そして魔王城へ
勇者×魔王
「報告致します!前衛部隊、迎撃部隊共に壊滅状態!侵入者はこちらへ向かっています!!」
「奴らの力がこれほどまでとは・・・。ここは我らが食い止めます!お逃げ下さい!!」
「あなた様がご無事であれば我ら一族の復興もまた敵うでしょう。一先ず撤退を!!」
駆けこんできた伝令からの報告を受け、側近等は逃げろと訴えてくる。
今の戦況ならば逃げることは可能だろう、しかし―――。
「それは出来ない。我が為に戦い、散って行った者たちの為にも我は逃げるわけにはいけない。」
「ですが!!」
「そなた等が居てこそ我は王となれたのだ、我だけ生き延びても意味がない。」
「しかし!!」
「そなた等が我を守りたいように、我もそなた等を大切に想っている。だから、戦う。皆を守るために。」
側近はもう何も言わなかった。その瞳は少し潤んでいるようにも見えた。
「では、謁見の間へ――――。勇者を迎えねば。」
『御意!』
城の最上階にある謁見の間に到着した私は勇者の到着を待っていた。
謁見の間は入口の大きな両開きドアを開けると赤い絨毯が1本敷いてあり、その先は階段がつき一際高くなっている。
そして一番上の段の中央に金の装飾が施された豪華な椅子が置かれていた。
この城の主のみが座する事を許される特別な椅子。
私はそこに座り、側近は両隣に控えている。
これで、後は勇者が入ってきたら『よく来たな勇者よ。』的な事を言えば完璧だ。
ああ、言い忘れていたが私は今の流行りの転生者というやつだ。
転生者といっても前世の記憶があるだけで、それを思い出したのも最近の事なので私は私であることには変わらない。
前世の私は「次に生まれ変わるならファンタジーな世界がいい」と思っていたらしく。
幸運な事に望み通りの世界に転生出来たみたいだぞ、良かったな前世の私よ。
RPGでよくある『魔法』もあるし、私も使用可能だ。
だが、職業だけは希望通りにはいかなかったようだ。
私は魔族の王、『魔王』として転生したのだから。
記憶が戻ってから気付いた事だが、この世界の魔族はRPGに置いての『悪役』とは少し違っているように思う。
以前の世界では、魔族または魔物は世界の支配や破滅を望み、攻撃的で粗野な言動が多いモノがほとんどだ。それは本・ゲーム問わず似たように描かれている。
ところが、私を含めココの魔族は基本的になにもしない限り攻撃しない穏やかな種族だ。
どこぞの姫もさらわないし、村も襲わない。もちろん、人間も食べたりしない。
家畜の肉や魚介類は食べるが、野菜も食べるし果物も食べる。健康管理を気にしている者も多いくらいだ。見た目は違えども生活も食べ物も人と変わらない。
だが、人間はそうはいかないようで魔族を恐れている。
その為、人間は魔族に近づかないし、それを理解している魔族も人と関わる事を避けていた。。
しかし、魔族の中にひと際力の強い力を持った、『魔王』が産まれてしまった。
その事を知った人間は魔族を恐れるあまり、魔王を倒すべく『勇者』を討伐へ送り込んできた。
私は「勇者が魔王を倒してハッピーエンド」なんていうエンディングを迎えるつもりなんてない。
人間の尺度で異形・異質と決めつけられ、迫害される魔族を守りたい。
その為に『魔王』として産まれ、膨大な魔力をこの身に授かったのだと感謝している。
『勇者』が来るこの時に備えて、桁外れの魔力を制御出来るように努力をし、剣の腕もそこらの剣士よりも格段上まで磨いてきた。
戦いにおいて勇者に遅れはとらない。
・・・唯一の不安点と言えば、私の容姿くらいのものだ。
漆黒の髪に紅玉のような目は前世の記憶にある『魔王』的なのだが、体型が痩せ型だから貫禄に欠けている気がする。
外見だけ見れば、両隣にいる側近‘Sの方が魔王の空気を纏っている。
2人とも体格が良く精悍な顔立ちで、立っているだけで威圧感と存在感があり、私も頼りにしている。
それに対して、私と言えば、魔族特有の灰色がかった青白い肌と細身の体型、ショートカットにした髪のせいで病弱な青年風に見えてしまう。
そこそこある身長のおかげで、そこまで幼くは見られないとは思うが・・・。
低身長でなくて本当に良かった。
「魔王様、勇者が到着しました。」
「ああ・・・。そのようだな。」
謁見の間の扉がゆっくりと開かれていく。
部屋の中に入ってきた人数は、5人。
女司祭、盗賊、エルフと・・・・ダークエルフもいるのか、珍しい組み合わせだな。
そして、金髪の男。
全てを浄化する聖なる力が金髪の男から発せられている。
周りに支障がない程度に抑えられているが、その事で持つ力の強大さが伺える。
そんな強い力の者なんて勇者以外には存在しない。
どうやら勇者も自身の持つ力を制御できるだけの能力があるようだ。
「・・・・よく来たな勇者よ。」
勇者達が、部屋の中央に来た所で私はお決まりのセリフを言った。
色々オリジナリティーな文章を考えた結果、普通が一番という結論にたどり着いたからだ。
「そなた達も事情は色々あろうが・・・・問答は無用。」
私は勇者達に攻撃魔法を放った。
私が放った青光を纏った魔力は勇者達に高速で向かって行き、爆発を起こした。
「ほぅ、障壁を張って防いだようですね。」
側近が分析した通り、勇者達は防御魔法を展開し私の攻撃を防いだ。
爆発により周囲が爆煙を上げる中、勇者達が障壁を張った一部は傷一つない。
勇者達にダメージもない。
「ダークエルフの防御魔法のようです。珍しいですね、補助魔法が得意ではない種族がこれだけの障壁を作れるとは。」
挨拶程度ではあったが、並みの魔術師では私の攻撃を防ぐことは出来ない。
「へぇ、伊達に勇者サマのお仲間じゃないってわけか。」
側近の片方が愉快そうに笑った。
「そなた達は周りの者を頼む。我は――――勇者を討つ。」
私の言葉に頷くと、側近は勇者以外へ攻撃を始めた。
勇者の仲間は4人、側近は2人。
数において不利ではあるが、彼らならどうにかするだろう。
今の段階で、側近等は2対1で戦っているが劣性の戦況には見えない。
エルフ族の2人は攻守の魔法を連携させ、側近①に対抗しているが側近②と戦っているもう2人の方は、女司祭が豪快に斧を振るい盗賊がそのサポートをしているようだ。
・・・・この世界の司祭にも日本史にも登場する『僧兵』が居るのだな。
そして、私は勇者の前へ進んだ。
「アナタが・・・・・魔王。」
勇者の少し戸惑うような声が聞こえた。
「さあ、勇者よ。未来をかけて戦おうではないか!」
最初の攻撃とは比べ者にならないほどの魔力を凝縮して練った魔法を勇者へと放つ。
勇者も同じように魔法を放ち、私の攻撃魔法を相殺させた。
強大な魔力同士がぶつかったことで大きな衝撃波が私と勇者に襲ってきた。
その反動を利用して後ろに飛び下がりつつ、さらに攻撃魔法をいくつか放つ。
勇者はそれを障壁で弾き、私に攻撃魔法を向かわせ反撃して来る。
私も障壁を張り、攻撃を防ぐが衝撃の大きさで勇者の尋常ではない力の強さが伝わってくる。
だが、私は負けるわけにはいかない。
(私の全てをかけて勇者に勝つ!)
私は身体に流れる魔力に神経を集中させ魔法を展開させた。
剣を打ち合う度、腕に痺れが走る。
剣の打撃の1つ1つがとても重たく、体力を消耗させる。
魔力も底をつき、であと1回の分の力しか残っていないだろう。
側近達の戦況を見ても、彼らの限界も近い。
剣を薙ぎ払って、勇者との距離をとると持っている剣に残りの魔力を全て注ぎ込む。
刀身が青白い輝きを帯びる。
それに気付いた勇者も己の剣に聖魔力を込め、私の攻撃に備えている。
(これで終わらせる!)
一気に間合いを詰め、渾身の力で剣を勇者に向けて振り下ろした。
ギィンッと言う音とともに折れた剣が宙を舞い、後方に落ちた音がした。
床に膝をついた私の眼前には剣先が突き付けられ、手には少し刀身が折れて軽くなった剣があった。
「――――勝てなかったか。」
戦に、勇者に、己の運命に。
どんなにあがいても所詮は悪役。
結末を知っていてもソレを変えることは出来なかった。
『魔王様!!』
側近の叫ぶ声がした。
側近達は勇者の仲間を振り払い、私を助けようとこちらへと近づいてくる。
「近づくな!!」
『魔王様!?』
私の制止の声に側近の戸惑った声がした。
「なぁ、勇者よ。」
私は勇者に話しかける。
「・・・どうか、我の願いを聞いてくれないか。」
「・・・・ねがい?」
勇者は私の言葉に困惑しているようだ。
「私の側近と、この城に残る魔族を見逃して欲しい。」
『魔族』を守るために私に仕え、戦ってくれた皆。
勇者に敗れ、未来を手に入れることは出来なかったが、せめて今生き残っている者達を助ける。
それが私の最後の役割。
「『魔王』が消えれば、魔族の力も弱まる。だから―――――頼む。」
「俺、は・・・・・。」
勇者の空色の瞳から感情の揺れを感じた。
「そなたの使命は『魔王』を倒す事であって、魔族を滅ぼすことではないだろう?ならば、我だけを討てば良いのではないか?」
『魔王』が原因で起こった争いは、『魔王』が居なくなれば終わる。
「我の、私の最後の頼みを・・・叶えて欲しい。」
「最後・・・・アナタの・・・。」
私なりに思った通りに行動した結果、RPGのシナリオ通りに進んでしまった。
でも、未来に足掻いた事を私は後悔していない。
私は、私らしく『魔王』として生きられた。
魔族の皆も私を慕い、絆があった。
それで十分だと思う。
その想いが勇者にも伝わって欲しくて、私は勇者の瞳を見詰めた。
「・・・分かりました。アナタの願いを受け入れます。」
「っ!!そうか、感謝する。」
「でも、条件があります。」
「条件?」
「はい。・・・・欲しい物が、1つあるんです。」
輝く宝石も、大量の金貨も冥府には何も持っていけない。
この城の宝物は皆からの献上品がほとんどで、それを渡すのは皆に申し訳ないがこの際、致し方ない。
「私が持つものであれば、そなたに何でも捧げよう。」
「では―――――――、アナタを俺に下さい。」
「アナタの手も、髪も、肌も、全部、俺に下さい。」
そう言って、私の頬に添えられた勇者の手は冷たくて微かに震えていた。
「・・・ああ、そなたにやろう。」
いまさら請われなくても、勇者に敗れた時から私の命は勇者の手に委ねられている。
「私の全てはそなたのモノだ・・・。――――っ!?」
膝立ちになっている私の上から圧し掛かるように勇者が抱きついてきた。
身体に巻きつけられた腕が強く締まって少し苦しい。
(まだ、・・・震えている。)
勇者の手が頬に触れた時に感じた小さな震えはまだ止まっていなかった。
縋るように私を抱きしめる勇者は、私より大きな身体を持っていても何かに怯える小さな子供に見える。
私は思わず勇者の背を撫でていた。
現状で唯一動かせるのは肘から先の腕しかない為、、背の下の部分しか撫でることが出来ないのだが、片手は勇者の脇腹に添え、もう片方の手でゆっくりと撫でた。
しばらくすると勇者の震えは治まったが、私を離す気配はない。
身体を動かそうと試みたが、さらに抱擁の拘束が強まる結果となった。
・・・・・・・私はどうしたらいいのだろうか?
「おい!そこの勇者の仲間!この状況はどうなってんだよ!!」
「聞かれても分かるわけないでしょ!?少しは考えて言いなさいよ!」
「なんだと!?ふざけんなよテメェ」
女司祭と側近の1人が言い争う声が聞こえてくる。
「落ち着きなさい2人とも!」
「やめろ!オルフィカ!・・・いつも考え無しに行動するお前がそれをいうなって!」
盗賊ともう1人の側近がそれぞれを抑えているらしい。
「・・・・・・勇者よ、いつまでこうしているつもりだ?周りが戸惑っている様だぞ。」
「ライア。」
「・・・ん?」
呟かれた声が小さくて聞き取れなかった。
「俺の名は『勇者』じゃない。ライアだ。」
「・・・・・・・・ライア。」
『勇者』改めライアの名を呼ぶと、腕の力が緩んだ。
だが、抱擁は解けない。
「・・・『魔王』の、アナタの名も教えてほしい。」
「・・・?私の名はヴィーナだ。」
「ヴィーナ・・・。」
ライアは私の名を口にすると、私の身体を拘束していた腕を解いた。
しかし、その手は私の両手を握っている。
「ヴィーナ、俺はヴィーナと出会うために産まれて来た。もう、離れない。」
唇に生温かい温度が触れた。
視界はライアの顔がぼやけている。
側近の怒鳴り声が聞こえている気がする。
距離を取ろうにもまたライアの腕で拘束されているようで身動きが取れない。
息が苦しくなったので酸素を取り入れようと口を開いたら、ぬるっとした感覚の何かが口の中に侵入されただけで空気は少しも吸えなかった。
(・・・ディープキスで窒息死っていう殺害方法なんだろうか。)
酸欠で目の前が白だか黒だか解らなくなってきた頃に、ライアの仲間と側近が勇者を引き剥がしてくれたおかげで私の命は尽きずに済んだ。
どうやらライアが周りに結界を張っていたらしく、それを破るのに時間がかかったらしい。
1度は離れたライアだったが、すぐに側近から私を奪い磁石のように抱きつき離れる気配がない。
「えーと・・・これからどうすれば良いと思う?」
私の質問に答えてくれる声はなかった。
ライアの仲間と側近たちと協議の末、「勇者」と「魔族」は『和解』ということ収まった。
それを報告するためライア達は「勇者」を派遣した国王の元へ帰らねばならなかったが、くっつき虫と化し私からライアが離れないため私も共に行くことになってしまった。
側近2人も一緒にだ。
その後、人間の王国についた私たちは無事、人間と魔族の平和協定を結ぶことができ、私が求めた魔族の平和が訪れた。
唯一の誤算が、人間・魔族の1部の婦女子の間で私と勇者の恋愛物語が大流行してしまったことだ。
内容の多くは「相対する存在として運命を背負った2人の禁断のラブロマンス」とか「種族を超えた愛」とかあながち嘘ではないんだが、
(私・・・・女性なんだけど。)
不安要素の外見が災いして、私は見事に男性と勘違いされたようで・・・。
・本日の新発売書籍
「俺の専属勇者~甘い密約~」
どうやら異世界にも腐の付く方々がいらしたようです。
見た目が中性的な魔王さまをイメージしてます。