第1話 ルルリリイエ **
この物語がアメリカ合衆国ミニスカトニック大学の大図書館書庫にあった異界の書「ルルリリイエ」の帝本を元に書いていることを述べておき、一部の写しを特別に許可していただいたクン・ヤン教授に感謝を述べておきます。また、このルルリリイエに生まれた少女たちの活躍を描けることに感謝します。創国にかけた皇女ルルエと、公女リリエの戦いの歴史がルルリリイエ帝本です ここは、ルルリリイエの古城。その広間に勝利の報と共に、公女が帰還。ルルリリエの今日が語られます。
皇女ルルエの部屋の扉が開いた。
皇女ルルエと、公女リリエが入ってくる。
翠と翠、朱と橙の影たちが、ふたりの後ろをついてくる。
殺風景な部屋だ。
ベッドは硬く、麻の毛布があるだけだ。
カーテンも天幕もない。彩り豊かな絵画も、こころ豊かな音曲もない。
皇国で暮らしていたときと比べるとその寂しさは深い。
公女リリエは、頭を振る。
皇女ルルエは、リリエを見て、消えてしまいそうな哀しみを潰して、笑顔を見せた。
「ルルエ。哀しいという顔をしないでください。わたしより、哀しい影はたくさんいます。彼らを思い、見て、触れるときのほうが、わたしは辛いのですから」
「この部屋が殺風景であること、すなわち、この国の殺風景であること。そう思うと、日々哀しい思いに沈んでいるルルエの内の哀しみの淵の深さが分かろうというもの、私は……」
ルルエが、リリエに歩み寄ると、その手を取った。手を重ねると胸に当てた。柔らかな胸にリリエの手がつつまれた。公女リリエ、頭を垂れて、打たれていた。
「いいのですよ。リリエ」そういうと、ルルエはリリエを微笑みで包んだ。
「影たち、あなたたちも、持っていけるものがあれば、このお城からもっていき、温かな暮らしをしてください。わたしはこのお部屋があれば大丈夫ですから」
皇女ルルエが微笑んだ。
影たちは、哭いた。
もっていくものなど、なにもない。
「ルルエ。わたしは、皇国の七聖隊と戦うのが精一杯です。皇王ガリディアエの22人のお子は、いまや7人の皇子とルルエだけに。あとは皇王が生贄にしてしまわれた。その荒れた魂と、過去の繁栄だけを追い求める貴族たちが、自分たちのよいように国を動かしている。皇子7人も、いまや皇王の後を狙うことばかりを考えている。ルルエを狙い、攻めてくる」
ルルエが、リリエの言葉に顔を歪めた。美しい緑の顔に哀しみが広がる。
「ルルエ。さらに、この国はいまや焦土。皇王のチカラがなくなり、他国からの戦いと古の神々からの攻撃にも晒されている。哭の森も小さくなった……」
リリエは、真っ直ぐにルルエの顔を見た。ルルエの哀しい瞳に睫が被る。
小さな肩をふるわし、哀しみの淵をさまよう少女の姿になる。
「ルルエ。わたしも語るのが辛い。だが、知らなくてはいけない、深い哀しみの淵を歩いているだけでは、新たな国を創ることはできない。そうだな、ソシエ」
リリエが振り返る。
青き影の後ろから、行政長官ソシエが顔を出した。
「はい。ルルエ。リリエのおっしゃるとおりです。哀しみの淵は深く、汚水に満たされています。しかし、その淵に立っていても、辛いだけ。汚水を聖水に変え、哀しみを慶びに変えるために何をするかが、わたしたちに問われていること……」
「そんなことができるのですか? リリエ」
「そうです。汚水の中を知り、哀しみを定めれば、慶びを産むのはたやすい。ただ、汚水がただならぬ量になっていることが問題だと……」
「リリエ、リリエ、なんて、なんて、すばらしいこと」
ルルエはリリエの手を両手でつつむと、喉元に抱いた。
「ルルエ。笑っていただけた」
リリエの瞳に、喜びが沸く。
「ルルエが笑ってくれた。お話ができて、私も心から嬉しい。ぜひ、わたしたちの行政官たちが考えたお話を聞いてください」
ルルエが振り返り、ソシを見定めると、顎を上げ、リンとする声で吼えた。
「ソシエ、ルルエと私を、お前たちの部屋に案内するのだ。先刻の戦いからの凱旋で聞かせてくれた話、もう一度、ルルエにも聞かせてくれ」
「こちらへどうぞ」
うやうやしく礼をすると、半身を左に開き、ソシはドアを開けた。
扉が開かれた。
元気な~れ。もっと、もっと、元気な~れ!