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休暇2日目も朝からひたすら薬を作り続け、気づいたらあっという間に1日が終っていた。
薄暗く寒い道を馬車に揺られて家に帰る。ミーシャは冷たい風から頬を守るようにマフラーで口元まで覆った。
「寒いですねぇ」
「そうか?王都の方が寒いだろう?」
「確かにそうですけど。ルート先輩寒くないんですか?マフラーもしてないじゃないですか」
「いや、このくらいなら別に平気だ。生まれも育ちも王都だからな」
「マジですか。私寒いの苦手です」
「このくらいでそんなに寒がってて、よく王都で暮らせるな」
「いやぁ、もう頑張ってますよ。地元で就職できませんでしたから」
「薬事研究所、ダメだったのか?」
「出来たばっかりだから、即戦力にならない新米を雇う余裕がないそうで」
「あぁ、それもそうだな」
「薬もまだそんなに沢山の種類、作れませんし、地元に戻れるのはまだずっと先ですねぇ」
「お前も大変だな」
ルート先輩が肩をすくめた。
話していると、馬車が聖地神殿前に着いた。馬車を降り、そのまま母屋に直行する。ダイニングには父と母以外は全員揃っていた。
「ただいまぁ」
「ただいま戻りました」
「おかえり。お疲れさん」
「ご飯できてるよ」
「父様達は?」
「まだ仕事。遅くなるから先に食べてていいって」
「今日はお鍋だよー」
「おなべー」
荷物を部屋の隅に置き、風呂場で手を洗う。戻ってくる頃にはいい香りがするお鍋が食卓に置かれていた。
「今日は醤油ちゃんこと鳥鍋です!」
作ったのであろうナターシャが胸を張って言った。
「美味しそうね」
「でしょー」
そう言うと、ナターシャが照れたように笑った。
皆で温かい鍋をつつき、食後のお茶を飲んでいる頃に両親が戻ってきた。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
「お鍋温めるね」
「ありがとー。お願いね」
2人とも席に着いた。
「ルート君とミーシャ。研究所のお手伝いありがとうね。予定量作れたって連絡がきたわ。疲れたでしょう?明日はゆっくりしてちょうだいな」
「はい」
「バイト代は年明けに渡すわね」
マーサがにこやかに言った。
早速お鍋を食べ始めていたリチャードがルート先輩の方を見た。
「ルート君。うちで働く気ないか?所長が随分誉めていた」
「えっ!?あ、いや、自分はまだまだ未熟ですから」
「そうか?気が変わったら何時でも言ってくれ。いいだろう?マーサ」
「そうね。うちに来てくれると助かるわね。うちで働きたくなったら何時でも言ってちょうだいね。あ、ミーシャはまだ要修行だから。もうしばらく王都で修行してなさい」
「はぁい」
ルート先輩が少し悩むように考えていた。
「将来的にはまだ分かりませんが、ミーシャや次に入ってくる者が使えるようになったら、ご厄介になるかもしれません」
「うん。今はそれでいいかな。ミーシャもまだまだ鍛えてもらわなきゃいけないしな」
「精進します」
父の言葉にミーシャは神妙に頷いた。
ーーーーーー
翌日。年明けを明日に控えた今日は、母達は朝から忙しそうにしていた。
ミーシャも朝から母達の手伝いをしていた。ゆっくりしていていい、と言われたが、手もちぶたさだったため、マーシャル達と共に午前中からイベント会場の設営や年越しの宴の準備を手伝っていた。
久しぶりに会う顔見知りと話をしながらの作業は予定より早く終わり、途中で知り合いにもらったお菓子を持って午後のお茶の時間には家に戻った。
母屋に行くと、庭でターニャ達がボールで遊んでいた。すぐ近くでチーファとルート先輩が彼らを見守っている。チーファは座って何かをしているようだ。
彼らのもとへ歩み寄った。
「ただいまでーす」
「あ、姉様。おかえりなさい」
「おかえり。おつかれ」
「お土産です。色んな人から貰っちゃいまして」
そう言って、持っていたお菓子の山をルート先輩に手渡した。
「随分沢山貰ったんだな」
「本当、色んな人から貰ったので」
「姉様。お茶いれようか」
「そうね。ターニャ、サーシャ。お茶にしよう」
「はぁーい」
ターニャとサーシャが、パタパタ走って寄ってきた。
2人をまとめて抱き上げ、母屋のダイニングに向かう。
「チー。それもしかして刺繍?」
「うん。最近始めたんだ。基本は水の国に行った時に教わったんだけど、夏休み明けくらいから刺繍教室に通ってるんだ」
「そうなの。面白い?」
「うん。まだ下手くそだけどね」
「チーは器用だからすぐ上達するわ。出来上がったら見せてね」
「うん」
チーファがはにかんだように笑った。
温かいお茶を飲んでいると、まったりとした気分になった。
「そういえば、今日は年明け前日だが何かあるのか?」
「ありますよ。ちょっとしたイベントが夕方から特設会場で行われて、夜の10時くらいから母がステージで今年一年の話とかします。で、新年へのカウントダウンをして、年が明けたら聖歌を皆で歌います」
「へぇ」
「それから母や私達は聖地神殿に行って、祈りを捧げるんです。その後は母は聖地の最奥で祈りと祝福を捧げて、それが終わったら官公庁の上役達と新年の祝いの宴があるんです」
「結構、色々やるんだな」
「今年のイベントは土の神子が主役の劇をやるらしいですよ。あと今年は大道芸の人達が来てるので、彼らもステージで演目をやるそうです」
「そうなのか」
「うちの家族は毎年、母に合わせて動くんですけど、なんなら夕方のイベントから行きますか?」
「ん~……いいかな。こちらの方々に合わせる」
「別に気を使わなくてもいいですよ?」
「いや、そうじゃないが、まだ多少疲れが残っているから」
「あぁ。なるほど。昨日までずっと忙しかったですものねぇ。私も魔力回復しきってないです」
「俺もだ。というか、よくそんな状態で手伝いに行けたな」
「身体を動かす分には問題ないので。知り合いもいるかもしれませんでしたし」
「あぁ、それもそうか。仲のいい人には会えたのか?」
「何人か会えました。ずっと話ながら作業してました」
「それは良かったな」
「はい」
「話は変わるが、チーファ君が刺繍してたが、お前もできるのか?」
「一度挑戦して、すぐに挫折しました。筋金入りの不器用なものですから」
「あぁ、そういえばお前、不器用って言ってたな」
「先輩は器用だから、できそうですねぇ」
ルート先輩が少し驚いた顔をした。
「俺がっ?」
「男の人でも刺繍を嗜む人、結構いるらしいですよ?こちらの医務局や領軍に勤めている知り合いにも趣味で刺繍やる人いますし」
「そうなのか」
「はい。特に医務局勤めの方は人を縫う練習にもなるから、針の扱いに慣れる為にも推奨してるそうです」
「あー、なるほど。って刺繍の縫い針と医療用の縫い針は違うだろう?」
「まぁ、『縫う』ってことには代わりありませんし」
「そうか?」
「なんだかんだ理由をつけてますけど、結局楽しいからやってるだけだと思いますよ」
「あぁ、まぁそうだろうな」
「ルートさんも試しにやってみますか?」
クッキーを黙々と食べていたチーファが、顔をあげてそう言った。
「刺繍なぁ……できるかな?」
「やってみないことには分かりませんよ」
「まぁ、確かに」
「俺でよかったら教えますよ?」
「うーん。じゃあ、お願いしようかな?いいかな?」
「はい」
チーファがにこやかに笑った。
早速ルート先輩と2人で刺繍をしようと、そのままダイニングのテーブルに刺繍道具を広げた。
ミーシャはちびっこ達が針などに触れないように彼らから離しながら、色とりどりの刺繍糸の中からどれを使うか、話している2人を微笑ましく見守った。