七番街第一の扉 : ルルリリイエ
【物語の扉を開ける前に】
この物語がアメリカ合衆国ミニスカトニック大学の大図書館書庫にあった異界の書「ルルリリイエ」の帝本を元に書いていることを述べておき、この帝本を紹介していただき、一部の写しを特別に許可していただいたクン・ヤン教授に感謝を述べておきます。また、このルルリリイエに生まれた少女たちの活躍を描けることに感謝します。
ルルリリイエ帝本とは、リリルルイエの国、ファの街にいた人間によって書かれた異界の書です。
リリルルイエの国、ファの街は、バンサン国の深き哭の森の中央にあり、古より、少年少女たちの影が語り合って、過ごしていたそうです。
多くの災害と戦争により焦土となったバンサン国土に、ルルエ皇女はあらたな国、ルルリリイエを創国したところから記されていました。
その創国にかけた皇女ルルエと、公女リリエの戦いの歴史がルルリリイエ帝本です。
私は、この帝本を元に物語を書きます。
さあ、ルリリイエの帝本の扉を開けよう。
扉が開く。
のそり。
狼が入ってきた。
白い狼が入ってきた。
粗暴そうな、獰猛そうな、禍々しい気高さ……。
怒りをむき出しに歩いている武人の姿は、まさに狼に見えた。
白い甲冑を装具した者が、サーベルを携えて、古城の広間に入ってきた。
ルルリリイエの新しい皇女を守りながら、戦いの最前線に立つ公女がいるという。この白き狼こそ、公女リリエである。
ここは、ルルリリイエの古城である。その広間に勝利の報と共に、公女が帰還したのだ。
ルルリリイエは小さく新たな国。哭の森にあった小さなファの村と古城を御影石の結界で囲っただけの国である。
公女リリエの白い甲冑には返り血がついている。
サーベルの先より、一筋の血がこぼれた。
ぼっとり。
血は重い。紅より赤黒い塊となって落ちて、つぶれた。
くさい。
全身から、汗と血が臭気となって立ち上った。
実の兄が率いるアセディア軍と交戦があった。
猛々しく戦い、100を超える敵将の首を落として、凱旋した。
公女は、自らの臭気さえも切りたいほどに、剣気を漲らせていた。
古城広間の中央に立つと、剣を高々と掲げる。
公女が、大きく口を開くと咆哮した。
牙を剥いて、咆哮した。
「ルルエ」
どんな野獣でも恐れ、おののく牙の声が天に突き刺さった。
白い甲冑の公女リリエの前には、階段が広がっている。登る先が中央の踊り場から両側から腕のように広がり、天空に消えている。
「……リリエ……リリエ……」
天井から、駆け下りてくる少女。皇女、ルルエである。
羊歯の繊維で編んだワンピースのようなドレスにて装うっている。
ルルエの後ろには、翠、緑、碧の影たちが就き従い、皇女を守っていた。
「リリエ、無事に帰られたのですね、よかった」
そういうと、公女の胸に飛び込んでいく。
「お待ちください」
公女がサーベルを捧げ、皇女に礼をしつつ、抱きついてくるのを制した。
「つつがなくルルエが過ごされたことに感謝。ルルエにこの勝利の剣を捧げる。……ルルエ、御身に血が付いてしまいます。装具を除けて後に……」
「城内に、ソゾームドムの鳥兵は来なかったのですか」
ルルエに、リリエがたずねた。
「ええ、ソシがかけたシーズの結界に村とともに守られていました」
ルルエは、白い甲冑を脱がすように、影に命じた。
黄と朱の影が、集まり、リリエを包む。
「いま、先ほど、優華が来られましたの。一緒にお話していましたわ」
「おお、優華かぁ。まだいるのか?」
腕を横に振り、影の動きを止める。
上の扉から、優華が入ってくる。
「お久しぶりです、公女リリエ」
床に降り立つと、拝礼した。
優華が制服のスカートを左右にもつと、足をクロスさせ、深々と頭を下げた。
皇女に望まれた、拝礼の法である。
深々と下げた頭の前に、甲冑を上半身分だけ外した公女リリエが立った。
公女、優華の頭に、サーベルの背をあてると、咆哮した。
「ル、ルルエに成り代わりに命ず。ル、ファの理にリの従属を命ず。ル、リの業を認め、ルルリリイエに可住を認める」
優華の背丈は、ルルエやリリエの倍ぐらいある。
ルルエもリリエも、小人である。
口を開くと牙。指先には黒々と爪が鉤のように生えそろう。
燈色の肌、緑色の模様。皇女と公女には王位を現す白銀の体毛が生えている。
甲冑を外す。
下には、細いツルであまれたウエアがあり、両具が大きく見えた。
この世界には、性異がない。全員が女性であり、全員が男性である。
両性有具の世界である。
異界の娘である優華が、最初、大いに戸惑ったことのひとつが体の違い。
それを露にしている習慣……。
そして、もうひとつ、人称にも戸惑った。
自分と他を分けて表現するのに『リ』『ル』『エ』を使う。
「リは、今日は、何の用事か? 今日も生根をもってきたのか? それとも知をもってきたか?」公女リリエからの質問である。
公女が、「お前は何しに来たのか?」そう訪ねたのである。
『ル』とは、ルルリリイエの言葉で、女性、または「わたし」を指す。男性、または「あなた」を『リ』という言葉で呼びあう。人数が多くても『ル』と『リ』であり、複数形がない。二つ重ねると公国の貴族以上の人物を指し示し、『エ』とは敬語で、自分より上位を示す。いわば『様』。つまり、ルルリリイエとは「皇女様と公女様との国」という意味である。
「リは、黄衣の王、紫衣の王、黒衣の王の紹介ゆえ、謁見を許したが、王の紹介どおりだった。ルはリに会えて、よかった。ルルリリイエが大きくなった。まだまだ小さな国だからな、侵略者を食い、領地を刈り取っていかないと、国が保てない。今日は、ルルエ第三の兄が繰り出したアセディア軍勢を半減させて、領地を倍にしたところだ。あの地に、哭の森をつくる。もちろんクアタトを咲かせ、ルにお返しせなばならぬな」
戦争での勝利は美酒。すこぶる機嫌がいい。
「公女、ルも嬉しいです。多くの影にも喜ばれ、意思疎通ができるようになりました。多くのクアタトをもらい、助かっています」
「以前は、食うだけだったが。人の愛と知とは役立つものだな。今回の生根も大きいと聞いている。まさにリのおかげだ。感謝するぞ」
公女ルルエが咆哮した。
「ありがとうございます。おかげさまで、わたしも、母なる世界との約束が果たせ、嬉しいです」
ドアを開き、軍隊長と行政官が入ってきた。
ドアの向こうに、兵隊たちと、黄毛の猫隊が見えた。
「公女リリエ、おめでとうございました。ああ、優華エもいらっしゃいましたか?」
「ええ、行政長官にして武管長ソシエ。おめでとうでございました。人間からこの世界に来られ、変化帰化されたエのご活躍で、ルルエに誉められたところです」
「バーチャル・ゲームでこの世界にいたのに比べると、数千倍も楽しいですな。ただし、血まみれになり、その腐臭には最初なやまされましたが、な」
「コメエ、ロシエ、シオエなどの皆様も、お元気ですか?」
「彼らは、戦場での片付けと戦利品の目録づくり、平定した村の評価検分しているところです。バーチャル・ゲームではライフゲージもパフォーマンスゲージも自動カウント。グッズの内容や種類、その装着もオート・コンバインですが、さすがに実際にはありませんからな。頭数で作業効率が決まります。影も慣れてきて、随分楽になりました」
「リの言葉は、相変わらず不可解だ」と公女は不満顔だ。
優華が拝礼の姿勢をとる。
「ごめんなさい公女。ところで、また、近々、人をつれてきます。多分、ふたり。水の魔道書による法で、哭の森に連れて行き、理の丘で、そのクアタトの香に真を見せていただきたいのですが……」
「よいぞ。それで腐れば、生根にていただくだけだ。紫衣の王の腐愛法によって、影に人を重ねて配下にする。ルルリリイエの宝になろう。その二人のこと、詳しくはソシと話しておけ」
公女は咆哮して、笑う。
「望まねば、生根をまるごと抜かず、いつもに様に……」
「わかっている。リは言葉が多い」
優華が、ふたたび拝礼のポーズにて、お礼を述べた。
やがて、太陽が落ち、月光に満たされるとき、ルルリリイエ、哭の森にはクアタトの香の霧に包まれ、宴が始まる。人のままでは、宴の刻を過ごすのは危険だ。
優華一人が宴に出ることはできない。
「それでは、ルは帰ります。お約束、よろしくお願いします」
皇女ルルエと公女リリエは優華に再会のお許しを告げた。
優華が帰途の扉を開いた。
なんか、分かってもらえれば嬉しいほどに、難解でしょうか?
とりあえず、まだ第一話が終わっていないので、感想は後でもオケーです。