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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛情記録

欲張りサンドイッチ

作者: 狂言巡

少女が少女に片想いしているシーンがあります

 好きな子のために何かするのは、こんなにも気持ちいいことなのね。


「それでね、なぎちゃん」

「うん」

「その時はマールさんがね……」


 恥ずかしそうに、ドリンクバーのジュースを口にしながらのろける夜空ちゃんはとてもかわいらしいけれど。ちょっと聞きたくないと思ってしまう。夜空ちゃんは、社会人の『マールさん』とかいう人と付き合うようになってから、わたしのところにその人の話を持ち込むようになった。


「アオ姐さんはああ見えて彼氏を作る気配がないし、麗虹(れいん)姐さんにいるのは彼女だし、月光はあんな彼氏認めないって聞いてくれないし、もうこんな話題が振れるのはなぎちゃんしかいないの!」


 なんて、半泣きで縋りつかれてしまえば話を聞かざるを得ない。夜空ちゃんの涙なら尚更だ。少なくともわたしの場合は。会いたいときに会えないだとか、あのときのマールさんがかっこよかっただとか、ホラー映画が苦手だけどそこがかわいいだとか、ちょっと喧嘩しただとか、のろけから相談までさまざまだった。

 夜空ちゃんはなぜか、わたしのことを恋愛経験豊富だと思い込んでいる。でも、実際のところは彼氏なんてつくったことないから、どんなアドバイスすればいいのかとか、まったく見当もつかない。だけど、月並みな返答でも本当にうれしそうに笑うから、だれかに聞いてほしいだけだったんだと思う。でも、それなら他の子でも事足りたはず。

 だけど、夜空ちゃんの株があがったかもしれないことを考慮すると、いまの状況は好ましいことなのだろう。イエーイと一応喜んでおこう。実際、わたしのカップには軽く酸味がするブラックコーヒーが半分も残っているし。


「マールさんはきっと愛人なんてたくさん作っておられるのだろうし……私は一体何番目なのかな」

「でも夜空ちゃんは、あの人の彼女なんだろう?」

「彼女かどうかも怪しい……」

「何故だ?」

「愛しているとかはマールさんのお国の一般的挨拶で、私が勝手に勘違いしているだけなんじゃ……」

「…………」


 少しだけ、私の中の悪魔がこころを唆した。


「私はあまり面識ないから、あるいはそうなのかもしれないが……」

「だよね……」


 猫耳のへにゃんと垂らし、眉をハの字で固定して、メロンソーダが入ったコップの、ぷくぷくと泡立つソーダの液面にアイスを広げている。でも、夜空ちゃん。暇つぶしの愛人のために多忙な中、何人のうちの彼女のために、何度もこんな極東の島国まで足を運ばないんじゃないだろうか。……言わないけれど。きっと、今までいたかもしれない愛人も全員切っているような気が、する。わたしが『マールさん』なら、そうする。絶対。


「夜空ちゃん、私にいい考えがあるぞ」

「えっ、なになに?」

「夜空ちゃんが寂しくならないように私が夜空の愛人になろう」


 一時停止を押したビデオみたいに、夜空ちゃんは固まった。そして次第に、瞳がきらきらとかがやいてきた。猫耳もぴんと立って綺麗な三角になっている。あら、意外。冗談半分で口にしたのだが、夜空ちゃんがその気になってしまった。しかし、これはいい予想外の反応だ。……ジャニ系イケメンのあの人にはわるいがね。この機会を逃さないほうがいいと、わたしのゾーンがそんなことを告げている。

 正直ね、どうればいいか自分でもよく分からないんだ。夜空ちゃんの傍にいるとすごく嬉しくて胸がいっぱいになって。夜空ちゃんがわたしの名前を呼んでくれるだけで。「あぁ、きっと幸せってこんな形をしてるんだろうな」って恥ずかしいポエムみたいなことを平然と考えちゃうの。あの澄んだ瞳に、わたしの姿が映りこんだだけで。あの響く声が俺に語りかけてくれるだけで。

 あの綺麗な声がわたしに話しかけてくれるだけで。それだけでわたしはもう報われた気がするし。それだけできっとわたしは死ぬまで、誰かに優しくすることができる気がする。だから、この感情が友愛としてなのか恋愛としてなのか。それとも親愛としてなのか敬愛としてなのか分からない。

 たぶん、そういうのを全部ひとつの鍋に入れて溶かして混ぜて、何にも名前をつけられないモノにした感じなんだと思う。どれにもカテゴライズできなくて、どこにも居場所はない。わたしだけしか持っていない夜空ちゃんへの気持ち。ただ、唯一確かなことは。それがどういう意味であったとしても。わたしは夜空ちゃんが大好きで、そして大切にしたいってこと。


(夜空ちゃんを不安にさせる方が悪いんだ)


 夕焼けが街路樹やレンガの舗装道を自分色に染めあげて、さまざまなかたちの影を映し出している。その中には、私と夜空ちゃんが手を繋いでいる影法師もあった。






 先に言っておくが、当事者の神風夜空(かみかぜ よぞら)は常識がすこし欠如している。そして、騙されやすい。


「夜空、遊びにきたぜ!」


 被害者のマール=ベロニーテ青年は夜空の恋人である。ちなみに、北の国から日本。スーパー級の遠距離恋愛だ。金はあるが時間がないパターンの。そして、マールはない時間を生成して細切れにして、年下彼女に会いにきたのだが……。


「まあ! マールさんいらっしゃいまし!」

「…………」

「…………」

「きてるなら連絡してくれれば、ごはんとか色色準備したのに! あっ、でもまだ昼過ぎだからいまからでも間に合うかな?」

「…………」

「…………」

「マールさん?」


 ようやく異変に気づいた夜空が、小鳥のようにかわいらしく首をかしげる。


「あのさぁ……その子、浜田渚はまだ なぎさちゃん……だよな?」


 一回、部の打ち上げでカラオケに行った夜空を迎えに行った時に紹介された、前髪パッツン少女と記憶している。


「そうですよ」

「何で……お前に抱き着いてんの?」


 マールが夜空の部屋の扉をあけると、ベッドにもたれ掛かるようにしてふたりが抱き合っていたのだ。一応ノックをして返事ももらってから入ったというのに、どういう了見なんだろうか。仕事のいざこざで、計算すると二十七日ぶりに再会したのに。夜空不足でひぃひぃ言ってる抜く暇もなく働いていた間、渚は夜空にベッタリだったのかと思うと、何だかぐるぐるする。


「あ! きいてくださいマールさん! 私、今日付けでなぎちゃんと付き合うことになりました!」


 ぴきん。マールは作り笑いを浮かべたまま一瞬にして凍った。いやいやちょっと待てと。お前は俺と付き合ってるだろと。あれか。買い物か? 買い物に付き合うことになったってことか?


「……今俺はすごい素敵な夢から覚めた気分で聞くんだけど……夜空と俺、付き合ってるよな?」

「違うんですか? 最後に会ったときマールさん、『今日は俺たち、付き合って二百二十二日目なんだ、すごいよな!』って仰っていたじゃありませんか」

「だよなー」


 良かった、俺の勘違いでも妄想でもなかったらしいとマールは安心した。なら、


「なぎちゃんは彼女です」


 えへへと照れたようにわらう夜空は可愛い。可愛いけど。可愛いんだけど。可愛いで済ましてはいられないこともある。


「俺は?」

「彼氏です」

「浜田さんは?」

「彼女です」


 ……んーっとっと。たぶんこの、混沌とした謎の関係の原因を夜空が担っていると判断したマールは、追求の矛先を夜空のクラスメイトに変えた。だって、現時点で未だに人様の彼女を腕の中におさめている彼女は見るからに腹黒そうだし。


「だって夜空、さみしそうだった」


 たずねる前に、加害者の渚はさらりと答えた。


「愛は人それぞれの価値と考え方がある。だから、『男女の恋人をひとりずつ持っていい』と提案したんだ。『私は夜空の女の恋人になりたい』って」


 やっぱり彼女は腹黒かった。大人しそうな顔をして、陰で蜥蜴とか食っちゃってる鳥だった。

 そしてひとり、状況を理解していない夜空はというと、


「マールさんは意外と子供味覚だから、オムライスとかハンバーグがいいかな。それともドリアとかのほうがこぼさないかな?」


 ご飯の心配をしていた。


「……とりあえず、夜空から離れろ」

「なぜ、あなたに命令されないといけないんだ?」

「夜空は俺の彼女だ」

「一昨日から私の彼女でもあるんだぞ」

「出汁まき卵は外せないよね! なんかお弁当の食材みたいなってきた。ウィンナーもタコにした方がいいな」


 ばちばちと火花を散らしているふたりに気づくことなく、夜空はにこにこと献立に悩んでいた。


「大体、女同士でなにができるっていうんだ?」

「男女にくらべて、同性は純愛だ。私達より成人しているのに、そんなことも知らないのか?」

「夜空は俺の子どもを産めるけど、お前のこどもは産めないし、お前も夜空の子供は産めない」

「子孫を産むイコール幸せとは限らないよ」

「けど、子供は夫婦の愛の結晶だぜ?」

「あなたは相手にこどもを産ませることでしか、己の愛を具現化する自信がないのか? かわいそうな大人だ」


 ぴきりと、マールの綺麗な額に、アオスジが浮かび上がった。イケメンが怒ると迫力があるとはいうが、全ての人間を制するというわけではない。少なくとも、愛しの恋人の懐にするりと侵入することができた少女に対しては。

 ああ、むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく!

 腹の中に住んでいる何かが、突然手足をブンブンと振って暴れだしたかのように、言い知れない不快感が、マールの全身を襲う。日本の夜空の家についたらすぐさま夜空と会って、いっぱい抱き合って、好きなだけキスして、愛を囁いて、たっぷり愛でようと計画をたててきたというのに。最後の最後で狂わされたのだ。実行できたのは、日本に足を運ぶことと夜空と再会したことのみ。

 ちらりと、渚の腕の中にいる夜空に目を向けると、どうしてかしょげていた。渚もそれに気づいたらしく、夜空から腕を外した。それと同時にマールが夜空に近づく。


「どうした? 夜空ちゃん」

「夜空? 体調悪いのか?」

「……二人とも、私のこと無視するんだもん」


 どっちかと言うと、全く空気の読んでいない夜空に非があるのだが。ふたりからすれば悪者は自分達以外のなにものでもなかった。現に、ふたりはあわてふためき、夜空にひたすら謝っている。惚れた弱みという病気である。さみしげな夜空を見ていると、自惚れかもしれないが自分が外国にいるあいだこんな風だったのかなと。この前髪パッツン少女の存在を、ほんの少しだけ許容してしまいそうだったマールだったが、


「無視なんてとんでもない、夜空ちゃん。夜空ちゃんがそばにいる大切な時間を、あれに割くなんてもったいない。すこし大事な話をしていただけだよ。でも、実際のところわたしは夜空ちゃん以外どうでもいいんだがな」


 その言葉に、サイコーに愛らしく頬を染めた恋人を見て、


(やっぱこいつ何とかしなくては!)


 今後の仕事配分を図るマール青年だった。

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