで殴りあうんだ?」
後ろからは怒声や肉を打つ音が聞こえてくる。
「母様って、昔はすっごい恥ずかしがり屋だったんです。神子の祝福っておでこや頬にキスするんですけど、『そんなのこっぱずかしくて無理!』って言って、自分の掌や拳に祝福のキスをして、それを相手に押し付けてたらしいんです。なんか、それが発端らしいです。ただ殴りあうんじゃなくて、皆、拳にキスをして祝福を押し付けあってるんです」
「……そのわりには怒声と罵倒が背後から聞こえてくるんだが……」
「特に、文官の人のストレス発散の場にもなってるんです。1年間に溜め込んだストレスをここで発散して、新たな気持ちでまた1年、仕事に勤しむそうです」
「そうな……のか。変わっているな」
「はい。多分、こんなことしてるの、うちくらいです」
「だろうな」
チラリと後ろを振り向くと、ドレス姿のミーシャが、がたいのいい男をぶっ飛ばしていた。
「……あれ、本当に大丈夫なのか?」
「皆、手加減はしてますよ。一応」
「……そうか」
ミーシャ達一家には、度肝を抜かされることばかりだ。
ルートは背後を気にすることを止め、ちびっ子達と手遊びをして、『新年ボコり愛』が終わるのを待った。