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Life:01

 ケイは落ち込んでいた。

 場所は病院の廊下だ。

 あのあと、半ば放心状態で指定の検査病院に駆け込んだのだ。

 定間隔に設置された簡易な長椅子ベンチに腰かけて、ケイはぼんやりと思いめぐらせていた。

 現在、検査待ちではあるが、確信に似た予感がある。

 違和感は、あった。

 母似な細面はともかく、16歳にして未だ声変わりが無いのもそれだ。

 意識して低めの声で話す癖がついてしまったし、何より合わない声を嫌ってか極端に無口になった。

 体毛も薄く、油断するとすぐ脂肪がのる。

 そのくせ、筋量はなかなか増えない。

 武術に必要な身体能力は確保できているが、ただそれだけだ。

 

 よく、武術は弱い者の為のものだと言われる事がある。

 ある一面ではそうとも言えるが、概ね間違っている。

 真に武術を志した者に弱者はいない。

 力、技、それらを生かすすべ、全てを備えるには人生は短すぎる。

 だが、足りないものを他で補って、人は武を磨くのだ。

 そして、大本のフィジカルが違えば、スタート地点からして違うし、技もすべも同等の者同士ならば、力の強い者が勝つのだ。

 

 つらつらとそんな事を考えているうちにも刻は廻る。

 午後も半ばを過ぎた頃、ケイの隣りに祖父が姿を現した。


「帰るぞ、ケイ


 余分のある長椅子ベンチに腰かける事無く、普段となんら変わらぬ声をかけてくる。


「でも、じいちゃん、結果が…」


「そんなんは後でもええ。座っとる間があったら他に出来る事がある」


 言いかけるケイを遮るようにうながす。

 連れ出された自宅に併設された道場、そこでケイは古流の基本姿勢をとっていた。

 初めは病院の中庭で、というケイの説得だったが、祖父は近場で手を打つことはせずにわざわざ帰ってきたのだった。


「…そうか、アカネさんの言うとおりだった訳か」


 絶対女の子だとケイ妊娠中に言い張ったアカネを思い出して、したり顔で祖父は頷く。

 そんな祖父に、ケイは祖父として、師父としての助言を求めるが如く話し始める。

 以前からの違和感。VRで見たおそらく自分本来の姿形。地上最強の男の夢。


「一番の問題はなんじゃ?」


 祖父が問う。

 性別が変わる事?…いや、問題はない。

 むしろ心の中ではしっくりくる。

 地上最強の『男』にはなれない事?…いや、性別は関係ない。

 武を求める女性も、周囲には掃き捨てるほどいる。

 問題は…


「今のままでは、地上最強にはなれない事」


 それに尽きる。


「そうじゃな。思えばケイはどこかちぐはぐじゃった。見ていて、誰かが身体を操っている様な、奇妙な感じじゃった」


 普通に生活するうえでは現れない差異。

 武術のなかでもやや奇異な祖父の教える古流は、そのわずかな違いを露わにしていた。

 反射、というものがある。

 とある流派は、不随意的な反射、例えば呼吸、内臓の顫動、果ては心拍に至るまで制御する術があるというが、祖父の古流はそれを略した。

 代わりに基本的な動作を反復により条件付けする鍛錬をする。

 前述の流派は、脳が指示し行っている無意識の動作を直接意識的にやることによって、全ての行為にある『ワンクッション』を削るらしい。

 それ故、意識下の動作、その全ての『起り』はべらぼうに速い。

 祖父はその流派の人間が銃弾を叩き落としたのを見たことがある。

 そして、その適性はほんの僅かだ。

 適性のない者に教えられない武術では、いずれ消えてしまうだろう。

 事実、その流派は以前からして知られざる武術だったのに、もはやこの狭い武の世間でもとんと聞こえなくなった。

 対して祖父の古流はその無意識の領域を特化させた。

 日常のなかでも、意識してはいないが、目の端、何となく聞こえた音、漂っている臭い、振動、様々な外的要因がある。

 それらを『無意識に』対処出来るようになるのが本文だ。

 ケイはその部分が格段にダメだった。

『無意識』が巧く身体を動かせていない感じだった。

 さもあらん、今回の事をかんがみれば、脳が認識する本来の身体とかけ離れたものを操らせようとしていたということか。

 むしろケイは、『無意識』を操作する方が速く動けた。

 そう、適性があったのだ。

 呼吸を盗ませない為に呼吸機能を停止させる事も出来たし、短時間なら心臓を停める事も、逆に早めて全身の筋肉をパンプアップさせる事も出来た。

 だが、教える者のいない技術は先詰まり、どこかしら器用貧乏な出来にしかならなかった。

 この、…今出来あがった身体では、限界があるということだ。

 あるべきであった身体を取り戻さないかぎり。


「では、なるか」


 なんでもないように、祖父は言った。


「…え?」


 どういう事か、聞き質すケイに、女の身体になればいいだろうと繰り返す。


「その為の遺伝子治療じゃろうが」


 呵呵かかと笑う。

 しかし、前章で述べたように、それには億単位の金と順番待ちの狭き門がある。


「なぁに、コネがあるし、金もある。心配無用じゃ」


 子供がそんな事に気を廻すなと笑い飛ばした。

 あぜんとするケイに居住まいを正した祖父が、手招きをして正面に座らせる。もちろん正座だ。


ケイには、というか門弟あたりには教えてないのだが、うちの流派はゴコウ流という。響きは我が家の名字と同じだが、字は護皇をあてる」


 そう言いながら空に文字をなぞって見せる。


「護皇、すなわち天皇の護衛を生業としておる。お前の伯父もそれをやっておる」


 どうりで留守ばかりのはずだ。


「何故、門弟には教えぬ流派の正式名称を教えたかと言えば、お前を師範代にする為じゃ。他は教えたがあとひとつ、奥義伝承をもってその証とする。しかとみよ」


 祖父が、否、師父がするりと立ち上がると、『それ』は行われた。

 ケイはその全てをみた。

 目付というものがある。

 見と観の2つの様相からなるものだが、様はあるがままに物事をみる術である。

 全体を観ながら、各要所も見る。

 簡単そうではあるが、なかなか旨くはできない。

 マジシャンのトリックは、この出来ないのを利用しているのだ。

 人の注意、注視は無意識に引きずられる。

 故に、右手で派手な動きをされれば、左手は意識からはずれてしまう。

 無意識を制御できるケイは、この目付が格段に巧かった。

 視界に入らぬ身体の部位の動きも、他の身体や筋肉の動きで見切れた。

 そのケイに、師父は奥義をみせたのだった。

 

 翌日には、もう入院だった。

 元々、高1の3学期、期末試験の試験休みであったから、その余暇を利用してVRMOに興じようと言う算段が発端だったからには残るは終業式位だ。

 それさえも、入院の大義名分ですっとばせばそのまま春休みである。

 つまりは1カ月ほど余暇がある。

 事前の検査と準備(身体の調整、つまりは断食とかそういったことだ)をしているうちに、コネをねじ込んでいるらしい。

 ねじ込む名目が、先の師範代登用。

 なんでも護皇流は永く女性の、しかも妙齢の師範を求めてきたらしい。

 もちろん、流派の求めすなわちスポンサーの意向である。

 待ちに待った女性の師範代ですよ、お役に立ちますぜ、といった事らしい。

 即座に、次世代機器開発の模索として運用されていた拡張型プロトタイプの1台がまわされてきた。

 データ取りに運用している機器なので、テスト協力の名目で貸与されることとなった。

 そう、テスト協力である。その際の運用データは提出するが、お代はお上から出るのだ。

 ともあれ入院3日目、蛍は再びVR世界に足を踏み入れる事になった。

 今度は医療用の『Truth Life Online』。

 その世界で、己が最強を証明する為に。

名前にルビ入れました

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