Life:21
━少し時間を遡る。
香がログインすると、そこは広い噴水広場だった。
囲いが無く、そのまま水底まで歩いて行ける噴水池は、緩い高低差故に大した水位ではない。その浅い水深の底から吹きあがる噴水は周りの水を巻き込みながら噴き上がり、なかなかの見ものだった。
振り返れば巨大なコロシアム。あたりを歩くのはファンタジーめいた鎧姿の者たち。
香のボルテージは既に有頂天(笑)となっていた。
『ログインしたら大きな噴水広場に出るから、そしたらそこに面したカフェにでも入って待っててね』
電話でそう話した事を思い出し『ログインなう』とアイカのIDに送る。
カフェ、カフェっと、あそこのオープンカフェがいいかな、判り易そうだし。
座席に近付くと、NPCだろうか、エプロンドレスを身に纏った女性店員が寄って来て案内してくれた。
アイスティーを注文し、支払いを済ませてしばし待つ。
「ピュ~~ッ」
現れたのは注文の品でなく、下品な口笛とゴツイ男達だった。
時間は戻る。
「いや、遅くなって申し訳ない。ああいう輩が多いんで気をつけてはいるんだが、なかなか減らなくてね。あ、我々は自警団の様なものをしている。メンバーには彼の様な警備兵のNPC契約をしている者もいて、運営とも連携している。さっきの3人にもハラスメント警告を送っておいた」
先頭の、先ほど仲介してくれた男性PCが口を開く。頭上に『れじぇんど』と記されたPCタグ。指し示した先には『警備PC スティーブ』というタグを付けた革鎧の青年がいた。なるほど、警備兵っぽい出で立ちだ。
「こんばんは、れじぇんど。まぁ男女比が大変な事になってそうだしねぇ」
「やぁ、アイカ。そちらのお嬢さんは知り合いかな?もう一度言うよ、遅れてすまなかった。どうか『ココ』を嫌わないでくれると嬉しいよ。今のところは格闘好きなむくつけき男共の楽園ってトコでね、麗しき可憐な花に目がくらむ野獣が多いのさ。パブリック化されれば多少改善されると期待したいね」
途中からは香に向けられた言葉に、コクコクと頷きで返す。そんな香を見て、れじぇんどが怪訝な顔をする。
「ふむ、どこかで…すまないがお嬢さん、TLOにご家族がいるかい?面差しがどこかで見かけた気がする」
「れじぇんど、あなたもナンパ?!」
「いやいや、違うよ。もし僕が知ってる人のご家族なら、今は療養所側でなく、統合サーバー側に居ると教えようと思ってね」
あわてて弁明するれじぇんど。
「兄が入院しています」
「兄…、それじゃぁ違うかな。僕が知っているのは女性だし。ご家族ならお互いにID登録はしてあるはずだから、フィルターブロックされずに連絡は取れる筈だ」
では、と、忙しそうに立ち去るれじぇんど達。自警団は自警団なりに忙しいらしい。
その一団を見送り、さてっといった風にアイカが香に向き直った。
「ごめんね、カオちゃん、遅くなって」
そう言って手を合わせるアイカは、その長身も相まってとても凛々しく、格好良く見えた。
柔らかなソフトレザーの胴着に不思議な光沢の手甲と脚絆を着けている。手甲は肩から腕までを隈なく覆っており、どこかしらメカニカルなデザインが際立っていた。
「アイちゃんかっこい~。ゲームの中の拳闘士っぽいねぇ」
「いや、まんまじゃん」
それにひきかえ香はというと、初期装備のままだ。通称『ジャージ』と呼ばれるそれは、見たまんまTシャツと化繊ジャージズボンにしか見えない。靴は小学校の上履きかスリッポンかといったもので、このファンタジー的世界では浮きまくりだ。
「むう」
「ふむ、初期装備のままだとまた絡まれるかもね。まずは装備整えちゃおうか」
「で、でも、私お見舞いに来たのよ?」
「ハハッお見舞いなら病院側…『サナトリウム』にログインすれば良かったのに。BAに入ったからには対戦は義務よ!」
「でも、アイちゃんとお見舞いしなくちゃだから…ハッ!謀られた?!」
考えてみれば、『サナトリウム』側に病院NET経由でログインし、アイカと連絡をとって引きあわせればよかったのだ。その際にアイカにお見舞い用の臨時許可証を発行してもらえばいい。
なにも香が戦う必要はないのだ。
香とて五香家の娘だ。父や祖父にある程度は手ほどきは受けている。女性師範がほしい祖父の古流からは熱心なラブコールもあり、幼いころは意味も分からず色々教え込まれた。
とはいえ蛍ほど才能があったり熱心だった訳でもない。
割とふつ~の女の子だと自分では思っている。
「まぁまぁ、一番いいのを見繕ってあげるから」
引き摺られる。
165cmと同年代では長身の香といえども、175cmの空手女が相手では分が悪すぎた。
香は為す術もなく、連行されるが如くその場を後にしたのだった。
カフェのテーブルには手付かずのアイスティーが残されていた。
次回は週末(土日)更新予定。




