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Life:00

 五香ゴコウ ケイは、男だった。

 正確には、16歳になるこの春まで男だと思っていた。

 

 空手家の父、タダシ

 華道師範の母、アカネ

 5歳上の総合格闘家の兄、アキラ

 1歳下の妹、カオリ

 

 脳筋な父兄に比べれば線が細いが、身長174cm体重68kgは結構な体格だ。

 ただ、どう鍛えても、どれだけ詰め込んでもそれ以上は太くも高くもならなかった。

 兄は同じ年の頃には180cmを超え、体重も100kg近かった。

 骨太で筋量もあればこその数値だ。

 妹のカオリも背は高い方で、165cmを超えている。

 母だけが小柄で150cmそこそこだ。

 

 ケイが授かった時、母は


「絶対女の子だわ。名前も決めてあるのよ。」


 そう言って、ホタルと名づける事を主張した。

 兄のアキラがその時既に父の空手道場に入門していたから、母としては女の子を期待したのだろう。

 蓋を開ければ、連続して男の子。名前は読みを変えてケイとした。

 年子で妹が出来たのも無理もない話だ。

 

 そんな家庭で育ったケイが、格闘技を始めるのは極自然な流れだった。

 というか、物心ついた頃には空手をやっていた。

 周りは皆、強さを(多かれ少なかれ)求める者ばかりで、ケイもいつしかそれを夢想する様になった。

 

 地上最強の男。

 

 しかしその夢は、ケイが6歳、小学1年の夏休みに躓いた。

 

 その夏、ケイと父は父方の祖父の田舎に帰省していた。

 祖父の家は古流の武術の道場で、流派は伯父が継いでいたが、方々へ出かける伯父に代わって祖父が現役で切り盛りしている。

 なんでも伯父はボディガードの様な生業をしているらしく、滅多に帰っては来なかった。

 帰省して3日は釣りや虫取りに興じたが、4日目には父の空手の虫が疼きだした。

 その日は日も昇らないうちから、道場の裏山に昇った。

 タダシが少年時代を長く過ごした秘密の(と、本人は思っていた)特訓場だ。

 とはいえ、山というよりは丘に近い高さの山頂近くの、10m四方がポッカリと開けた空き地だ。

 そこに巻き藁(拳が当たる位置に縄を巻いた板を地面に立てた物)を立てて正拳の当て方を教えたのだ。

 巻き藁の正拳突きはサンドバックとは違い、思い切り拳を叩きつける様な事はしない。

 巻き藁は、押し込む様に当てる。

 正しい当て方をすれば、正拳の衝撃力を相手に伝える事が出来る。

 拳が打面に当たり、板の弾力で拳1個分ほど押し込む感じだ。

 その押し込む様な当て方をゆっくりと繰り返す。

 夏の日の早朝だ。

 1~2時間もやれば朝飯時だろう、タダシはそう思っていた。

 20分もやった頃だろうか、タダシの携帯が鳴った。

 田舎の山の中だが、ギリギリアンテナは立っていた。

 ただ、本当にギリギリだった為か、すぐに切れた。

 タダシが館長を務める空手道場からだった。

 麓の道場まで降りれば(片道10分程度)固定電話もあるし電波状況も良い。

 タダシケイ


「戻るまで続けろ」


 と言い置いて山を駆け下りた。

 知らせは危急で複雑な内容だった。

 内容は、まぁ、ここではあまり関係がないので割愛するが、問題はそのドサクサでタダシケイの事をすっかり忘れて車中の人になってしまった事だった。

 タダシは朝飯前には切り上げるつもりの稽古だったし、祖父はそんなことはあずかり知らぬ。

 またぞろ虫取りか釣りに出かけたのか位に思っていた。

 どちらも日の出前や早朝が良い塩梅のものであるから、そう誤解があっても責められまい。

 その祖父も、昼を過ぎるとおかしいと思い始めた。

 朝も昼も食べずにいるとは、いくら遊び盛りの子供でもおかしいのではないか。

 悪い想像が頭をよぎる。

 ここいらは渓流もあれば、溜め池も用水路も沼もある。

 水場でなくとも崖もある。

 まずは隣り近所(とはいえ数百m単位だが)へ電話し、誰も見聞きしていないのを確認すると、村役場へ連絡をとった。

 田舎の事、顔見知りばかりの所へ6歳の子供は目立つ。

 それが誰もチラとも見ていないのだ。

 即座に村の青年団が総出で水場を中心に捜索された。

 夜半まで続いた捜索でも見つからぬ孫をおもいやって祖父の頬はゲッソリとこけた。

 よほどの難事だったのか、タダシとの連絡は翌朝までつかなかった。

 

 連絡を受けたタダシは驚いた。

 ケイの事は誰かにまかせたつもりでいたからだ。

 誰か、というか、思い返せばそんな人間はいない。

 それに、朝飯時になれば祖父家に戻ると思っていた。

 まさか。

 そんなはずはないと思いながらも、


「親父、裏山の天辺の、そう、俺の秘密道場。あそこで巻き藁打たせてた。まさかまだやってるなんて事は…」


 あわてた祖父が裏山へ駆け上がると、はたしてケイはまだ巻き藁を打っていた。

 とはいえ、フラフラのヘロヘロである。


「けーい、もういい、もう終いじゃ!」


 叫びながら駆け寄るとバッタリと倒れた。

 即座に病院に運び込まれた。

 命に別状はなかったが、脱水症状に睡眠不足、それに手から肩にかけて複数の亀裂骨折と関節炎で残りの夏休みを入院することを余儀なくされた。

 タダシは祖父と母からこっぴどく絞られた。

 絞られながらタダシは、こりゃイカン、イカンなぁと思っていた。

 以前からケイは、兄のアキラの存在のせいか、がむしゃらに、向う見ずに突っ走る気があった。

 まだ体も出来ていない年頃にこんな事が何度もあれば、それはマイナスでしかない。

 少なくとも、壊し屋の空手家タダシでは相性が悪い。

 だが、タダシは口下手な男だった。

 口より拳が先に出る人生だった。

 そんなタダシが巧く話を持っていけるかというとそんな訳もなく。

 夏休みも終わり、学校も始まる。退院も間近なケイタダシは切りだした。


「おめぇ、うちの道場は向いてねぇかもしれねぇなぁ。空手辞めっか?」


 ケイは顔を紙の様に白くして嘔吐し失神。

 居合わせ、突然の事態にあわてふためく祖父、家族達の前で


「さいきょ、う、し、じょうう、さい、きょう、うう」


 と、うわ言をもらした。

 

 深夜、病室には祖父と父だけが残っていた。

 ケイも、時折うなされるがどうにか落ち着いている。

 あのあと、再びこってりと絞られたタダシは、大きな体を縮めて窮屈そうに椅子に座っている。

「うう…ん」

 ケイが目を覚ました。夢見が悪い、と言った風情のどんよりした顔だ。

 目をしばだたせて辺りを見回す。

 ケイが口を開くより先に、祖父が声をかけた。


「あわてもんじゃのうケイは。タダシのガキんときの様じゃ」


 やわらかな声。しかし、慰めには遠い。


「でもおじいちゃん、オレ、弱いんだろ?おとうさん…師匠もそれで見限ったんだろ」


 親子といえども師弟関係なのだ。

 師の言いつけは絶対。

 あの巻き藁打ちも、そんなケイの生真面目さが根本だ。

 祖父はそんなケイを笑い飛ばす。


「じゃから、よく聞け。さっきのコイツの言は、自分じゃよう教えられん、甲斐性なしじゃという告白じゃ。」


「…親父、もうちょい言い方があんだろ?」


「言い方を知らんのはお前じゃろうが。…まぁ、こいつが逃げ出しよったんで、後をわしが引き受ける。わしゃまだまだこいつより強いぞ」


 そう言って呵呵かかと笑う。

 事実、タダシは祖父の古流を修めていない。引き出しからして差がある。

 

 かくして、ケイは祖父から古流を学ぶことになった。

 源流は大陸らしいが、出自ははぐらかされた。

 そして10年。

 

 都心の高校に通い出し、日々開く兄とのバルクの差に悩みながらも、祖父の教えにより身体をいじめすぎない鍛錬に励むケイに、ある誘いがあった。

 とはいえ怪しげなものではない。

 クラスメイトからVRMOの誘いがあったのだ。


『Truth Life Online』


 医療目的故、通常では体験できないVRMMOだが、ついにその門扉を開く時が近づいてきたのだ。

 その事前テストとして、『Truth Life Online BA』というVRMOが限定公開されるのだ。

 BAはBattle Areneの略で、対人戦闘がVRで出来るものだ。

 普段から、格闘技をやるケイにとっては、対人でなにするものぞと思われそうだが、ケイにとってそのシチュエーションは垂涎のものだった。

 なんせ、怪我の心配がない。

 自分も、相手もだ。

 ある程度以上の苦痛はリミッターを『かけられる』らしいが、その苦痛さえも欲しい。

 現実では転がってくる1tの鉄球とのガチ勝負など望めないが、VRならば出来る。

 熊、虎、果ては恐竜とだって殺りあえる。

 地上最強の男になる為に、その絶好の修行の場になるだろうと考えたのだ。

 

 対応機器は量産型のメットタイプVR機。本家の医療用は疑似子宮型(形状は違うが)のタンクタイプらしい。

 遺伝子情報と骨密度、筋量を読み取ってアバターにするらしい。

 遺伝子情報で環境要素を抜きにどう成長するか解るらしい。大怪我をして車椅子生活の人だとすると、その環境要素でボディバランスは影響が出るが、遺伝子情報から読み取れば健常者のアバターが出来る。

 実際、最新の高度遺伝子治療はそのアバターの通りに肉体を再構築できるんだとか。

 ただ、利用できるのは自分の細胞だけ。

 一時期騒がれた万能細胞はうまく定着しないらしい。

 そのうえ、動かしていない部位を操作する神経及び脳機能は退化してしまうらしく、健常者の肉体で寝たきりになってしまうケースもあったらしい。

 腕が千切れたから生やそうってなもんじゃない、痛し痒しといった所か。

 とはいえ、退化した機能を取り戻す一助が、この医療用VRだ。

 なんせ、そこにはちゃんと身体があるのだ。

 そして、そのアバター通りに肉体を構築すればいい。

 ただし費用は億単位。

 それでも順番待ちらしいが。

 

 ともあれ、その量産型VRメットが目の前にある。

 メットと言うより、枕にフードが付いた感じだ。まぁ、寝転がって使うものだから、その姿勢に特化しているのだろう。

 早速そこに頭を滑り込ませ、フードを閉じる。

 自動的にスイッチが入り、アナウンスと共に体の感覚がぼんやりと迂遠になる。

 自室にいたはずが、何もない空間に浮かんでいる自分を感じる。


「アバターを作成します。各種情報を読み取っています」


 何回か繰り返されるアナウンス。

 浮かんでいる自分を感じるが、それを俯瞰で見ている様な、あるいは正面に『ある』様な。

 身体の感覚同様に、その自分の姿もあいまいに掴みきれない。

 それが、だんだんとくっきりとしてくる。

 だんだんと。くっきりと。

 どこかで、なにか視界のすみのあたりで何か瞬いた気がした。

 だが、目の前のそれが、意識を引き付けて離さない。

 引き締まった四肢。

 鋭い眼差し。

 あぁ、これはオレだ。

 だが、オレじゃない。

 本能では認めているのに、他の部分が悲鳴を上げる。

 完璧だ。

 心にしっくりする姿かたち。

 それは華奢でありながらしなやかで、今のオレとは比べるべくもない均整のとれた、理想的な映し身。

 どこかしら母に似た面差しの少女の姿だった。


「Error Error 読み取り情報がしきい値を大きく逸脱しています。指定医療機関での検査を推奨します。詳細は取扱説明書の…」


 アナウンスが何か言っているが、意識の上を滑って頭に入ってこない。

 

 それは、『オレ』の人生、その夢の2度目の躓き。

 

 そして、その夢―地上最強の『男』という夢の終わりを告げる音だった。

名前にルビ入れました

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