*実は
まるで映画のような出会いとシチュエーションだが、麗しの青年は映画のようなキラキラする展開にはさせてくれそうにもなかった。
こんなに格好いいのになんてことなんだろう。幸子は落胆の色が隠せず大きく溜息を吐く。
そんな女性を見て小首をかしげるダグラスに、
「こいつ鈍感なの?」という目を向ける。
幸子は気を取り直して青年を見つめた。
「それでダグラスさん?」
「ダグでいいよ」
周囲の気配を探りながら応える。
幸子が見える範囲で周りを見渡してもなんの気配もしないのに、彼は一体、何を探しているんだろう。
「どうして隠れなきゃいけないの? 何に巻き込まれてるの?」
いい加減に教えなさいよという威圧感を放ちながら問いかける。
「ん~、相手がちょっと厄介な部類でね」
──語り始めたそのとき、背後から草の揺れる音がしてダグラスは素早くしゃがんだまま右足を後ろに突き出した。
「えっ!?」
男の小さな呻き声が聞こえて幸子が振り返ると、そこにはスーツ姿の男が下に転がっていくのが見えた。
瞬時に蹴りを食らわしていたのだ。
「案外と見つけられるもんなんだなぁ」
他人事のようにつぶやいて立ち上がる。
それを見た幸子は少し驚いたが、隠れている場所を知られてしまったため移動するという事で納得し彼の後ろを追いかけた。
そうして暗くなった道に出てしばらく歩き、再び道から外れて茂みに体を隠す。山はすでに虫の声を響かせつつあり、目を凝らしても十メートル先の視界もあやしい。
「それで厄介な相手って?」
幸子は先ほどの話を蒸し返した。
ダグラスは忘れてくれてれば良かったのにと喉の奥で舌打ちをした。
「聞こえてるわよ」
目を据わらせる幸子から視線を外しちょろりと舌を出した。
「実は──」
そうして青年は再度、語り始める。
「ちょっとした預かりものがあってね。それを渡すために来たんだけど、どうやらそれを欲しがってる連中がいるらしくてこんな状態」
苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「預かりものってなに?」
幸子が問いかけるとダグラスはしらばっくれるように視線を外した。
「それもだけど、あなた何をしてる人なの」
「知りたいの?」
当然でしょと幸子は小さく頷く。
「ホントに?」
早く言えよこのやろうと軽く睨みを利かせた。
「傭兵って解る?」
幸子はそれに声もなく目を丸くした。
「え、本当に?」
「嘘なんか言ってどうすんの」
顔をしかめて幸子を見やる。
「結婚詐欺とか」
「傭兵に憧れなんかあるの?」
「そういう特殊なものに女性は憧れたりするのよ」
「ふーん」
なんだか小馬鹿にされたような表情に幸子は少々ムッとした。
「日本は平和だからかな」
「なによそれ」
「武器を持つことがないのはいいことだよ」
素直な言葉に幸子はなんだか拍子抜けして、その柔らかな表情に思わず頬が赤らんだ。
さらりと流れる髪が暗闇に映え、なんだかぼんやりと体が光りを放っているようにも見える。
あまつさえそんな笑顔を向けられたら、この人は本当に天使なんじゃないだろうかと思ってしまう。
幸子の脳内では、戦場に舞い降りた天使が激しい戦いを治めるという図が妄想されていた。
「それよりもうちょっと危機感持って欲しいんだけど」
「悪かったわね」
怪訝な表情で見つめられてプイとそっぽを向いた。
危機感持てって言われても、そもそもあんたから危機感なんて一ミリも感じないのにどうやって持てって言うのよ。