Life:03
最初は、後ろから壁か何かで押されているのかと思った。
前方2m程の所に壁。
足はついていない。
程良くクッションの効いた壁に押されているのに、前方の壁との距離は変わらない。
………。
壁…じゃ、無い?
過去に何度か経験したことがある感触。
混乱した平衡感覚に、脳が騙されている。つまり、壁と思っていたのは天井とベットだ。
ゆっくりと身を起こす。
少しふら付いたが問題は無さそうだ。
身体が重い。
思えば、体重に対する筋力の度合いが違うのだろう。
以前は体重68kg、150kgバーベルで10回ワンセットのフルスクワットをこなせた。
対する今は、今の体重と同程度上げられる程度ではないだろうか。
つまりは比率にして半分以下、4割程度だろう。
寝かされていたのは簡易なベッド。部屋の内装も相まって病室にしか見えない。
というか、病室なのだろう。
ここは『サナトリウム』。
病人がVR環境でリハビリする施設なのだった。
『「ピロリン」サポートAIです。施設内のナビゲートが出来ます』
電子音と共にアナウンスが流れる。耳で聞こえている感触が無いという事は、VRシステム的に相応の方法があるのだろうか。
今必要なのは基本的な施設の情報と、身体を動かせる場所と…。
考えながら身じろぎすると、視界の端に黒い色がよぎった。
そして覆われた。
「まずは理容室へ」
行く先は決まった。
髪を整えてもらいながら、施設内の地図を閲覧する。
こうしたシステムサポートは基本、自分のみ見え、聞こえるらしい。VR便利だな。
もちろん、他人に見せる事もできる。
システムサポートといえば、この髪を整える作業も、髪型を指定すれば一瞬で済ませる事が出来るのだが、こういうものにしろ、食事にしろ、風呂にしろ、入院患者のストレス解消に大いに寄与しているらしい。
髪型を指定して、大まかな設備を確認していく。
武道場等は無いが、裏庭にちょうどいい空きスペースがある。
「ここで運動する事は出来る?」
指し示しながらサポートAIに尋ねると、鏡の中の理容師がうなずいた。
そう、理容師もサポートAIだ。複数の人格で動いているが情報は共用されている。
少し迷ったが、前髪は眉あたりで切り揃えてもらった。視線を盗まれない様に隠す選択もあったが、瞳を動かさずに『観る』事が出来るから支障はないだろう。逆にフェイントにも使えるし。
後ろは腰あたりの長さにしてもらった。
髪も長ければ長いなりに使い道があるのだ。
『サナトリウム』内は、現実と同じ時間軸にしてある。
脳に働きかけて加速させ、現実の短い時間で体感時間を長くする事も可能らしいが、リハビリの用途では不利益も多いとかで適用されていない。
今後導入のゲームエリアでは適用が検討されているので、時間に追われた現代人にはありがたいだろう。
そんな訳で、治療タンクに入ったのが午前の半ば。現在時刻は昼を少し過ぎた頃だろうか。
現実の身体は、タンクに入る前に絶食を経ているから空腹であったのだが、こちらでは度合いが違った。
そろそろ食事にしようか、といった、普段の昼時のすき具合だ。
それもそのはず、決まった時間でお腹がすく様な仕様になっているからだ。
まぁ、食べなければ一定まで空腹感がつのり、その状態が継続する設定だ。
睡眠も同様で、効率のよいリハビリの為の規則正しい生活が推奨されている。
食堂で軽食をつまんだ後、施設内を廻ってみる。
昼間はAIではない理学療法士がログインしているリハビリテーション室、医師が24時間常駐している診察室、ライブラリー、体育館、ジム、プール、中庭、ラウンジ等、VRならではなのか、超豪華な療養所だ。
現実に建てたら相当の資本が必要だろう。
まぁ、資本『だけ』ならあるか。
こんなに空気のきれいで、四季を通じて穏やかで温暖な土地など、どこにも無いだろうけれど。
それにしても、よく出来ていた。
脳に認識させる為とはいえ、そう言われなければ現実との差異などわかりはしないだろう。
最後に、サポートAIにたずねた裏庭にやってきた。
日差しもうららかな午後、その場所はあの夏の日の田舎の裏山を思い出させた。
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