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ミーシャは休日を利用して、西の軍詰め所に来ていた。
休みの日に既に何度か来ていたので、顔馴染みに軽く挨拶しながら訓練場へ向かう。
途中で今日は休みだというジル中隊長に遭遇できたので、早速手合わせをしてもらった。午前中いっぱい2人で体を動かした。
稽古はミーシャの腹の虫の鳴く声で終わりを告げた。
ぐぅぅぅ、と訓練場に間抜けな音が響くと、ジル中隊長は腹を抱えて大笑いした。ミーシャは穴を掘ってそこに入りたくなった。
「続きは昼飯の後にしよう」
「はい」
「いつも食堂じゃつまらんだろ。近くに旨い飯屋がある。そこに行かねぇか?」
「おまかせします」
「おう」
楽しそうなジル中隊長の後をついてミーシャは歩いた。
ジル中隊長に連れられた店は詰め所近くのこじんまりとした店だった。メニューを見て、『日替わりランチ』を注文する。今日の『日替わりランチ』は魚のムニエルがメインだった。味もボリュームもミーシャの満足いくもので、いい店を教えて貰ったと内心喜んだ。
「美味しいですね」
「だろう?ここは魚料理が旨いんだよ。量も多いしな」
「大喰らいなんで助かります」
「ははっ。たんと食えよ」
「はい」
今日の稽古の話をしながら食事を終えると、食後のお茶が出てきた。店員にお礼を言って受けとる。
「美味しかったです」
「それは良かった」
「ところでジル中隊長。男専門の人が気になるのってどういうことでしょうか?」
「あ?それは恋愛って意味でか?」
「まだ分かりません。ただなんとなく目がいくというか、気になるというか……」
「自覚があるかは知らんが、惚れてるんじゃねぇの?」
「マジですか」
「いや、分からんが」
「男専門相手に片思いって不毛ですね」
「まぁ、向こうが宗旨変えしたらともかく、どうしようもねぇなぁ。さっさと諦めた方が早い」
「ですよねぇ……どうしましょう?」
「まず惚れてるかどうかだな」
「惚れてるんでしょうか?」
「それは本人にしか分からんよ」
「うーん……ですよねぇ」
「ところで、なんでまたそんな話を俺にするんだ?」
「ジル中隊長も男専門ですよね」
「まぁな。噂でも聞いたか?」
「いえ。身近に男専門の人が何人かいたので、なんとなく分かるだけです」
「そうなのか」
「はい。男専門の人って女に迫られたら迷惑ですよね」
「まぁな。完全に恋愛対象外だからな。どうしようもない」
「ですよねぇ」
ミーシャはため息を吐いた。
「惚れてるかどうかは分からないんですけど、どうしても気になってしまって。たまぁに、可愛いなぁってキュンとする時まであるんです。どうしたらいいか、分からなくて」
「それだけ聞くと惚れてるみたいだな」
「……不毛ですよねぇ。あちらに迷惑はかけたくないですし」
「新しい相手を見つけるか、時間かけて諦めるしかないんじゃないか?」
「……それしかないですねぇ。これで惚れてたら、めでたく初恋になってたんですけど」
「初恋は実らないって言うからなぁ」
「そうですねぇ」
「ウジウジしててもしょうがねぇよ。体動かしてスッキリしちまえ」
「そうします。午後からもしごいてもらっていいですか?」
「まかせとけ」
ジル中隊長はガンガンしごき倒してくれた。稽古に夢中になっている間は、ここしばらくあった胸の中のもやもやと対峙せずにすんだ。
ーーーーーー
「ただいまでーす」
「おかえり」
ぼろぼろの状態で家に帰ると、シチューのいい匂いがした。エプロンをつけたルート先輩が出迎えてくれた。
「すいません。手伝います」
「もうすぐ出来るから先に風呂はいって来いよ。汚れてるぞ、お前」
「……はぁい」
ミーシャは風呂場に直行した。
急いで体を洗って服を着て戻ると、食卓には美味しそうなシチューやサラダなどが並んでいた。
ミーシャの腹の虫がまた鳴いた。
「お前、腹の虫まで元気だな」
そう言って可笑しそうに笑うルート先輩に、恥ずかしいやら、笑顔に何故かキュンキュンするやらで、ミーシャは照れて笑うしかできなかった。
「ははっ。今日もしごかれてきたので」
「ならもう食べようか」
「はい」
熱々のシチューを向かい合って食べる。野菜の甘味がよく出ていて美味である。意図せず顔が綻んだ。
「美味しいです」
「それは良かった」
「先輩、今日ジル中隊長に美味しい魚料理のお店を教えてもらいました。量もがっつり系の」
「へぇ。どこらへんの店だ?」
「西の軍詰め所のすぐ近くでした」
「ふぅん。今度行ってみるか」
「次の休みにまた稽古に行くので一緒にどうですか?」
「あぁ。いいぞ」
夕食の後片付けはミーシャが請け負った。鼻唄混じりに食器を洗う。
ちょっとした約束でこんなに浮かれるなんて、本当に自分はどうしてしまったのだろうか。
胸の中のもやもやは未だ正体不明である。




