旗折拾遺物語
作品タイトル:旗折拾遺物語
作者:結芽軒裕策
さあ皆さん どうぞこちらへ! これらのタバコは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで 虹や月あかりからもらってきたのです どれからなりとおためし下さい
『メイドの話』
私は出汁をはってコンロにかけた鍋に、菜箸とお玉で味噌を溶き、味噌汁を作っていた。
コンロの隣にある流しの正面の窓から、夏場の強い朝日が射し込んでくる。その光が食卓中にハッキリと明暗を作った。
電子レンジのベルが鳴ったので、温まった野菜炒めを取り出して食卓に置き、コンロの向かいに据え付けられた冷蔵庫を開けて納豆を二人分取り出すと、庭の草むしりをしていた奥様が家に戻ってきたので、
「もう少しで朝食の用意が出来ますので……」と私は言った。
すると、奥様の「はあい」という返事に同調するように階段を下ってくる足音がして、ダイニングキッチンのドアが開いたので、続けて私は言った。
「お早うございます。旦那様」
『非日常を求める少年の話』
学校の屋上から街を眺めながら、自分は鉄柵に肘をつき、長く垂らしたマフラーを風になびかせつつ、考え事をしていた。
もしこの街が急に破滅するようなことがあったら自分は……もしたった今この学校が何かしらの危機に会い、動けるのが自分だけだったら……自分はどうしてやろうか……。
「非日常だ。非日常が欲しい……」自分は呟いた。この言葉が引き金になってくれないか、密かに祈った。
「何もない日常なんて……」そう言うやいなや、校内に通じる扉が開いた。
学生服を着た男女が数人屋上に上がってきた。何故か皆一様に肩を震わせている。誰かが一人吹き出した。
先頭の男が言った。
「非日常がそこにある」
『女の求愛』
「私、あなたが好きよ」
「何だって? 聞こえなかった」
「あなたが好きよ」
「何だって? 聞こえなかった」
「あなたが好きよ」
「何だって? 聞こえなかった」
「好きな食べ物は?」
「蟹かな」
「あなたが好きよ」
「何だって? 聞こえなかった」
「好きな色は?」
「黒かな」
「あなたが好きよ」
「何だって? 聞こえなかった」
『手から何かが出そうな話』
左手に意識を集中させると、どうにも熱を帯びてくるような気がする。
拳を開いたり握ったりする。
左腕を伸ばし、手のひらを前に出してみる。
腕の包帯を巻き直す。
周りの人間がちらちらと自分を見る。
『執事についての会話』
「知っているか? 名家の××家に――」
「ああ、ニュースで見た。家宅捜査がはいったんだろう」
「それでな、なんでもその時、そこに勤めてる執事が捜査官に暴力を振るったらしい」
「それはひどいな。いくらなんでも家の人間を守り過ぎだ」
『学校運営の話』
四月。校長として私立高校に赴任した私は、教師と生徒会の面々を集めて、学校を運営するに当たって生徒会が受け持っていた会計や、生活指導を担当する教師を決めた。生徒たちのために、これらの教師陣の役職決めはしっかりとやった。
五月。おかしなことに生徒は荒れに荒れ、学校の運営が全く機能しなくなった。
『怪物が出た話』
街に怪物が現れたと人々が大騒ぎしているので、逃げるふりをして見に行った。
ビルが立ち並ぶ道路に、翼をつけた爬虫類のような巨大な怪物が炎を吐いて、自衛隊の戦車と撃ち合っていた。
逆さまに転がった自動車を避けながら少しずつ近づく。
はやる気持ちを抑えきれず。急ぎ足で怪物の前に踊り出て、「異形ッ……」と高らかに叫んだ次の瞬間、戦車の流れ弾に当たり、怪物に踏み潰された。
『IQ二百の人間同士の会話』
「明日の講義、宿題なかったよな?」
「俺の家の近くのジャズバーにしよう」
「落花生と海老」
「二百四十円」
『IQ二百の人間同士の会話の概要』
「明日の講義、宿題なかったよな?」
「(宿題はない→今晩は暇→飲みに行こう→どの店にしよう)お前の家の近くのジャズバーにしよう」
「(宿題はない→今晩は暇→飲みに行こう→ジャズバーにしよう→そこは初めて行く→アレルゲンのある食い物があったらダメだから言っておこう)落花生と海老」
「(奴は初めて行く→アレルゲンのある食い物→落花生と海老がダメ→あの店は大丈夫。行ける→電車で行こう→運賃は……)二百四十円」
『原動機付自転車の話』
一体いつ免許証を取得したのか、彼は原動機付自転車に乗って登校してきた。
彼は自転車置き場の空いている場所にそれを停め、ヘルメットを脱ぎ、短い髪を捻るように弄りながら校門へ向かった。
それを見た自分は、自転車置き場に近寄ってその原動機付自転車を見ようとした。どうやら白いボディに赤い文字がペイントされているらしかった。
「yes killist」
その日何があったかは分からないが、彼がその原動機付自転車に乗って登校したのは、後にも先にもそれっきりである。
『蒼い髪の毛の話』
高校の入学式の日。おれは強い風の吹く丘を、蒼い髪をなびかせながら登っていった。
丘を登りきり、校門をくぐるやいなや、教師に呼び止められた。
「ちょっと待て。なんだその髪は――――」
「ア……すいません。これ地毛なんです……」おれは答えた。しかし、
「そんな髪が生えてたまるかッ……こっちに来なさい」自分は否応なしに教師に連れていかれた。
小部屋でしばらく待たされた後、教師がスプレーを持ってきて、おれの頭に振り撒き始めた。
かくしておれは黒髪に戻った。
『二丁拳銃の話』
私はやっと彼を追い詰めた。内ポケットから拳銃を二つ取り出し、構える。
「何が目的だッ……」袋小路になった彼が吠える。
「私の仕事を遂行するために、死んでもらうッ……」二つの銃口の照準を彼の胸に定める。
人差し指を動かすだけで彼を殺せる。私の心は高ぶった。
「私の初仕事なんだ。つまり、お前は私が初めて殺す人間だ。……だから、殺しそこねないよう二つ拳銃を持ってきたんだ。マグナム44と、デザートイーグルを……」私は彼の汗だくになった顔を見る。
すると、彼はぱちくりと瞬きをして、今までのこわばった顔を緩ませた。さらには、
「……やってみろッ……」と言ってのけたので、なめられている。これはいけないから早くやってしまおうと思い、心の中でそれと勢いをつけて両の引き金を引いた。
次の瞬間、ひとりでに私の肩が力自慢の男につかまれたようにブルンとふるえ、目の前の天地が入れ替わり、あれよという間に後ろにひっくり返った。
続いて、……ガキンッ……という何かが激しく跳ね返る音がして、私の尻に激痛が走った。
尻を触ると、風穴が空き、そこから赤黒い血が流れている。
激しく喘ぐ。すると遠くから、
「アッハッハッハッハッ……ヤッパリ……ヤッパリナ…………」と、彼の笑い声が聞こえた。
『大きな刀の話』
旅の途中、町の商人にうまいこと言いくるめられて、身の丈ほどに長く、幅広な刀を買ってしまった。
その日の夜、ねぐらを探そうと路地をうろついていたところ、三人つるんだ暴漢に捕まったので今こそと思い、背負った刀の柄に手をかけたが、あまりに大きすぎて、盾にしかならなかった。
『身元不明の女の話』
大学からの帰り道。自殺志願者だろう、おれの目の前にところどころ肌をさらけ出した、天使さながらの白いローブを着た女が目の前に落っこちてきた。
幸い彼女は傷ひとつなかった。年はおそらく二十歳にも届いてないだろう。おれの家の置いてくれとせがんできたが、きっと親が心配するのでとりあえずは身元を調べてもらうよう交番に引き渡した。
『道すがら聞いた会話』
「困ったな……予定が狂ったぞ……」
「そうですね……あの人まさかこう打って出るなんて……」
「すぐ脚本を書き直さなきゃ」
(自分が聞いたのはここまで)
『ごく普通の少年の説明』
私の友人は、かつて南方の戦争の最前線で名うてのスナイパーとして戦っていたごく普通の少年である。
『友人の話』
かつて私が高校生だった時、住んでいる家もほど近い男の友人がいた。
二人で笑いながらくだらない話をしあったものだが、ある時を境にぱったりと冗談を言わなくなり、しかも私の話に突っ込みじみた合いの手を入れるだけになった。
彼の外見も変わった。前髪が急に不自然なほど長く伸び、両目が隠れてしまった。
お互い女性と接する機会が乏しかったために、学校の女子に人気のある色気づいた男子たちの、経験豊富かつ猥雑な話についていけない節があったが、それが嘘であったかのように、彼は女子と洒落っ気がないながらも機知に富んだ会話を交わすようになった。
彼はいつしか私とすら会話をしなくなり、つるむ人間といったら女子ばかりであった。
とうとう彼は人目を忍びさえすれば、学校の中であろうが、街中、自宅であろうが構わず様々な女と性行為に耽るようになった。
性依存の廃人となった彼が、再び私と軽率な会話で笑い合うことは二度となかった。
『料理をする女の話』
友達の女の子が料理を教えてほしいと言うので彼女の家に行った。
材料はすでに買ってあるそうなので、何を作るのか聞くと、ハンバーグが作りたいと言った。
私は、彼女が料理する過程で間違ったところを指摘していこうと思い、とりあえずは彼女の好きにやらせてみた。
すると彼女は突然、奇声を上げながら粘土に工業用アルコールを混ぜて力任せにこね始めた。
『昨今の没個性たる主人公たちの会合』
「なんてこった」
「おれはパス」
「ったく……」
「なんなんだよ」
「やれやれ」
「なんでおれが……」
「おい、ちょ……しかたねぇか」
「さて、どうすっかな……」
「はァ……好きにしろよ」
『男女の会話』
往来で若い男女が会話していた。
「……この前おすそ分けしてもらった煮物、食べたけどなかなかうまかったぞ……」
「……そう? あ、ありがとう……」
「……全く、普段は乱暴なやつなのに、料理ができるなんてな……顔に似合わず、びっくりしたよ……」
「……顔に似合わずは余計よ……」
次の瞬間、女の張り手が男の頭を弾き飛ばし、鮮血が飛び散った。
『敵に立ち向かう話』
剣を握り締めた男と、何も持たざる男が二人、対峙していた。二人の周りには裂傷を負った人間が二人倒れていた。
「……もう、お前に負けた前の俺じゃないッ……」何も持たざる男が言った。
剣の男がうすら笑いを浮かべた。「なるほど目が変わったな……安心しろ。この二人は致命傷じゃない……お前が、訳の分からぬ超能力で私を倒し、こいつらを救うか、お前も倒されるか……二つに一つだ」
「絶対に二人を救ってみせるッ……」
何も持たざる男の後ろで中年の男と老人が独りごちた。
「フフフ……あいつの背中、どんどん大きくなっていくな……」
「少し見ないうちに立派になりおって……」
何も持たざる男が勇み足で剣の男に立ち向かった。「行くぞッ……」
次の瞬間、剣の男が何も持たざる男の頭を弾き飛ばし、鮮血が飛び散った。
『闘技場の話』
とある闘技場で最も腕っぷしの強い男を決める大会が開かれた。
五十人以上が参加したトーナメントでとりわけ観客の注目を集めたのは、投げナイフで戦う長身の優男。刀を使う手練の老人。金棒を振り回す大男。二丁拳銃の子供。超能力を用いる少年だった。
トーナメントの結果、最も強い男は金棒の大男だった。
『爆弾を解体する話』
次元式になっている爆弾の小さな電子パネルに、爆発までの残り時間が赤く表示されている。
もはや爆発までの猶予がない。早くケーブルを切ってしまわないといけない。
ネジを外してふたを開けると、赤、青、白、黒、黄、緑その他諸々の色のケーブルが十重二十重に張り巡らされていた。
『身内が遠出する話』
夏休み、父親が単身赴任することになった。
母も兄弟もいない俺は親戚の家に厄介になろうと思い、荷造りを始めた。
『頭頂部の髪が跳ねた女との会話』
「今日、一緒に帰らないか?」
「ツール・ド・フランス初代優勝者はモーリス・ガランです」
「ちょっと寄り道していこうぜ」
「ウィーン・フィルハーモニー初代指揮者はオットー・ニコライです」
「この前、今話題になってるらしい店を教えてもらったんだ」
「ジェム・ファイナー作曲『ロングプレイヤー』完奏まであと三十六万八百四十三日です」
「そこに寄っていこうぜ」
「五時になりました。手首を揺らします。五時の踊りです」
「聞いてる?」
「あううあ」
『風紀委員の話』
生徒会の役員選挙が終わり、風紀委員の顧問教師である私は新しい委員長のもとへ話をしに行った。
待ち合わせの生徒会室の戸を開けると、委員長の彼は掛け声を上げて正拳突きをしていた。
「どうして正拳突きをしているの?」
彼は手を休めて言った。
「まえの委員長が、『素行の悪い連中を正すために鍛錬は欠かさない』と言っていたんです」
『風紀委員の消散』
前委員長の言葉通り、おれは今日も正拳突きや蹴りの鍛錬に余念がなかった。
すると、今まで鳴り響いていたキーボードのタイプ音が止み、どこからともなく声が聞こえた。
「そういえば風紀委員て見たことがないな」
次の瞬間、おれは粉微塵になって世界から消えた。
『青年Kと博士Wの会話』
「……これは何ですか先生……この少女が書かれた表紙の本は……」
「ハイ。それは、精神遅行者の心理状態の不可思議さを表した珍奇な製作の一つです。とある高校を卒業したばかりの一人の青年が、一気呵成に書き上げて、出版社の賞に提出したものですが……」
「……ハア……やはり『私の頭はこれくらいに冴えていますから、どうぞ出版させてください』といったような意味で、自己表現のために書いたものですか」
「イヤ。そこのところが、まだハッキリ致しませんので、実は判断に苦しんでいるのですが、要するにこの内容と申しますのは、かくいうこの青年をモデルにして書いた一種のコピーアンドペーストとでも申しましょうか」
「オリジナルじゃないのですか……」
「その辺が、やはりなんとも申し上げかねますので……一体に物書きの文章は規則ばったものが多いようですが、こういう制作だけは一種特別でございます。つまり全部が一貫したコピーアンドペーストのようにも見えまするし、今までに類例のない内容の前衛小説といったような読後感も致します。そうかと思うと単に、年下と同世代共の頭脳になれ合い、自慰のために書いた妄言とも考えられるという、実に短絡極まる文章で、しかもその中に盛込まれている性癖的な内容がまた非常に欠乏しておりまして……精神遅行者でなければトテモ書けないと思われるような気持ち悪さが全篇に横溢しております」
「ヘエ。そんなに若いキチガイが、そんなに短絡な、気持ち悪い妄言を、どうして提出したのでしょう」
ではグッドナイト! お寝みなさい 今晩のあなたの夢はきっといつもとは違うでしょう
了