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Life:04

夜中にこっそり連日投稿。

 裏庭といっても、高い塀に囲まれているわけでもなく、薄暗くも無い。

 10m四方程の拓けた地面が、林に囲まれている場所である。

 建物の裏手に当たる位置にあるから、便宜上裏庭とケイが呼称しただけのことだ。

 その林も、低い灌木から始まっているので日当たりには問題ない。


「これ、叩いても平気かな?」


 ケイが手を当てたのは、拓けた地面の中程に立つ樹だった。

 太さは20cm程であろうか、建物に沿って等間隔で植えられている内の1本だ。


「破壊不能オブジェクトです」


 サポートAIが答える。樹皮が禿げたり、折れたりしないらしい。ありがたい。


「こっちはどう?」


 いかにも華奢な手をかざして、重ねてたずねる。


「強く叩けば痛みを感じ、度合いにより怪我を再現します。損傷は即座に修復されますが、今の設定では痛みは現実リアルと同様になっています。痛覚カットをしますか?」


「しない」


 即座に答える。

 痛みは福音だ。

 こんな、リスクの無い場所で経験できる痛みは、是非とも味あわなければ。


 護皇流の構えをとる。

 まだ、立木には向かわない、型稽古だ。

 慣れ親しんだ型をなぞる。

 この10年、繰り返し体に染み付けて来た動き。

 しかし、常に納得がいく動きにはとうとうなれなかった。

 歯噛みしながら、無理矢理動かした。

 無意識を操れば、同様の事が出来た。

 が、

 無意識を操る。彼の武術では「識」と呼称される身体操作は、脳に多大な負担をかける。

 なんせ、部下がいるのに自分でなんでもやってしまう社長の負担を考えればいい。

 だが、それも部下が使えなかったが為。

 今、本来の体を手にしたケイは、存分にその能力を堪能した。

 拳を疾らせれば意識せずとも思った通りの軌跡を描き、掌を翻せばその鋭さに空が鳴った。

 歩法は言わずもがな。

 繰り出す全てを識で把握する。

 だんだんと疾くする。

 野球選手が無意識に素振りを繰り返すように、ケイの無意識は易々とそれをこなした。

 疾く。

 正確に。

 そう、正確だった。

 今ならば宙に投げた五円玉を、その落ちる最中に串で貫く事が出来るだろう。

 以前は識を使って初めて出来る事だったが、今は「意識せずに」それが出来る。

 ケイは泣いていた。

 その身を駆ける歓喜に。

 身体を動かす喜びを初めて識った。

 もっと、もっと、もっとだ。

 今や目にも留まらぬ演舞は、その身体が悲鳴を上げても止む事がなかった。

 ケイは意識していなかったが、身体形成の基となるステータスパラメータは刻々と上昇していた。

 迸る歓喜のままに、ケイは立木に打ち込んだ。

 手が、腕が、肩が、背が、腰が、脚が、足が。

 突きに使われた全ての部位がその応力で粉砕した。

 その瞬間、耐久値のパラメータが急上昇したが、今あるのは仮想アバター、遺伝子治療終了まで変更されない。

 即座に、魔法の様に修復される身体。しかしそのスペックは向上しない。

 繰り返し打ち込まれるその都度、幾度と無く粉砕される。

 筋力値も上昇している。

 療養プログラムは、ケイの行為を「必要に応じた」ものと判断した。

 もし医師がモニタリングしていたら結果は違っていただろう。

 が、ケイが入っているのは次世代試験型の機能拡張タンクだ。扱える人員は限られているし、そもそもケイの入院した指定病院には存在しない。

 タンクを設計した技師が、


「余程の事でない限り、大事ない」


 と太鼓判を押したからだ。

 その、いささか変人じみた技師がカスタマイズしたタンクは、想定以上の性能を発揮していた。

 祖父のコネで急遽ねじこまれた運用で、そのタンクは本来かけられるべきリミッターをかけられていなかった。

 そして、1割減衰されるとはいえ、ケイホタルはあまりにも体格が違いすぎた。

 身長にして2/3体重にして2/5。

 その小さな身体に搭載出来るのは、従来の治療タンクならば各値100前後だろう。

 しかしリミッターの無いそれは、それぞれ500超の値を試算していた。

 ケイが立木を廻りながら打つ。

 童話の、バターになってしまう虎もかくやという勢いで廻りながら繰り出される連撃で、その都度身体は壊れる。

 対する樹の方も、その身に許された範囲でしなり、軋み、身じろぎする。

 右へ左へ、方向を目まぐるしく変えながら、頭の位置は成人男性の腰の辺りという低い構えから打ち出される打撃は、対人であれば足下にまとわりつかれて下手をうてば転倒するほかないだろう。

 立木の根本に張り出した根を避けながらの歩法だというのに、張り付いたように廻り続ける。

 樹の身じろぎが大きくなる。

 どうやら破壊不能オブジェクトであるのは樹だけで、地面は違うらしい。樹が軋む度に地面に亀裂が走り隆起する。

 そしてその時は来た。


「はぁっ!」


 連打が止み、数歩踏み込んだ勢いと、今まで聞かれなかった裂帛の呼吸と共に「それ」は打ち込まれた。

 そう、踏み込んだ。

 護皇流は、基本踏み込まない。

 衝撃を伝える特殊な打法が踏み込みを必要としないのだ。

 呼吸もそうだ。

 通常の武術は息を吐いて攻撃する。

 故に、呼吸を盗まれると不利になる。

 護皇流は通常の呼吸をしない。吹奏楽の循環呼吸の様な、継ぎ目のない呼吸が基本だ。

 その基本の動きを逸脱した技が、たった一つだけあった。

 打突と同時に繰り出される呼気と震脚は、それと気付いた時にはもう遅い。その一撃の後に立つもの無し。

 護皇流奥義「震」

 真っ直ぐに矢のごとく打ち込まれた一撃で、ケイの腕は蛇腹のごとく捻れ、弾け飛んだ。

 全身から血がしぶき、纏った病院衣を紅く染めた。

 しかし、ケイの心は折れず、何事もなかったように身を起こした。即座に行われた再生で、その身に損傷はない。

 そのケイの前で、立木はゆっくりと傾いで倒れた。


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