Life:23 幕間 じいちゃんとケイのスイカジュース
「ほりゃ!」
『ぼごん』
「ほい!」
『っぼごん』
夏真っ盛り。
ジリジリと擬音が聞こえてきそうな暑い暑い縁側で、祖父が二個のスイカを叩いた音だ。
蛍に古流を教える為に田舎と都心を一か月ごとに往復する祖父が、裏庭で育てている小玉スイカだ。
祖父が都心の伯父の家に滞在しているあいだは、近所に住む門下の人が水やりをしてくれているらしい。
蛍も自宅の庭にプランターで何株か育てていてそろそろ食べごろのはずだ。
今月は祖父が田舎に滞在する月なのだが、丁度、小学4年生の夏休みに入った事もあって蛍が田舎に来ているのだ。
『ボスッ!ドスッ!』
「ほれ」
「ありがとう」
親指を使った一本貫手でスイカに穴を穿つと、一個を蛍に差し出してくる。内圧で少し零れる果汁に注意しながら口をつける。
庭先の木陰でたらいの冷水に浸かっていたスイカはよく冷えていて、果肉の混じったジュース状になった中身は格別な甘味だった。
もちろん、中身がジュース状の品種のスイカなんて珍種ではない。
祖父が古流の技で砕いたからだ。冒頭の場面がそれだ。
祖父は事も無げにやるが、まだ蛍には真似出来ない技だ。
早々に古流から足を洗った父の正も、これが出来ない故に空手の方へ進んだとの事だ。
その技を盗む目的半分で、蛍は祖父にスイカジュースを強請ったのだった。
無論、飲みたかったというのもある。
このスイカジュースは五香家の夏の味覚でもあるのだ。
小玉スイカは連作に向かない作物であるから、何面かある畑をローテーションで作ってはいるが、毎年売るほど収穫できるので涼をとるには最適なものなのだ。
3日ほど、田舎の祖父宅で過ごした蛍は、都心の自宅の道場に併設したキッチンに籠っていた。
時々合宿などを道場生が行う際に使うキッチンだが、普段は蛍が占有している。
格闘技従事者は身体を使う分、食事には気を使う。
大抵は食べる方に特化するが、蛍はどこで拗れたのか造る方に目覚めてしまっていた。
母の茜は和食オンリーだったが、蛍は和洋中なんでもござれのオールラウンダーだった。カレーだってスパイスの調合から始める程だ。
足元には蛍が育てて、今朝がた収穫してきた小玉スイカが20個ほど、段ボールに入って置かれている。
これから試し割をする訳だが、スイカ自体は美味しく頂く算段だ。
具体的には、出来たジュースはザルで濾してペットボトルに詰めて保存。そのままでも、ゼリーにしてもいい。皮は緑色の固い部分を剥いてから適当な大きさに切って冷蔵保存。刻めばサラダとしてそのままでも食べられるし、一口大に切って煮物や、素揚げにしてもいい。
元々瓜の一種なのだ。胡瓜や冬瓜とさほど変わらない。
足元から1個取って目の前にかざす。
あの時、祖父は2個、スイカを叩いた。
1個は手の上に乗せた物を上下で挟み込むように。
もう1個は縁側の板の間に置いた物を上から。
実を言うと、手の上に乗せる方の方法は既に出来る。
スイカの真ん中を焦点にするように衝打を調整するのは、両手を使えば難易度は格段に下がる。
だが、板の間に置いたスイカの中心に衝撃の焦点を置くのは難しい。失敗すれば割れ、破裂する事もあるだろう。当然、手加減すればジュースにはならない。
破裂し、飛び散る前提でやった方がいいかな。
直径30cm程の大ぶりのボウルに小玉スイカを入れ、蛍は衝打を叩きつけた。
「くっ、また駄目か!」
収穫してきた20個のスイカを使い切っても、どうしてもジュースにはならなかった。
力を込め過ぎると破裂し、手加減すればジュースにはならない。
そもそも、上から叩けば衝撃の伝播は一方向だ。
…あの時、祖父はどうやって叩いていたか?
何度目かもわからぬ同じ問いが頭をよぎる。
…もしかして、片手の時と両手の時とは打ち方が違うのだろうか。
追加で収穫してきた5個の小玉スイカ。
これで駄目だったらもう一回田舎へ行って祖父にみせてもらおう。
両手のやり方を手足から『忘れさせ』、『識』で各部位を制御しながら、今度は祖父の動きを真似る所からはじめる。この時点では蛍は『識』をそうとはしらずに「身体の動かし方の一つ」として使っているだけだったが。
腕の振りから、指先まで。
収穫していないスイカは残り少ない。もう1個も無駄には出来ない。
慎重に、しかし思い切って衝打を叩きつける。
『っぼこん』
「!?」
ボウルの中のスイカ、その側面に近い斜め下辺りに穴が開いた。
中からは砕けた果肉混じりの果汁が溢れだしている。
そういえば、音も祖父の叩いたものはこんな音だった。
今の打ち方は…こうか!?
『っぽごん』
今度は別の場所で抜けているが、なんとなく打ち方は分かってきた。
これは、何か固いものに包まれたものにしか打てない打ち方だ。
指先又は掌底で外皮に衝撃を伝わせ、その衝撃に呼応するようにもう一撃入れる。
ラテン音楽のドラム等で手の平を複数個所複雑に使うように。
固いものに包まれたもの…。
その中身を…ジュースに…?
「うわ、やば!」
探究心のままに試していたが、これって相当やばいんじゃね?
ここに至ってそう思い及ぶ小学4年生。
そもそも、スイカを破裂させる打ち方だって相当マズイ。
急に怖くなってきた。
「と、とうさ~ん!」
隣の道場で道場生に稽古をつけている正に泣きついた。
泣きながら説明する騒ぎを聞きつけて、母屋から母も駆けつけてきた。
聞き進むにつけ、だんだんと難しくなっていく茜の表情を見ながら正は少しづつ後ずさった。
「よし、ランニング行くぞ!」
逃げた。
正は悪くはないが、絶対飛び火する。
そう判断した結果だった。
「なに?縁打ち、出来てしもうたのか!?」
茜からの電話に、祖父は驚きの声を上げた。
無理もない、衝打のバリエーションである縁打ちは、長い修行の末に修得出来る技で、間違っても小学生が見て盗めるものではない。
『これは…、才走るにも程がある。修行の質から練り直さねばいかんかのぅ』
茜の叱責を聞き流しながら、これからの蛍の修行に頭を悩ませるのであった。




