*なるほどそうなるの
「そろそろかな」
ダグラスがぼそりとつぶやいてすぐ、いくつもの破裂音が幸子の耳に響いた。
「なに?」
いぶかしげに音のした前方に目をこらした。徐々に見えてきた数台の車と時折輝く光は、テレビの銃撃戦を思い起こさせる。
通り過ぎる頃には音は消え、一人を縛り上げている影が幸子の目をかすめた。それから一分ほどして、道路の左側に駐車場らしき広場が見えてくる。
赤いランプがいくつもくるくると回っていて何台ものパトカーや救急車が駐まっていた。駐車場には遮断機も受付もなく、アスファルトに白線を引いただけの自由に使用出来るものだと解る。
車を駐車場に入ってすぐの端、ガードレール沿いに駐めると続くようにバイクがゆっくりと侵入し十メートルほどの距離に止まった。
幸子は車から降りるとバイクに乗っていた人物に集中した。
こんな時間に山など登る者はいるはずもない暗がりにあって、小さな街灯に加え車のライトが明るく周囲を照らし気になる人物を十メートルの距離からでも視認出来るほどに映し出している。
「若い!?」
フルフェイスのヘルメットから現れた顔に幸子は思わず声が裏返った。細身で金のショートヘア、その顔立ちは見目麗しく、ダグラスよりも若いかもしれない。
こちらを見やる瞳はまるでエメラルドのように輝いていた。
「若くない!?」
「あ~……。若く見えるだけだよ」
実際はおじさんなんだから~と、へらへらしもって軽く手を振る。
「ホントに?」
「ホントホント」
近づいてくる人物を待っていると、暗めのスーツを着た二人の男性が呼び止めた。
「あ、警察の人に捕まっちゃったな」
「大丈夫なの?」
「問題ないよ、軽く事情を訊いてるだけだろうから」
ダグラスの師匠という人と私服警官らしい二人が並んでいる様子ではさほどの身長差は見受けられない。ということはあの人はそんなに背は高くないのだろうか。
幸子はてっきり、もっとガタイのいいマッチョだと考えていただけに、目の前にいるすらりとした男性がとても傭兵だとは想像出来なかった。
ともすれば、隣のダグラスよりも細いし小柄なのではないだろうか。
「ゆきちゃんはまず救急車で軽い手当と問診受けてきてね」
「あ、うん」
白いワゴンに促され、そういえばあちこちすりむいているんだったと思い出す。
「逃げないよ」
心配そうに振り返りながら遠ざかる幸子に応えてピックアップトラックの荷台に背中を預けた。
「助かったよ」
私服警官から解放された青年に笑顔を向ける。
「大事ないか」
「俺もゆきちゃんも擦り傷と打ち身くらいかな」
よく通る落ち着いた声に、やや見下ろして返した。
「まさか来てくれてるとは思わなかったよ」
「追っている組織が予想の規模より大きかったのでね」
同じくベリルも荷台に背を預けて腕を組み静かに応える。そうして二人は遠くに見える幸子を見つめた。
「結構大変だったんだよ~。まずこっちを信用させないとにっちもさっちもいかないんだから」
「そうか」
溜息混じりに肩をすくめるダグラスにクールに返した。それはまるで、何事もなかったかのように冷静かつ無表情だ。
「余計なことベラベラ喋らなきゃならなくてさ~、ベリルとの出会いまで喋っちゃったよ」
それにベリルは初めて眉を寄せる。ダグラスは口の端を吊り上げて、その表情を楽しむように続けた。
「大丈夫だよ、あのことは話してないから。どうせ言ったって信じないだろうけどね」
ベリルが実は不老不死だなんてさ。
しかもベリルは現在六十三歳だ。外見年齢は二十五歳ほどなので確かにダグラスより若く見えるだろう。
「まさか来てるとは思わなかったから師匠って言っちゃった手前、ホント焦ったよ」
師匠の名前さえ言ってなきゃベリルを同僚に出来たのにな~と、残念そうに発する。あまり公表出来ないうえに誤魔化す事も面倒だ。
「もう会うことも無いからいいけどね」
「そうとも限らんよ」
つぶやくように応えたベリルを一瞥し、再び幸子を見やる。
「本当のこと聞いたら驚くだろうね彼女」
まさかゆきちゃん自身が狙われてたなんてね。
「数日前に空き巣に入られたらしいんだよね。──持ってると思う?」
ベリルはそれに若干、苦い表情を浮かべた。
「奴のやり口は巧妙だ。捨てさせるような事はしないだろう」
「だよね」
「目星は付いているのか」
「うん、大体」
ダグラスたちは手当を終えて戻ってくる幸子を見つめてそちらに向き直った。





