*半端無いんですが
山を下りるため、少しずつの距離でも足を進める。外灯のない山道で幸子は足を取られながら青年のあとを追いかける。
「待ってよ!」
幸子は暗闇にうんざりしてダグラスを呼び止めた。
「こんなに暗くちゃ無理よ」
ひと言にめいっぱいの不満をぶちまけると、ダグラスは小さく溜息を吐いてペンライトを差し出した。
「暗めのやつだけど無いよりはマシでしょ」
何よ、あるんじゃない。幸子は半ば奪い取るように受け取るとスイッチを入れる。
「ホントに暗いわね」
眉を寄せて薄ぼんやりと地面を照らすライトを見つめた。
「あなたは見えてるの?」
隠れた場所で訊いてみる。真っ暗闇が見えるなんてどんな目をしているのだろう。
「見えないよ」
「え、マジで」
「さすがに俺は人間だし、師匠と一緒にしないでよ」
「じゃあどうやって歩いて──師匠って人は見えるの!?」
「月も出てるしぼんやりと見えるでしょ。動く前にある程度覚えておくの」
師匠はもう色々と凄すぎてなんにも言えないよ。
肩をすくめて答えたダグラスに「そ、そう……」としか返せない。そんなに色々と凄い人なんだ。
幸子はその師匠という人がとても気になった。この男をどうしつけたのかが気になったし、師弟愛というものにも興味があった。
不純な意味ではなく、師弟のある世界には多少なりとも興味を抱く。
「その師匠ってどんな人?」
何の気なしに問いかけると、ダグラスはとても複雑な表情を見せた。
「聞いてどうすんの」
「聞きたいだけよ」
彼女の言葉に呆れたように眉を上げ、暇だからまあいいけど……。と口を開いた。
「いい人だよ。いい人すぎて嫌われることもあるくらいにはね」
面倒そうな顔をしながらも、その目には何かしらの感情が宿っているようにも幸子は思えた。
師匠とは尊敬される人だ、その尊敬の念がやっぱり現れるものなんだろう。
「次いくよ」
「あ、あっ! ちょっと待って!」
続きを待っていた幸子は、慌ててライトをつけてダグラスの背中を追いかけた。
「それで?」
二百メートルほど進んで隠れ会話を戻した。
「え、まだ聞きたいの?」
「まだってまだ何も聞いてないんですけど」
「何が聞きたいの」
明確な質問がないと答えようがないよ。当惑気味に発したダグラスに、それもそうかと考えた。
「その人とはどういう出会いなの?」
「普通、憧れてたから会いに行ったなんじゃないの」
しれっとあしらわれて、それはそうだけどムカつく言い方ねと軽く睨みつけた。
「師匠のこと話すとプライベートな話になっちゃうから嫌なんだけど」
会って間もない相手にそんな事を話すのは大抵、躊躇われるものだ。幸子もそれを言われてそうかもねと理解はした。
しかし、
「いいじゃない聞かせなさいよ」
少し嫌がる態度に、巻き込まれた人間であり女である事を振りかざして言い放ってやった。
つまりは嫌がらせのお返しだ。
「聞いたって気持ちのいいもんじゃないよ」
幸子はそれに微妙なイメージを脳裏に浮かべた。昨夜ネットで変な会話が視界に入ったからだ。
同性同士の恋愛とかどうのこうのだったような──
「何か変なこと考えてないだろうね」
「えっ!? ち、違うわよそんな訳ないでしょバカ言わないでよなに言ってくれてんのばっかじゃないの!」
考えてたなこいつ。ダグラスは目を据わらせて幸子を見つめた。
「多分ゆきちゃんの考えてることの方が可愛いと思うけどね」
あたしが何考えてるか解ってて言ってるのかしらこの人……。とダグラスを見上げる。
改めて見つめると、整った顔立ちにやはり見とれてしまう。これで傭兵だと言うのだから信じられない気はする。
同性に好かれていても不思議じゃ……はたと考えて頭を振った。
「あのとき──」
ベリルがいなかったら、俺は死んでいたかベリルの敵になっていたかもしれない。
ゆっくりと紡がれた言葉に幸子はのしかかる重苦しい過去を感じた。