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アンビリーヴアブル・アビリテイ 第二話

作品タイトル:アンビリーヴアブル・アビリテイ 第二話

作者:戦国熱気バサラ


http://ncode.syosetu.com/n7902bh/2/ の続きです。


※読み方によっては一部文字化けをする部分があります。ご了承ください。

 挿絵有 絵を見たい方は横書き表示でご覧ください。

 葉月(はちがつ)一六日(日) 一六時三〇分

 (しん)()学部


 部室の開けたスペースに、突如として、六つの影が立つ。

「只今、戻った」

 その一つが、(こゑ)を放つた。身体つきは至つて普通。流行に二足遅れた感じの茶髪に、細いやうで細くない(まゆ)、中途半端に高い鼻、そして、微妙(びめう)(するど)さの力溢(あふ)るゝ吊り目。クールビズの(あふ)りを受けたのか、ネクタイは結んでゐないものゝ、夏だといふのに長袖(ながそで)ワイシヤツのボタンを全て掛けてゐる。あと、特筆すべき所といへば、裸足(はだし)に履いた木ゲタ位だらうか。彼こそは、この部屋の(ぬし)平塚(ひらつか)(とも)(ひで)その人である。

「あら、おかえりなさいませ。結構掛りましたのね、あなた」

「すまない、レミー。実験が、これまた見事なまでに、計画通りに進まなくてな。制御系の修正に、余計な時間を食ってしまった」

突貫(とつかん)工事とはいえ、よもや、あんな設計ミスがあるなんて、思いもしませんでしたからね。何度も何度も部品を作り直させられる、こっちの身にもなって欲しいってもんです」

 部長の横で(つか)れた顔をしてゐるのは、真部(まなべ)(つとむ)といふ男だ。さらさらした焦げ茶色の髪は、下へ〳〵と伸び放題(はうだい)。あとは地味だが、右腕が異常(いじやう)に筋肉質なのと、無駄に光を反射するレンズの黒縁眼鏡を掛けてゐるのとが、せめてもの特徴といへるだらう。勉といふ呼称は滅多に採られず、友人知人の(ほとん)どは、彼のことをトムと呼ぶ。家出した身で現在は軍属、一六歳の若さで(めぐみ)といふ妻を(めと)つてゐたりと、設定は数あれど、それを語るとそれなりに厚い本が一冊書けてしまふ程なので、ここは割愛(かつあい)させて欲しい。

「いやしかし、トム氏の部品製造術は、誠に神業(かみわざ)です。造形に一nm(ナノメートル)の狂いもなく、尚且つ純度も至高。我々メカマンにとっては、まさに天恵(てんけい)と呼ぶべき存在ですよ!」

 力説するのは、ロボツト研究部とこことを兼部(けんぶ)する二年生、(おき)(たけし)。トンボの眼鏡の如く湾曲(わんきよく)した減光グラスを掛け、その奥の目は(うかが)ひ知れない。無秩序なパーマネントヘアは黄土色。シヤツの上から頑丈さうなベストを着てをり、それについたポケツトは、(ことごと)く、何か重い物でも入れてゐるかのやうに(たは)んでゐる。

「実際、俺が直接やっている訳じゃないんだけどな……」

「でも、トム君がハイヤーセルフをよく信じてあげているからこそ、そういうことが出来るんだよ。だから、褒められて引け目を感じるよりも、ここは素直に喜んでおこ?」

「ありがとう、恵。丁度、ベンにも同じことを言われてた所だ」

 トムは、己を見上げる嫁の頭を、愛しげにふわふわと()ぜる。

「でぇっ! 結局今日は、何をして来たんですか? ロボットって以外は、何の説明も受けてないんですけどぉ」

 その空気が気に入らなかつたのか、故里(ふるさと)妹が、強引に話題を引き戻しに掛つた。

「ああ。今回は、新型機の組み立て・起動実験とモーションテストだったんだけどな、本当に凄かったぜ! 何せ、アニメに出て来るようなスーパーロボットが、俺の目の前で――」

 昂奮(かうふん)して過熱気味に話す巨躯(きよく)の男は、三年の蒲田(かまた)明雄(あきを)である。明治初頭のやうな(ざん)()りの黒髪で、太い眉と温厚さうな垂れ目が印象的だ。いかにも何某(なにがし)かの武芸を嗜んでゐる風体だが、実際、文月(しちがつ)までは、剣道部での修行に精を出してゐた。だが、惜しくも関東大会で敗退して以来眞理学部に入り浸り、顧問(こもん)スフイアのもどかしいアタツクを知らずに受け流す日々を送つてゐるのだ。彼は彼で、彼女に気がないと言へば嘘になるのだが、鈍感ゆゑに、未だに二人は擦れ違ひを重ねてゐる。

「待った。出来得る限り、軽率(けいそつ)な他言は控えて貰えると助かる。軍の機密に属する案件でもあるからね」

 青赤黄のハイブリッドヘアの男が、明雄の発言を(たしな)めた。彼は、皇國軍医且つメカニックのコンバツト=V=ボルテイス。細めの長身で、神秘的な柄のTシヤツにジーパン、その上から、沢山のポケツトを設けた白衣を装備してゐる。実を言へば、眞理学部自体とは何の関係もないのだが、智英のビジネスパートナーであつたり、ロボ研の剛と気が合つたりで、度〻(たびたび)こゝを訪れるのだ。

「すいません、ヴォルティース博士。そういや、こういうのには、守秘義務とかが付き物でしたね。ちょっとばかし、はしゃぎ過ぎちまいました」

「分かればいいのさ。まあ、ここにいる人間なら、ある程度は信頼が置けるから、機密が漏洩(ろうえい)することはないだろうけど、外に出ては、それも保証できかねるからね」

 少しく申し訳なさゝうに、コンバツトは肩を(すく)む。

「しかし、空間跳躍(テレポーテーシオン)の使える中尉(ちゆうゐ)殿に、開発に関わる部長殿・軍医殿・沖先輩殿、パーツ製造のトム先輩殿まではいいとして、蒲田先輩殿は、何故同行したのですか?」

 ここで、十三(じふざう)が、くど〳〵とした説明を伴ひ質問した。

「それが、パイロットの希望だったからよ」

 回答せしは、前出の陸軍特務中尉、理生(リオ)=テスラである。(くせ)のあるラピスラズリの長髪を備へ、三角メガネの裏の優しげな瞳は、上質なエメラルドのやうだ。身長は高め。全身を白い軍服で包んでゐたが、一度指を鳴らせば、すぐに多摩西高等学校の制服コスに変身する。長袖にオーバーニーソツクスで露出は少ないけれども、それでも彼女の放つ色香は隠しきれず、激しく自己主張する胸部は(もと)より、丁度良い感じに肉のついた(なま)めかしい体のラインなども、実に(たま)らない。筆者からすれば最高に魅力的な女性なのだが、その肉体が男に対して開かるゝことは、有り得ないだらう。何故なら理生は、さういふ面で、かの世界の男には全く興味を示さず、(もつぱ)ら女性ばかりを気に掛くるからである。他に伝へておくべきことゝいつたら、日本天皇御國(ひのもとあまつすめらみくに)の国籍を持つも、社会的には秘匿(ひとく)されてゐる地下都市出身の地底人といふこと位か。あゝ、真部夫妻の所属する部隊の隊長でもあり、その縁で、よく二人を連れてこの場所に現れる、てのもあつたな。

「ええと、それはつまり……」

「新型のパイロットがトムくんの知り合いで、その人もロボット好きなんだけど、彼とトムくんとの話の中で蒲田くんのことが話題に上って、是非会ってみたいって展開になったのを、偶然私が覚えていたのね」

「その場に、リオさんはいなかったけどな」

「あの、いなかったのに、どうして知っているんですか?」

 トムの言葉に違和感を持つたのか、小さく右手を挙げて、君島(きみしま)が尋ねた。

「幸ちゃんには言ってなかったかしら? うふふ、この娘のお蔭なのよ♪」

 理生が差し出した左の掌の上には、仏頂面で構へる人形が乗つてゐた。

 ブロンドの三つ編みに、鋭いゴールドの眼差し。頭の上には光の輪、背中には、存在感のある大きな白い羽。手乗りエンゼル理世(りよ)は、守護天使だ。(もつと)も、正真正銘純正の天使ではなく、理生の専属メイドとでも形容するのが妥当(だゝう)なのであるが。いつもは高次の霊体として存在し、理生に寄りつく悪い虫を殲滅(せんめつ)したり、諜報(てふほう)活動をしたりと、結構頑張つてゐるのだ。召喚術により目に見える形をとるのは、主に、今の様に人に見せびらかしたり、理生のリビドーを満たす時。因みに、大きさは一寸から三四mまで自由自在だ。

「やれやれ、(すこぶ)る面倒なことさせやがってからに。おまけに、色々見たくないモンまで見せられちまうしよ……」

「あー、そういや、あの話をしたのは、露天風呂でだったな」

 口の悪い小天使の頭の光輪の輝度が落ち、真白な翼がしおしおと下がつてゆく。理生は彼女の頬を小指の爪先でぷにぷにと突き、言葉を掛くる。

「もうっ、今更拗()ねないの~。ごほうびだって、あんなにたっぷりあげたじゃない」

「たっぷり過ぎて、途中で何度も気絶したわ!! 夢中になって気付かなかったとは言わせねえぞ?」

「感度は、いつもより抑え気味に設定した筈なんだけどね……」

 勘の良い数名は、ここまでで赤面する。だが、世の中には、かういふことに(うと)(やから)も当然ゐる訳で。

「それで、中尉殿は、理世殿に何をなさったのですか?」

「十三、あんたは空気を読めぇっ!!」

 (くに)()の自作ハリセンが見事に坊主頭を叩き伏せ、事態は収束を見た。

 しかし、部屋の中には、相変はらず気恥ずかしいムードが(ただよ)つたままだ。沖とコンバツト辺りはすつかりあらぬ議論に熱中してゐたり、麗未唯(れみい)や鈍感男二人もケロリとしてゐたりするのだが、幸に邦絵に真部夫妻、平塚部長などは、未だにえもいはれぬ()(たま)れなさを感じてゐる。

「そ、それで、顧問教師と双子姉が倒れているのは、どういう訳、なんだ?」

 ふと視線を移したことで、本棚の影に、連結した椅子の上に座布団を敷き作られた簡易ベツドの上に寝かされたスフイアと(とも)()の二人を見つけ、こゝぞとばかりに流れを転換せむとするトム。

「さしずめ、故里姉の課題が一向に進まないのを見て業を煮やしたスフィア先生が、一から教育を施そうとしたが、全くチャネルが合わずに双方撃沈した、という所なのだろう」

 顎に手を(あて)がひ、室内を見回しつゝ、部長は即座に分析する。

「七割方正解ですわ、あなた」

「となると、どこが誤っていたのだ」

「実は、大徳(だいとく)()先生が倒れたのは、超能力を使い過ぎたからなんです。「常に意識を明瞭(ドイトリヒ)にしておけばごり押しで何とかなるんじゃね~か?」と意気込んで、朋絵ちゃんが頭痛を訴える度に治療し続けて、それで……」

 最も近くで見てゐた幸が事情を説明すると、彼は、得心(とくしん)顔で頷く。

氣道修正(ゼーリシユ・ハイレン)か。あれは確か、使用すれば、連動して先生の血圧が下がる仕組になっていた筈。そこを乱発したとなれば、成程、こうなるも道理だ」

「ゼーリッシュ・ハイレンってえと、あの時、俺に使ってくれた力だな。結局勝ち上がれなかったが、それでも悔いの残らない戦いをさせて貰えて、本当に有難かったぜ」

 明雄は、横たはる顧問大徳寺を見つゝ、感慨(かんがい)に浸る。先の言葉から大体察しはつくかとも思ふが、彼は、試合直前に体調を崩して、そこで彼女の治癒の恩恵に与つたのだ。

「蒲田先輩、感謝の気持ちを込めて、キスでもしてみたらどうですかぁ?」

「ちょ、お前、う、敬うべき教師にそんなことして、いい訳がないだろ!」

 ダイレクトな言葉が出て、初めて狼狽(うろた)へるのも、正直だうかと思ふ。

「多分、されても全然怒らないと思いますけどねぇ? ほら、例のアレにするみたいに、チュッとやっちゃえばいいじゃないですかぁ♪」

 軽く悪魔的(イービル)な笑みを(こぼ)しつ(そそのか)す邦絵の言ふ〈例のアレ〉とは、水無月上旬、恵が入院しトムが家出する少し前に、彼女がスフイアに似せて描き明雄に贈与した、一幅の絵画のことである。部の課題であつた妖精に関する調査と、中々上手く行かないスフイアの恋路のサポートとを同時に為さむとした、悪知恵の結晶だ。

 当時邦絵は、その絵には、勝負運上昇の魔術回路(サーキツト)が仕込まれ、また自らに宿る強運の一部も封入されてゐると(かた)り、部屋に掛けて毎晩接吻(せつぷん)を行ふやうに勧めた。そして蒲田は現在、まんまとその罠に(はま)つてしまつてゐる。

 その計画に一枚噛むレミー部長夫人曰く「百回顔を合わせれば、嫌でも好きになるという話ですわ」。仮に正しいとするのなら、約二カ月の経過した今、そろ〳〵効果の()位は出てきたとしても可笑しくない頃合ひだ。

「な、何を言ってるんだ。相手は生身の人間なんだし、そんな勝手なことが出来るか! ――そうだ。ほら、智英、そろそろブリーフィングを始めないとだろ?!」

 動揺隠しきれず、明雄は、部長平塚へと逃げたり。

「だがさて、今後の活動はどうしたものか。十三の能力に関しての調査は、昨日で一段落したからな」

「ええと、悪いが、(しばら)くの間、沖君を僕に預けてくれないかい? 少し、作ってみたいものがあってね」

 ボルテスが、真先にさう言ふ。

「ああ、構わない。好きにやって()れ」

「平塚氏、御心遣い感謝します!!」

 部長が了承するや、嬉々(きき)迫る顔で、二人は部室を飛び出した。

「コンバット兄ってば、子供みたいにはしゃいじゃって」

「アニメ観てる時のあんたの顔も、あれと大差ねーぜ?」

「――して、他に、何か案のある者は?」

「取り敢えず、故里姉の学習障害の方を何とかしますか。暇ですし」

「確か、トム君にやろうとしたのに、私が抜けて出来ずじまいで、お蔵入りになった準備がありましたよね…?」

 真部夫婦が、続けざまに意見を述べり。

「あれか。うむ、残してある」

「なら、その線で。まあぶっちゃけた話、故里家なら、頭がなくても何も困らないような気はしますけど」

「資産があるからあくせく働く必要もないですしぃ、テストとかも運だけでどぉにかなってますからねぇ、恐ろしいことに。記号問題なんか、鉛筆転がして選んでも、全問正解で赤点回避できちゃうんですよぉ」

 トムの余計な一言を、当の妹が容赦(ようしや)なく補強した。

「でも、中身が伴わないのは、やっぱりいけないと思います! 血税の無駄遣いですっ!」

「ふむ。では、その方向でいくとするか」

 幸の主張(しゆちやう)に、首肯(うなづ)く智英。しかし、そこで十三が待つたを掛く。

「あいすみません。自分にも一つ、気になっている案件があるのですが」

「ほう、言ってみ給え」

「はい。実は今朝方、弟から、妙な話を耳にしたのです。心皇都(しんわうと)で、消える魔球(まきう)を投げる少年に出会った、と」

「別に、今時それ位普通じゃないのぉ? 色彩変化(カメレオン)でも使えば、一発でしょ、んなもん」

「ここでは既に日常の一部になっているけど、世間一般では、超能力なんてものは極々(まれ)な存在なのよ」

 極めてレアな小天使を愛撫(あいぶ)しながら、テスラ中尉。

「そうだね。最近だと、少し増えてきたみたいではあるけど、それでも、マイノリティには他ならないよ」

 そして、PCを浮ばす恵。彼女らのゐる軍の中でさへ、さういつた能力に目覚めた者は少なく、重用(ちようよう)されてゐたりもするのだ。

「よし、部隊を二つに分かつとしよう。十文字、蒲田、故里妹、真部夫妻は、テスラ監督の指示の下、魔球問題を調査せよ。残りの人員で、故里姉にかかるべし」


挿絵(By みてみん)


 皆人(みなひと)適当に返事をし、わら〳〵とまとまつてゆく。

「なんかまた、変り映えのしないメンバーが集まりましたねぇ」

 魔球チーム、邦絵がさう零すのも、無理はない話だ。

 眞理学部は、皐月末以来実に五人の部員と二人のコーチを獲得してゐるのだが、このチームに組み込まれたのは、その内のたつた二人に過ぎない。即ち、恵と理生以外は、卯月(しがつ)の時点から所属してゐた、古参の部類に入るのである。

「まあ、そう言いなや。ヒデさんらしい、ちゃんと理に(かな)った采配(さいはい)なんだからよ」

「うぐっ、確かにそうですけどぉ」

 眉間(みけん)を歪め、舌を打つ故里。と、その脇から疑問を呈する者が。

「俺が行って、役に立つのか? 野球に関しては、正直、門外漢だぞ。それに、どちらかと言えば、ここに残って、博士と沖のロボット開発を見学していたいんだが……」

 しかし、理生は(おもむろ)に首を振る。

「止めといた方が無難だと思うわ。コンバット兄、没頭すると形振(なりふ)り構わなくなる辺り、師匠(ししやう)である父さんの性質(タチ)を継承してるから、とばっちりを喰らうのがオチよ?」

「俺のロボ(コン)は、飛び火程度で砕けはしないぜ」

「悪いことは言わねえ。死にたくなかったら、楽しみは後にとっときな」

 食ひ下がる明雄の頭にすたと乗つた理世は、彼の心象風景(インナーワールド)に、理生の父ニコラと弟子コンバツトが暴走してゐる様を出力した。ぞゞ〳〵、と顔から血の気が引いてゆく。

「分かった、そうしよう」

 そこで、タイミングを見計らつたかのやうに、顧問教師が起床した。

「遠出をするなら、あたしも随伴(ずいはん)するぜ!」

「何ですか先生、(やぶ)から棒に。責任者なら、リオさんがついてるんで、大丈夫ですよ。それに、本当にもしもの時は、俺のアシガルがありますし」

「そうそう。理世の戦闘力は五十三万。更に三回の変身を残しているんだから、悪漢に襲われたって、返り討ちに決まってるわ!」

「あたしを冷蔵庫魔人か何かにする気かよ……」

 トムと理生は、続けざまに不要の(むね)を口にする。けれども、スフイアは納得しない。

「テスラは、外部の人間だろ~が。いやしくも学校の部活動の遠征であるからして、顧問のあたしがついて行って然るべきなんだよ」

「まぁた、そんなこと言っちゃってぇ」

 訳知り顔のベレー帽の少女は、灰色の教師の耳元に唇を寄せると、蒲田に目を遣りつつ何事かを(ささや)く。内容に大体の察しはつくだらうが、案の定、スフイアは頬を紅くして反駁(はんばく)せり。

「な、何をほざきやがる! あたしは、純粋にあんた達の身を案じてだな」

「はいはい。部長ぉ、そっちの活動に、先生要りますかぁ?」

 邦絵は、皆まで言ふなと彼女を制し、代はりに、もう片方で指揮(しき)()つてゐる智英に確認を取る。すると彼は、少しの躊躇(ちうちよ)の様子も見せずに答へを提示す。

「いや、居るに越したことはないが。氣道修正が用を為さないことは(すで)に判明済み故、欠けたとしても、さしたる問題は生ぜないだろう」

「やったじゃないですかぁ、先生ぇ!」

「うん、まあ。だが、どっちからも必要とされてね~ってのは、それはそれで傷つくよ~な……」

 ぽす。そこで、スフイアの(うれ)ひを打ち消すやうに、理生が手を打つた。

「ともかく! 先生も同行するってことで、決まりなのよね。ところで十三くん、先方に連絡は取れるのかしら?」

「はい。携帯通信端末の番号(アドレス)を交換したそうなので、あちらに特別の不都合がない限りは可能かと」

「なら、帰ってからでいいから、弟くんに、便の良い時を伺ってくれるように頼んでおいて頂戴。それで日取りが決まったら、恵ちゃんにメールを送ってね。集合場所や持ち物なんかも付記して、拡散するわ」

「諒解しました、中尉殿」

 十三が敬礼し、そこで一つの区切りとなる。

 トムは、恵がバツクヾラウンドで用意してゐた葛湯(くずゆ)が飛んでくるのを受け取ると、熱い所を一口啜り、長い息を吐く。

「さて、この後の残り時間を、どうしてくれようか」

「幾つか、魔球のモデルを想定しておくのが良いと思うよ。そうすれば、向こうで調ぶるべきこととかの、指針になるだろうから」

 彼の腕の中、メガネ面を仰ぎ、彼女が声を上げた。

「そうだな、それでいこう」

 チーム唯一の三年生が頷き、続いて、皆思ひ〳〵の思考を始む。

 十六日の部活は、そんな感じで幕を引いた。


 葉月一七日(月) 〇八時四五分

 私立鋭明(えいめい)学院 小学部区画 グラウンド


 本日もまたリチアドソンのモーニング・バズーカコールに覚醒(かくせい)せしめられたりし(がい)()は、ジヤージを身に着け、本意(ほい)なしといつた顔で校庭に足を踏み入らす。そこでは、既に、山ヶ(やまがたけ)を筆頭とした数名の児童が、威勢(ゐせい)よく声を張り上げつ練習に(はげ)んでゐた。

 躊躇(ためら)ひがちに近づいてくる津和吹(つわぶき)の姿を見て取つた山ヶ(やまがたけ)(けん)は、すぐさま、彼の許に走り寄つたり。

「おうガイキ、来たか!」

「お早うございます、キャプテン。申し訳ありません、一昨日はなんか、一人でとっとといなくなっちまって」

「それしきのことでは、責めやしないぞ。お前の健康の方が、よっぽど大事だ。何と言っても、うちのトップエースだからな」

 上機嫌の部長の言葉に、魔球投手の胸はじくりと痛む。

 結局、今後の進退に関しても、未だ一切を決めかねてゐる。そんな中〻なる状態では、何を口走ることも出来はしない。

「まだ、顔色が良くないんじゃないか? 具合が悪いのなら、明日につながる今日ぐらい、練習を休んだっていいんだぞ」

 山ヶ岳は、昼間の大山椒魚(オオサンセウウヲ)の如くに押し黙つたまゝの彼を(のぞ)き込み、(いた)はるやうに語りかけり。

「……いえ、やります」

 しかし、蓋気は(かぶり)を左右に振る。先行きが見えぬとも、動かなければ仕方がない。いざ野球を続くるとなつた場合に、今ある技能が落ちてゐるとなれば、それは非常に惜しいことだからだ。

「それじゃあ、いつも通りいくぞ」

「分かりました」

 さう応へた蓋気は、準備運動に軽い柔軟(じうなん)体操(たいさう)を始む。

 五郎太(ごらうた)、そして静代(しづよ)との約束の時間まで、一刻と幾許(いくばく)か。

 来たるべきその時に向け、せめて今だけは全てのしがらみを忘れてゐやう。彼は、一度ゆくりとブレスをすると、帽子を目深(まぶか)に被り直した。



「オッハー、ガイキ! 相変わらズ、シッケたカオしてるじゃネーカ!」

 約一時間後。

 黙々と走り込みや基礎トレーニングに打ち込む彼の(もと)に、先に現れたのは、何故か平生(へいぜい)とは微妙に口調を(ちが)へた、元気印の同級生であつた。クロヽフイルa系の色彩を備ふTシヤツに乾いた土色のズボンを履いた格好は、もさ〳〵した金髪と相まつて、さながら八重咲向日葵(ひまはり)の化身のやうだ。

「おう。リチャードソンさん、おはようさん……」

「オット、ツッコミなしかヨ!」

「どうせ、昨日見たテレビ番組にでも影響されたんだろ」

 蓋気の憂鬱(いふうつ)レベルはこの時点で極大値に達してをり、ボケに対する返し方も、いたくぞんざいなりけり。

「チェー、折角、元のガイキに戻してヤローって思ってたのニー」

「今の状態で復帰したら、それこそ大惨事だ。厄介な問題三つも抱えてへらへら笑っているなんて、まるで狂人(きやうじん)じゃないか」

「ウーン……あんましムツカシイ言葉は分かんないヤッ☆」

 ニカ、と笑ふ静代に、彼は失笑以外の動作を選択出来なかつた。

「勉強しろ。街を捨て、本を読もう。それがぼくらの青春だ」

「ヤダ。ソレだったら、宿題終わらせた意味ないジャン!」

 宿題。そのワードが、前日の素士の豹変(へうへん)想起(さうき)せしむ。

「じゃ、じゃあ、漫画でいいからさ。俺の持ってるのを幾つか――」

 そこで、家に引き(こも)る姉のことが思ひ出せらる。

 くうゝ、と額を押さへて(うな)る蓋気。何事かと問ひを向けむとしたリチアドソンなれども、そこで、第三者の声が(かい)(ざい)す。

「おーい、ガイキくーん!!」

「っと、来たか、十文字く―――!?」

 五郎太の()()し六人もの大人の姿を目にし、彼は言葉を無くした。


「自己紹介もそこそこにして。早速、調べさせて貰っていいかい?」

 一通り眞理学部(じぶんたち)についての釈明を終へると、トムは、メガネをくいと上げ、心持ちくだけた感じで蓋気を(うなが)す。

「ええ。最初は一体なんなんだとか思いましたが、取り敢えず、本物のヤバい人達ではないことは、それとなく分かりましたから」

「あはは。事前にメールで詳細を伝えておけば良かったんだろうけど、どうせなら、言わずに驚かせた方が面白いかなって思ってさ」

 から〳〵と笑ふ五郎太に、魔球投手はまたもや苦笑ひ。

「……にしても、随分と数が多いですね」

「これでも、全体の半分くらいなんだよ。しかも、もう一人――あ、二人かも。も、後から来る予定なの」

 トムの横で答へる恵。果たして、その重役出勤者とは私の理生であり、集合場所の諏訪(すは)神社からこの近くの宮城(きうじやう)皆神山(みなかみやま)要塞前まで全員を転移させた際、天皇陛下に謁見(えつけん)してくると言ひ残し、霧消(むせう)したのだ。

「それはまた、俺なんかの為にわざわざ」

「ま、それだけ、あたしたちも暇人だってことなのよねぇ。貴重な高校一年の夏休みだってのに、はぁ……」

 タンクトツプでがら空きの首元を、八手扇(やつでうちは)で煽ぎつつ、邦絵が愚痴(ぐち)る。

現実(ヴヰルクリヒカイト)なんて、そんなもんさね。つ~か、こ~して愉快に団体行動出来るだけでも、かなり充実してる部類じゃね~か」

 ぼふ。故里が頭に載せた新感覚癒し系魔法少女風の帽子を軽く潰すやうに手を置き、顧問スフイアは(いまし)む。

「先生。先方の了承は得られましたか?」

「お~よ。あの部長は、あまり乗り気じゃね~みたいだったけどな」

 十三の質問を受け、彼女の目は、不審げに学部員達を眺むる主将(しゆしやう)山ヶ岳へと向いた。さしずめ、彼からは、魔球の秘密を奪ひに来た悪の機関からのスパイの嫌疑でも掛けられてゐるのであらう。

「キャプテンはああですが、どうか、徹底的に調べて下さい。俺は、これ以上、訳の分からん力に振り回されていたくないんです」

 蓋気は、何処となく主人公な雰囲気を放つツトムに、頭を下ぐ。

「ああ、分かった。任せてくれ」

 と、そこで、防具の装着(さうちやく)完了(くわんれう)した明雄が、のし〳〵と歩いて来たり。

「やっぱり、こっちの方がしっくり来るな。ありがとよ、トム」

「うおー! デケー!!」

 リチアドソンのパンチをポコ〳〵と受くる彼の(ヨロイ)は、剣道がそれである。既存の野球の防具はサイズが合はないといふことで、急遽(きふきよ)勉が物質創造能力(マテリアライズ)により創り出したものだ。

「いえいえ。と、じゃあ、明雄先輩も戻ってきた所で、実験に移ろう」

 真部の指示に、津和吹と蒲田は所定の位置に就く。その後トムは二〇台程の観測機器を創り、恵がそれらをサイコキネシスで浮かせ、投手達の周囲に配置した。

「スゲー! 魔法みたいダー!!」

「魔法もね、突き詰めれば、元は超能力なんだよ」

 (そば)(はしや)ぐ静代に、真部夫人は解説す。

「ジャー、ガイキと同じだナ!」

 して、当の魔球投手はといふと、目を閉じて息を整へてゐた。トムの物質創成に関しても見逃してゐたので、実に平然としたものである。

 心に迷ひこそあれ、一度投手丘に立てば、そんなものは意味を為さないやうだ。練習に次ぐ練習によつて、そこでは常に最高の状態になるやうに、プログラムが為されてゐる。

「セッティング完了だ。始めていいぜ、ガイキ君!」

「了解です」

 トムの呼び掛けに肯いた彼は、目を開くなり、自らを取り巻くレンズ群に驚く。だが、よく考へれば、さる事情から他国を百年以上突き放した技術力を誇るこの日本天皇御國においては、微動だにせぬ空中カメラも、取り立てゝ不思議なことではなかつた。

「じゃあ行きます、剣道の方」

「おう。上手く捕れる気はあまりしないが、防具と体の頑丈(ぐわんぢやう)さなら保証できる。遠慮なく投げてくれ!」

「分かりました。コントロールには自信があるので、そのままじっとしていて大丈夫ですよ」

 さう告げて、蓋気はいつも通りの構へを作る。右足を掲げ、反対の足に力を(たくは)へて、その勢ひで以て左手の白球を解き放つ。

 ブン、と風を切る音だけが残され、ボールは大気に溶け込んだ。そして突如、明雄のミツトの中に、その姿を露はにするのであつた。

「のわっ!? こ、こりゃあ、想像していたのよりもおっかないな……」

 真夏の日差しに当てられながらも、蒲田は、冷や汗を流し〳〵呟く。堅牢(けんらう)な装甲のさ中にある彼だが、不可視の脅威は、その安心さへも拭ひ去るものだつたらしい。

 一方、投げた本人もまた、違つた意味で汗を垂らす。これまで、右に左にあれこれと魔球を投ぐることについての思索を続けてきたことで、彼の中でのそれは、最早畏怖の対象にまで昇華(しようくわ)してゐたのだ。

 またもや、こんな物を使つてしまつた――後悔の念は胸のプールから溢れ出し、蓋気の腕を、足を、意識を侵す。

「う、くっ……お、おれは、俺は……!!」

 かなりの自我が確立されてきてゐるとはいへ、彼は未だ小学五年生。然様(さやう)な精神的ダメージに、さう〳〵耐へきれるものでもない。終には、がくりと地面に(ひざ)を突く。

「お、おい、大丈夫か!?」

 先づ、一番近い明雄が駆け寄る。

「ど~した、貧血か? 熱中症か!?」

 次いで、モニターに出力された映像やらデータやらを眺むる部員達や小学生の輪から外れて蒲田を気にしてゐたスフイア。

 二人して倒れ込んだ蓋気に声を掛くれど、レスポンスがない。

「明雄、取り敢えず、こいつを日陰まで運んでくれ!」

「合点です、スフィア先生!」

 監督者の指示を受け、蒲田は、患者を抱へて手頃な樹木の根元まで走つてゆく。そこで、スフイアの所に、騒ぎに気付いた一団がわらわらと集まつてきた。その中から、全体の状況把握が仕事となりつつある十三が、先づ彼女に声を掛く。

「先生、何かあったのですか? 恥ずかしながら、自分達は、ついついデータにばかり気を取られていたので……」

「おう。あの魔球坊主、投げた後にいきなし倒れちまったのさね。この暑さだ、熱中症の疑いもあっから、真部は冷水と手ぬぐいを用意しな」

「分かりました(イッヒ フェアシユテーエ)」

 トムは、アルミニウムで(たらい)を創り出し、その中に水、そしてタヲルを物質化した。更に恵が、水分子の振動に干渉して、適度な温度にまで冷却す。そしてそのまゝタラヒごと浮かばせ、一足先に目的地に送ると、皆もそれを追ふのだつた。

 蓋気は、最初に明雄が駆けつけた時からずつと、固く目を閉じ低く唸るばかり。濡れタヲルを額に載せても、何のリアクシオンも示さないでゐるのが現状である。

「ガイキ、ダイジョ――むー!」

 堪らず近寄らむとしたリチアドソンだが、邦絵により、口を塞がれ、進行を妨げられたり。

「はぁい、ちょぉっと黙ってようねぇー?」

 同様の性質を持つ者が身内にゐる故、彼女のインタラプチヴホールドは、実にこなれたものだ。

「先生、どうかこいつに、ゼーリッシュ・ハイレンを!」

「昨日のこともあっから、なるたけ控えときたかったんだが……。他ならぬ明雄の頼みなら、仕方ね~な。そ~ら、修正してやる!」

 腕まくりをした古典教師は、木立(こだち)に寄り掛けられた少年の手当てを始む。しかし、暫くしない内に、驚嘆(きやうたん)の声を上げた。

「おいおい、なんだ、こいつの経絡は……!」

「何か、問題でも?」

「お~よ。(おほよ)そ単なる体調不良では片付かね~(ニヴオー)まで、氣道がこんがらがってやがるんだ。あたしが能力を得てから日が浅いこともあんだろ~けど、にしても、ここまでひで~のは初めてだぜ」

 蓋気の身体の前で、スフイアは、滅多矢鱈に両手の指先を動かす。一行はそれを固唾(かたづ)を呑んで見守るのだが、如何せん目に移らぬ世界の出来事の為、今一状況が掴めない――但し、一部を除いて。

「よく視ると、確かに派手に絡んでるな。最初から違和感が何もなかった訳でもないが、てっきりそれは、見ず知らずの俺達を警戒してのものだとばかり思ってしまっていたぜ」

「私もだよ。ちょっと、配慮が甘かったね…」

 真部夫婦の目には、教師同様、(もつ)れたアストラル回路が映つてゐた。色〻あつて、二人は、霊的なものを視ることが可能なのだ。

「まあ、その件については、おいおい(かへり)みるとして。危急(ききふ)の問題は、このガイキって奴の症状だ」

「ええ。具合が悪いまま実験に協力させるというのは、少しどころでなく酷な話ですからね」

 十三は、未だその境地には至らざるものの、適当に話を合はす。

「特にこれといった外傷もなし…。何か悩みがあって。それについて考える内に、精神的に参ってしまったんじゃないかな? 球を投げた直後っていうのも、それによってトラウマが発露(はつろ)したからだと思うよ」

「となっと、あたしがやったのは、応急処置止まりってことになんだな。根本を断たね~限り、また、こんな状態になんのは避けらんね~だろうぜ」

 恵の分析に、治療を終へたスフイアが口を(はさ)む。こゝぞとばかりに明雄に身を(あづ)け、肩やらを揉ませて(えつ)に入つてゐる所から、副作用による低血圧症の心配はなささうだ。

 一段落の気配を感ぜし故里は、留めてゐたリチアドソンを解放した。

「ガイキー!!」

「あ、こらぁ、あんま騒がないのぉ!」

「いいじゃね~か。そこら辺の心境(ゲジンヌング)は察してやろ~ぜ」

 三十路間際の恋する乙女の生温かい勘違ひ気遣ひの下、やがて、静代に度突かれた蓋気は目を開く。

「ん……ここは……?」

「目が覚めたんだね、ガイキ君!」

「十文字君? ……そうか、俺、途中で気を失って――」

「ッタク、手間掛けさせやガッテ! このネボスケマジンガー!!」

「……ごめん、リチャードソンさん。ちょっと静かにしててくれ」

 軽く(ひたひ)を押さへると、彼はよろりと立ち上がりたり。

「おっと、無茶は禁物だぞ」

「そ~だぜ。治療はしたが、一応は病み上がりなんだ。何らかの悪影響が残ってっかも知らね~から、まだ休んどきな」

 明雄とスフイアは、再び蓋気を座らせむとす。だが、彼は、それに(あらが)ふ素振りを見せた。

「ありがとうございます。――ですが、もう大丈夫です。球さえ投げなければ、多分もう、こんなことにはならないと思いますから」

 さう言つて樹の幹に手を掛くると、木全体が、一瞬にして透明になる。

「見ての通り、性質を調べるだけなら、他に幾らでも方法はあります。だから、どうか、今すぐ始めさせて下さい!!」

 切羽詰つた様子の蓋気の叫びに、突如としてかん〳〵照りの陽射しに晒された一同は、言ふべき言葉を失つた。

「……あ、ああ。じゃあ、検証再開といこうか」

 理由も聞けぬまま、トムは、たゞその申し出を受け入るゝことしか出来なかりけり。


「そ、それで、俺のこの力は、一体何なんですか!?」

 あれから四時間。余所での議論を終へたらしい眞理学部員達に、津和吹は、駆け足気味に問ふ。

「ガイキ君に発現した超能力は、光子転送フィールドの生成による光学迷彩――光子跳躍(フオトンジヤンプ)というものである可能性が高い」

「フォトン、ジャンプ……」

 トムの宣告を受け、彼は、己が左手を見やる。結んで開いてし、そのまま不可視化してみたものの、今一理解が進まない。

「具体的には、どういった原理なんですか?」

 五郎太が、当人の代はりに質問せり。そこで、美術部員でもある邦絵が、場違ひに置かれたホワイトボードで解説を始めた。


挿絵(By みてみん)


「じゃ、基本からいぃ? 物体から放たれた光線が水晶(すいしやう)体で曲げられて、網膜(まうまく)で像を結ぶと、そこの細胞が興奮して視神経を通じて信号を脳に送るから、あたし達は物を見ることが出来る訳ぇ。この光ってのはぁ、太陽みたいな光源から飛んできた光の波が、物体にぶつかって、反射したものなのよぉ。この時、全部が全部反射されるんじゃなくてぇ、幾らかの光はすり抜けたり、物質にぶつかって熱エネルギーに変換されたりすんの。明るい色の方がよく光を反射してぇ、暗い色、特に黒は殆どの光を吸収すんのよねぇ。で、色の区別には、エネルギーに変わる光の種類が関係しててぇ――例えばあたしの髪の毛なんかだと、それ以外の光をみんな吸収してるから、赤だけがはね返って、こう見えんのよぉ。ここまで分かる?」

「ぶー、分かんナーイ」

「大丈夫です。続けて下さい」

 静代を脇に()け、促す蓋気の表情は、真剣そのものだ。

「おっけぇ。んで、前に障害物があると、それが邪魔になって、向こう側にある物が見えないの。このメガネは光を放ってるけど、その光は全部、壁に吸収されたり反射されたりで、目まで届かない訳よぉ。あんたの超能力は、この壁の周りに特殊な場を展開して、光を反射しないようにしてんのねぇ。と言っても、吸収する訳じゃなくてぇ、ぶつかってきた光を、ベクトルそのままで、物体の向こう側に飛ばすみたいなのよぉ。だから、恰もそこに存在してないかの様に見えるってこと。どぉ?」

「ええと、その光のワープは、どういう仕組みなんですか?」

「その質問には、私が答えるね」

 声の主は、真部夫人である。趣味が高じて、彼女のオカルト知識は、眞理学部でも断トツなのだ。

「フォトンジャンプ場は、光子を霊子に還元して、高位相世界を移動させた後、然るべき位置で光子に再構成する働きがあるみたいだよ」

「レイシ?」

「霊子は、宇宙の全てを構成する、最も基本的な単位なの。光子とかの素粒子も、みんなこれで出来てるんだ。勿論、世間一般には認められてない考えだけどね…。他に、聞いておきたいことはある?」

 小首を(かし)げ、(たづ)ぬる恵。彼は、少しの迷ひを見せたものゝ、()ぐに頭を振つて返した。――そも〳〵超能力とはどのやうなもので、一体どの位の確率で出現するのか。人類に普遍的な能力なのか、それともごく少数の者にだけ(さづ)けられた特別な才覚なのか。蓋気の中には然様な疑問があつたのだが、この眞理学部と名乗る人〻とて自分が物珍しくて来ただけであらうから、それを聞くのはお門違ひだ、さういふ自己完結をしてしまつたのだ。

「じゃあ、代わりに、俺達からの質問だ」

 ここで、明雄が声を上げたり。続き、スフイアがその内容を口にす。

「おい魔球坊主。お前、何か悩み事があんだろ? それも、さっきの様子から察するに、かなり深い度合いのやつがな。このまま放置しておくと、(えら)いことになりかねね~。ほら、あたしらが力になってやっから、そこんとこ吐いちまいな」

「いえ、でも、悪いですよそんな……」

 半ば発作(ほつさ)的に、少年は遠慮(ゑんりよ)の言葉を口にしてしまふ。本音を言ふと、今自らの置かれてゐる苦しみから逃るゝ為とあらば、一本の藁を掴むことも辞さぬといふ気持ちであつたのだが。

 幸ひなことに、眞理学部顧問は、その拒絶をものともせずに話を次ぐ。

「ガキがんなこと気にすんなっての。こちとら、これでも教師なんだ。困ってる子供をみすみす放置、なんてこたあできね~よ」

「まぁ、実験に協力してくれたお礼の意味もあるから、ここは受けといてもいいんじゃなぁい? あたし達も結構暇だしぃ。それに、こんだけ人数がいれば、そぉそぉ解決できない問題もないでしょぉ?」

「はぁ……」

 邦絵の援護(ゑんご)攻撃により退路を塞がれ、蓋気は、それきり口を(つぐ)んだ。

「ガイキ君。言いにくいことなら、僕が代わりに話してあげようか?」

 横から援護防御を掛くるのは、十文字弟だ。実験終了後の一時間ほどを彼と話をして過ごしてをり、大方の事情は把握してゐる。

 しかし、蓋気はその申し出を断つた。

「ありがとう、十五(とおごお)。でも、これは俺の問題だ。多分、俺自身の言葉で伝えなければ、意味がないんだよ。――じゃあ、すみませんが聞いて下さい。俺と、姉さんと、それからとある友達の悩みを」


 彼が語る間、皆は無駄口一つ(こぼ)さなかつた(但し静代を除く)。それ程までに、少年の悩みは切実で、真に迫るものと映つたのだらう。

「そして、今に至るという訳です……」

 聞き終へると、一同は、一様に唸りを上ぐる。中でも真部夫妻は、思ふ所が多いのか、しきりにうん〳〵と頷いてゐた。

「色々、大変だったんだね…」

「だが、俺達が来たからには、もう大丈夫だ。これでも、並の経験は積んでいないつもりだからな!」

 トムは、右腕に巨大な力こぶを作る。

「じゃあ先ずは、ガイキ君の罪の意識からどうにかしようか。そもそも超能力ってのは――」

「お待ち下さい、トム先輩殿。その件に関して、自分に考えがあります」

 そこで十三が、勉の言葉を遮つた。澄んだ黒をしたその瞳は、いつになく生真面目である。トムは無言で肯き、先を促した。

「野球をしましょう。ここにいる全員で」

「ちょい待て十文字兄、そいつは逆効果じゃね~のか?」

 堪らず、教師が突つかかる。(なだ)むる役目は、明雄が買つて出たり。

「まあまあ、抑えてやって下さい、スフィア先生。十三もバカじゃない、成功の見込みがあるからこそ、こんな提案をしたんでしょう」

「その通りです。して蓋気君、どうだい? 嫌なら――」

「いえ、俺やります。この際、何だってやってやりますよ!」

 少年の眼には、確かに、意志の炎が燃えてゐた。一時消えかけてゐたそれは、希望といふ燃料を得たことにより、今や角の生えた巨大ロボツトでも動かさんばかりに輝いてゐる。

「けど、総勢九人じゃ、締まらないだろ?」

 ここで、トムが問題点を(さら)ふ。眞理学部は読み手に優しくない大所帯ではあるが、野球をするとなると、些かボリウムに欠けるのだ。

「そういう訳で、助っ人を連れてきたわ!」

 突然聞こえてきた声に皆がそちらを見ると、蒼い地底人、羽根と光輪とを隠した黄色い天使、そして桃色のくノ一が立つてゐた。

「こんにちは! 眞理学部の皆さん、お久しぶりですー♪」

 彼女は桐谷(きりや)晴美(はるみ)。ここ鋭明学院は高等部一年の生徒だ。発育過多のダイナマイトボデイにかなり(きは)どいピンクの忍装束を纏ひ、長い茶髪のポニーテールを二つ折りにしてから更に結んで後頭部で毛先を爆発させてゐる。

「スゲー! 忍者ダー!」

 先程まで難しい話にポカンとしてゐた静代が、ここにきて興味の矛先たり得る物を発見し、極めて大きな胸辺りを目掛けて突撃をかます。レシーバーの身体能力的に、受け止むるは容易であつたものの、脊髄(せきずい)反射の様な感じで、故里はリチアドソンを捕獲せり。

「晴美ちゃん、久しぶりぃ。その格好ってことは、今日も修行ぉ?」

「いいえ、今日は任務ですよ、邦絵さん。天皇陛下から勅命(ちよくめい)(たまは)って、理生さんと一緒に、世界中色々回ってきたんです」

「だから、理生もこんなに遅かったんだね」

「本当は、ちょっと挨拶して、すぐ戻ってくるつもりだったのよ? でも、陛下のお願いを断る訳にはいかなくって。罪滅ぼしに、來傳(らいでん)くん達も連れてきたかったんだけど、デュリたんと派手に喧嘩しちゃっててね……」

 天皇陛下? 勅命? 世界中? 謎の状況に、蓋気の気勢は大分削()がれてしまつてゐた。そして、混乱した頭で事態を把握せむとする内に、彼は、忍者少女の姿に見覚えがあることに気付く。

「あなたは確か、前に校舎の上を飛び移ってきた方、ですよね?」

「え? えっと――ああっ、あの時の子かー!」

 遡ること約一カ月。それは、ある昼休み、素士(もとじ)の暗黒病を気遣つた蓋気達が、屋上で弁当を食べてゐた時のことである。他に誰もゐない筈のそこに、すた、と彼女が空から降り立つたのだ。晴美にとつては何のことはない、ただ家に忘れた財布を取りに行つた帰り道での遭遇であつたが、その頃の蓋気達には、明らかに日常の範疇(はんちう)を脱した出来事だつた。

「なんだ、知り合いだったのか」

「転校してすぐの頃、ちょっとありまして。――驚かせてごめんねー?」

「気にしないで下さい、ええと、ハルミさん。かく言う俺も、そっちの世界に足を踏み入れてしまったみたいなんで」

 少年は、苦笑しつつ頭を掻く。そこで、髪を束ね、軍服からトレパンへと装ひを転じた理生が、彼に言葉を掛けた。

「私は理生、こっちが理世よ。事情は全部把握してるわ。もう、向こうの部活も終わってるみたいだから、さっさと運動場の方に行きましょう」

「はい――って、さっきと格好が違いませんか?」

「早着替えは、乙女の(たしな)みなのよ」

 適当にはぐらかすと、彼女は目的地へと歩き出した。


試合開始(プレイ)!」

 審判役・山ヶ岳主将の声が、グラウンドに響く。

理生の言つた通り、野球部の練習は完了してをり、そこでは剣が一人自主訓練をするだけだつた。彼の眞理学部へ疑ひの目は未だ健在なものゝ、蓋気の説得により、何とか球場の使用許可を出して貰へたのである。

「蓋気君! 遠慮は要らない、全力で投げるんだ!」

 打席に入つた十三が、マウンドの上の少年を焚き付けり。蓋気は、矢張り沸き出るトラウマに押し潰されさうであつたが、最大限の気力を振り絞り、大地に立つてゐる。

「いいんですね、十三さん? 本気で行きますよ……!」

「お、おうい、お手柔らかに頼むぞ?」

 消える魔球の恐怖を体験済みの明雄がぼそりと呟いたが、既に投手と打者の間に散つてゐた火花によつて、(むな)しくも黙殺された。

「魔球第一号――パンチャーグラインド!」

 蓋気の左手を離れたボールは、不可視化されると同時に勢ひよく回りだし、風を切つてミツトに向かふ。

「ストライク!」

 十三は、微動だにせずそれを見送つた。

「成程、凄いな。こんな球を投げられたのは初めてだ」

「ま、まだまだですよ……っ! 魔球第二号――キラーバイトォ!!」

 無回転の視えないボールが獰猛(だうまう)な牙と化し、明雄の手の内に噛み付く。

「ストライク!」

「大丈夫か、蓋気君? 随分と辛そうだが……」

 よろめく蓋気に、十三は気遣ひの言葉を掛けり。

「てっ、てやんでい! こいつで真っ向勝負です!! 魔球第三号――ハイドロ、ブレイザアアアアアァァァーーーー!!!」


挿絵(By みてみん)


 カキイン! 小気味良い音を立て、魔球だつたものは、空の彼方へとぶつ飛んで行つた――つまり、ホームランである。

 蓋気は、がくりと地面に膝を突く。但し、今度のそれは、ストレス過多によるものではない。

彼の表情には、歓喜の色があり〳〵と浮かんでゐた。

 そも〳〵、蓋気が魔球を投ぐることに対して罪悪感を生ぜたのは、それが誰にも打ち取られないといふ前提の下でのことだ。だが、十三はその神話を吹き飛ばして見せた。土台が崩壊した今、最早、悩みも無意味である。

「うおっしゃああああああああああああああ!!」

 蓋気は、天を仰ぎ、有り丈の想ひを雄叫びに乗せて解き放つ。ぐ、と絞られた目の端からは、自然に熱いものが溢れ出してゐた。

「大分、気が楽になったようだな」

 一通り吐き出し終へ、落ち着きが戻つてきた所で、ダイアモンドを一周してきた十三が、彼に言葉を掛く。

「はい……打ってくれて、本当に有難うございます、十三さん」

 立ち上がつた蓋気は、涙を拭ひ、帽子を取ると、深〻と礼をした。

「いやいや、むしろ自分は、こんな荒療治(あられうぢ)をさせてしまって申し訳ないと詫ぶるべきなのだ。実の所、他に容易且つ効果的な方法は幾らでもあった。その中でわざわざこれを選択したのは、単純な自分の好奇心――消える魔球なるものを、直に体感してみたかったからなのだよ」

「十三さんも、野球をやっていたと聞きました。その気持ちは大いに分かりますし、俺の魔球を打てたのにも納得がいきます。……でも、そんな関心があって、凄い力も持っているのに、どうして辞めてしまったんですか? やっぱり、それを行使するのが怖かったからとか?」

 十文字三郎太は、蓋気同様、幼い頃から野球にのめり込み、将来はプロリーグで選手になるのではとも期待されてゐた男だ。中学校三年時の中学校総合体育大会では、その打撃力を遺憾(いかん)なく発揮し、チームを全国準優勝に導いた。それ程の力の持ち主だつた。だが、それ以降野球を遠ざくるやうになり、府立多摩西高等学校入学後はすぐさま眞理学部に入部、競技スポーツの世界とは完全に縁を絶つ。両親も、五郎太や他の兄妹達も、さうするに至つた理由に関しては聞かされてゐない。

 十三は、徐に顔を上げ、飛行機雲に目を()らすと、自嘲(じてう)気味に語りだす。

「悪いが、当時の自分には、そんな大層な力は無かった。出鱈目(でたらめ)に、我武者羅(がむしやら)にやって、その後に偶然結果がついてきただけのこと。――その日までは、君の様に深く思い悩むことも、なかったのだ」

 溜息を吐くと、今度は、傾ぎ始めた高い太陽に向かつて目を(ほそ)む。

「自分が野球を捨てることを決心したのは、約一年前、中総体全国大会の決勝を終えた時だ。自分達のチームは、さる学校の野球部を前に、敗北を喫した。二〇対〇、気持ちの良い位の惨敗だったよ。負けてすぐの頃は、まだ、より強くなって見返してやろうという気持ちがあった。だが、間もなくして気付いたのだ。勝った所で、一時の快感はあるが、その先には何の有益なものも残らないということに。だのに、ただ一つだけの勝利を必死になって、時には人を傷つけてまで奪い合う――そんな勝負の世界に嫌気が差したのさ。だから自分は、誰とも争うことがなく、人類共通の利益を生み出し得る眞理学へと(くら)替えしたのだ」

「人類共通の利益……」

 蓋気は、目から(うろこ)が落ちた思ひがした。彼の悩み――勝つ為に血の(にじ)む様な努力を重ねてきた人〻を、軽〻しく(くだ)してしまつた――を生み出す土壌を、十三は根こそぎ否定したのだ。

「あくまで、自分個人の意見だがね。気を悪くしたのなら、謝ろう。……それと、謝りついでに、もう一つだけ許して欲しいことがある」

「え?」

「実は、先程の打球は、自分の超能力によるものなのだ」

 蓋気の表情が凍りつく。

「自分の実力では、矢張り、消える魔球を打つことは不可能だった。異能の力――〈強引力(アトラクシオン)〉を使って、初めて対応することが出来たのだよ。目に見えなくとも、球をバットに引き付ければ、打つことは容易だろう?」

 詰まる所、問題は何も解決してゐなかつた。彼の魔球は、果然(かぜん)常人の手には余るものだつたのである。

「この先俺は、どうするべきなんでしょうか……」

 蓋気は、長い沈黙の後にさう尋ねた。

「それは、自分が口を出すべきことではないさ。人間の精神は、自由であって然るべきだ。自分は創造の道を選んだが、それを強制したりはしない。君がこの先も魔球を投げ続けるとしても、そのことを非難などするものか。外から見る分には、君は何の不正もしていないのだから。別に、答えを急ぐ必要もない。そう、結論を出すのはこの試合をすっかり終えてからだとしても、何も遅くはないのだ。――さあ、再開しよう。さっきのことで、緊張は解けている筈だ」

 蓋気の気分は、前と比較すれば、格段に軽い。今の状態ならば、ある程度までなら投げられさうである。

 十三の合図を受けて、呆けてゐた山ヶ岳が、タイム終了を言い渡す。それを受けて、打席には次のバツターが入つてきた。

「よーし、ばっちこーい!」

 エロスの権化(ごんげ)たるくノ一は、深く腰を落とし、バツトを右手一本で、しかも逆手に構へてゐる。何処から違和感を指摘したものか、非常に悩ましい所であつたが、蓋気は先づ、モラルの点を突いた。

「あの、ハルミさん。その、し、下着が……」

 晴美の腰布(スカート)は、かなり短い。お分かり頂けるだらう。

「うん? ――あー、そっか。私は別に、見られても平気だよ? 気にしない、気にしない♪」

「いや、俺が気にするんですが」

「正直俺も、この脚には辛抱が……」

「おい、明雄! あんまり見てっと、古典の単位を剥奪(はくだつ)するからな!?」

 しかし、晴美の方は、一向に居住まひを改むる様子がない。仕方がないので、彼は諸〻(もろもろ)の疑問に(ふた)をして、投ぐる体勢に入つた。

 深呼吸。的の確認。挙足。投球。普段通り放たれたボールは、いつもとは異なり、色を保つたまゝ明雄の許へと向かつてゆく。

 バゴン! (にぶ)い音を立てて、打たれた球が破裂した。正常な軌道を失つたそれは、空気に揉まれ、芝を(えぐ)つて地面に突き刺さる。

「何が、起きたんだ……?」

「あちゃー、思ったよりも(もろ)かったみたいですねー」

 蓋気の動揺を余所(ヨソ)に、忍者娘は、ぼけーと首を(ひね)つてゐた。そこに、センターの守備に就いてゐたトムから、アドバイスが入る。

「晴美、少しは手加減しろって。とんでもなく力強いんだからさ。という訳でガイキ君! 新しい球だ、受け取ってくれい! ――そうらっ」

 慌てゝ捕球体勢をとるものゝ、彼の右手の指を離れたボールは、誰もゐない、てんで見当違ひの方向に飛んでゆく。――だが、それを追ふ一つの影があつた。小さめの青いグローブである。それは、空中で目標を捕まへると、あからさまに不自然な軌跡を描いて、三塁は恵の手中に納まつたり。

「トム君ったら…。ノーコンなのに、無理しちゃ駄目だよ?」

「悪い。精神感応スラスターの扱いに慣れすぎて、その設定忘れてたぜ」

「もう、一人だけの身体じゃないんだから、しっかりしてね?」

 さう言ひつゝ、彼女は球を放る。その勢ひたるやあまりに弱〻しく、シヤボン玉の如くにふわ〳〵と空を飛び、やがて投手のグラブに到達した。

「何が、起きたんだ……っ!?」

 蓋気は、右手の中の真新しいボールを見詰め、今一度、その文句を口にせり。破壊された打球は勿論のこと、守備の勉がボールを持つていた時点で、彼にとつては既に不自然である。これは、一体何処から出現したのか? また、恵の周囲における物体の挙動も、見るからに不可解だつた。まるで、物理法則(ぢゆうりよく)を無視してゐるかのやうな――

「よーし、今度こそちゃんと打つからねー!」

 そこまで考へた所で、邦絵に構へを正された晴美が、次球を促す。蓋気はどうしたものかと逡巡(しゆんじゆん)したが、結局、魔球を以て彼女に相対することを決めた。手を抜いて、また壊される訳にもいかないと判断したのだ。

「じゃあ、マジでいきますよ。魔球第四号――ドラゴンカッター!」

 撃ち出された不可視の球は、遠心力で微妙に変形し、鋭い刃の様相をとつて突き進む。

 ズバ! 晴美のバツトに強かに打ち据ゑられたそれは、光を取り戻すと、放物線すら描かずに、グラウンドを仕切る金網を破つて消えていつた。

「また、やってしまいました……」

「あ~、済んだこた~もういいから、とっとと塁回って、それから飛んで行った(バル)探してこい。そいで、誰かに怪我させてたり、物壊したりしてたら、きちんと報告しろよ」

「はいー……」

 スフイアの指示を受けた晴美は、落ち込んだ様子で、足の裏から火を噴き出して浮かび上がる。そのまゝ、背中で炎を爆発させ、目にも止まらぬ速さで全てのベースに触れると、球の飛んだ方角へ進路を変へて飛び去つたのだつた。

「え、ええと……?」

 蓋気は、困り顔で、十三に目線を送る。

「晴美さんもまた、超能力の持ち主だ。〈発火能力(プロミネンス)〉といって、火炎を生み出し、操る能力さ」

「はあ、それは大体分かりましたが」

 しかし、それだけでは、魔球を攻略したことの説明がつかない。その、()え切らない雰囲気を察したのか、勉が十三の発言を補足する。

「ついでに言うと、あいつは、見た目通りの忍者でもある。特殊な訓練を積んでいるから、気配だけで物を捉える、なんてことも朝飯前なのさ」

「へ、へえ、凄いんですね……」

 実に突拍子の無い話ではあるが、蓋気は、それで納得した。こゝまで非常識的な出来事が続いてきたことで、受け入れ態勢が完成してゐたのだ。

 ここで、丁度いゝ機会だから、と、蓋気は保留してゐた質問を(いだ)す。

「あの、超能力を使える人って、世界に何人位いるんですか?」

「世界の定義をどうするかにもよるけど、地球人に限って言えば、大体六〇億人って所かしらね」

 セカンドの上で、白球を弄びつゝ(いら)ふのは理生だ。

「六〇億? それってつまり――」

「まあ、理生の言葉にゃ誇張(こちやう)もあんが、簡単に言やあそういうこったな。人間ってのは皆、使い方を忘れているだけで、超能力と見做(みな)される力を行使するだけのポテンシャルを持ってんだよ。実際に意識して使える奴は、今の地球上には一万人位しかいねえ訳だが」

 怪訝(けげん)顔の蓋気に、理世が主の言葉を解説した。聞いて、彼は、一応の安堵(あんど)の息を吐く。

「よかった、二五〇億分の一の確率で出現する特異遺伝子(いのうせいぞんたい)とかじゃなかったんですね。……それで、使えるようになる人の条件、みたいなものは、もう分かっていたりするんですか?」

「ああ。限界を超えた時、超能力は解放されるんだ」

 キランとメガネを輝かせつつ、トムが答ふ。

「何でもいい。肉体の限界、精神の限界、思考の限界――その先にある境地を認識することで、ある種のリミッターが解除される。それによって、俺達の魂を通じて、本体であるハイヤーセルフの能力を具現化出来るようになるんだよ」

「本体? ハイヤーセルフ? つまり、今こうしている俺は、本当の俺じゃなくなってしまったってことですか?」

「そういうのとは、また違うのよね……。結構込み入った感じになってるから、それについては、後でゆっくりじっくり教えてあげるわ。だから、今はただ、この超次元ベースボールを楽しみましょう?」

 言ふと理生は、蓋気目掛けて白球を放つた。再び素性の分からぬ物体を受け取つた彼は、首を捻りはしたものの、観念して次の打者に向き直る。

「さっ、ジャンジャンバリバリ掛かってきなさぁい!」

 右打席に立つ邦絵は、いやにスタイリツシユな構へを作り、それでゐてしきりに投球を促す。

真剣(マジ)でやってしまって、いいんですね?」

「当ったり前のこんこんちきよぉ! こちとら、それが楽しみでやってんだからぁ。手加減なんかしたら、承知しないからねぇ?」

「分かりました、そこまで言うのなら。魔球第六号、ボルトパライザーを使います――カマタさん、申し訳ありません」

「お、おい、一体何をする気だ?!」

 年長の威厳(いげん)をかなぐり捨て、(あは)てふためきにふためきまくる明雄。そんな彼を意識の外に除外して、蓋気は、いつも以上に念入りに呼吸を整はす。

 説明しよう。人間のそれを始めとするアストラル体には、それ〴〵固有の波長が存在する。呼吸法等を通じて肉体の波長をそれらとシンクロさせることで、火事場の馬鹿力的潜在能力の解放が可能なのだ。因みに、晴美や勉も、この方法を利用して強い力を発揮してゐる。蓋気が晴美のパワーに驚いたのは、彼の同調が不完全であり、劇的に強い膂力(りよりよく)を生み出すものではない為だらう。

 とは言へ、通常時よりも遥かに力を増してゐるのは事実である。彼は、アデノシン三燐酸(りんさん)(みなぎ)る筋肉に力を込むると、アクチンとミオシンの(すべ)りで生まれた運動エネルギーの全てを、握り締めた球に乗せて撃ち出す。

「ヴォルトッ、パライザアアアアアァァァァッ!!」

「うっ、何コレ、重っ……!?」

 運良く(しん)を捉へた邦絵だつたものの、それと同時に、彼女の腕を(しび)るゝやうな衝撃が襲つた。それでも、往年(わうねん)の野球アニメの一シーンばりに身体を()じり、何とか打ち返されたボールは、高いフライと化し、フアーストは理世の頭上を過ぎて飛んでゆく。

「おら、走れ故里姉!」

「先生ぇ、そんなこと言ったって、腕がビリビリしてヤバいんですってぇ。それに、あの軌道だったら、またホームランだと思いますよぉ?」

 確かに、そのまゝ何事もなければ、柵を越えて場外へと至らむばかりの勢ひである。――だがしかし、理生の曰く超次元野球は、さう簡単には終はらなかつた。

「ふふっ、甘いわね。……理世、今が翔け抜ける時よ!」

「やっとかよ。ったく、窮屈(きゆうくつ)なことこの上なかったぜ」

 理世の頭に光輪(くわうりん)が現れ、背中からは左右二枚ずつ、計四枚の(つばさ)が伸び出づる。跳躍(てうやく)の後、それらをして力強く大気を掻き、(またた)く間にボールの運動方向に回り込むと、難なくグラブの中に収めた。

「……あ、アウトー!」

 山ヶ岳は、愕然としつつも、何とか審判としての役目を果たす。

「ちょっとぉ、今の反則じゃなぁい?」

「しかし、空を飛んではいけないというルールはないですし……」

「ふんっ。点を取りたかったら、もっと(うま)い手を考えるこったな」

 クレームにたじ〳〵と受け応へる野球部長の頭越しに、守護天使はあからさまな挑発を行ふ。

 そんな光景を見ながら、蓋気は小さく呟いた。

「これは、面白くなってきたぜ……!」


 蓋気は続くスフイア・静代を凡退させ、そして、一回裏。

「今日のあたしは、毘沙門天(びしやもんてん)すらも凌駕(りようが)する存在よぉ!」

 丘の上に立つた故里は、一番打者の蓋気に、好戦的な眼差しを送る。

「は、はぁ」

「あんたが見えない魔球なら、あたしはその逆をいってやるんだからぁ!」

 さう言つてソフトボールの要領で放られた球は、蓋気のそれを数段下回る速度で空中を進む。その途中で、輪郭(りんくわく)がぶれたかと思へば、それは二つに分裂してゐた。と、それに留まらず、更に倍々となつて、最終的に二五六個のボールが、蓋気と捕手の十三の許に殺到(さつたう)す。

「うわぁあああ!?」

 どれを狙ふべきかも定めかねてゐる内に、山ヶ岳のコールが響く。

「ボ――いや、ストライク!」

「どぉ? あたしの増える魔球の味はぁ!」

「その言い方だと、まるで乾燥ワカメのようですよ」

 ふんぞり返る投手に、十三は、球と共に見事に的を外した指摘を返す。

「何よ十三ぉ、水注()さないでくれるぅ? まあいいわぁ、次行くわよぉ!」

 大きく振りかぶつて投げられた次球は、数と速度をそのまゝに打者に近づいてゆく。……但し、問題はその大きさだ。蓋気の近くに来る頃には、それは何と、優に四尺を超すまでに巨大化してゐた。

「うっへぇえええ!?」

「すすっ、ストライク!」

 またもや、蓋気の腕は動かなかつた。

「どぉよ? あたしのデカくなる魔球の恐怖はぁ!」

「もう少し、マシなネーミングは無かったのですか?」

 十三は、球と共に、いらぬ苦言を投ぐ。

「ちょっと十三ぉ、あたしの芸術的センスにケチつける気ぃ? まぁ、それは後で聞くとしてぇ、この一球で決めさせて貰うわぁ!」

 手を離れた白球は、赤いレーザービームと化して、ものの一瞬で十三のミツトの中に飛び込んでゆく――やうに見えたが、実際は、光線の中を普通の速度のボールが進んでゐるだけだつた。

「ん、うぅううん?!」

 だが、蓋気には極太のレーザーの中を見通すことは適はず、()へ無く邦絵の魔球の軍門に(くだ)る羽目になる。

「ス……トライッ! バッターアウト!」

「ふふん♪ ま、上には上がいるってことよねぇ」

 したり顔で、彼女は蓋気に向けて説く。

「邦絵さん、少し大人げないのでは」

「何言ってんのよ十三ぉ、能力使いまくれって言ったのはあんたじゃなぁい。今更、止めろなんてことは言わせないわよぉ? さ、次いこ次!」

 応じて、言葉を失つてゐた蓋気の許に、二番打者の理生が歩み寄る。

「魔球を投げられた人の気持ち、少しは分かったかしら?」

「はい……」

 彼の表情は暗い。今まで想像の域を脱せなかつた情報が、確かなリアリテイを伴つて突き付けられたのだから、無理もないと言へる。中には、十五のやうに肯定的な受け取り方をした者もゐるのだらうが……それでも、多くの人間にかくも辛い思ひをさせたといふ事実は、蓋気の胸に深〻と刻み付けられた。

「よろしい。じゃあ、下がって見てて頂戴。(かたき)は取ってあげるわ」

 彼女は、びし、とバツトを投手に向けると、居丈高に声を上ぐ。

「さあ、邦絵ちゃん。私が出てきたからには、キミの天下もこれまでよ?」

「理生さんが相手なら、あたしも全力を出すしかないですねぇ!」

 不敵な笑みを浮かべた邦絵は、髪を野菜の星の超戦士ばりの浅黄に染め、全身から(あか)のアウラを立ち上らす。単に光を操作しただけのハツタリではあるが、それの(もたら)す威圧感は相当なものだ。

「せぇのっ……――覚悟ぉっ!!」

 彼女の左手を離れた球は瞬く間に紅蓮(ぐれん)の炎に包まれ、ぐん〳〵と四方に燃え広がると、大鷲(わし)の形を成した。音や熱がないので今一臨場感には欠けるが、全くの無音でそれが迫つてくるのも、中〻どうして不気味である。

「わお、やるじゃない!」

 しかし理生は、楽しげに笑ふと、至つて冷静にバツトの持ち方を変へ、ボールの予測軌道に重ねたり。

 コン、と間の抜けた音がし、打球は、五mほど先の地面へと落つ。

「あ、あの流れでバントぉ……?」

 気の抜けた風の邦絵。さりとて直ぐに持ち直し、転がつてきた球を拾ひ、一塁目掛けて投げむとす。

 だが、そこには既に彼女の姿が。そしてそれは、次の瞬間には消え失せてゐた。

「わんっ」「たんっ」「めんっ――と、一丁上がり!」

 二塁、三塁、本塁と瞬間移動(テレポート)した理生は、ふあさ、と滝のやうな(びん)をかきあげて、涼しげな表情を作つてゐる。

「セ、セェーフ!」

 剣の宣告に頷き、燃え尽きて真白になつた邦絵に秋波(ながしめ)を送ると、彼女は、ベンチに控へる蓋気の所へと戻つてきた。

「必殺、バント・ジャンピング・ホームラン。どうかしら、坊や?」

「は、ははは……本当、凄いです。というか、俺の超能力って、こうして見ると結構ショボかったんですね」

「そんなこと言わないの。キミのハイヤーセルフが頑張って演算してくれた、とっても素敵な力よ? それに、元々転移の素質はあるから、もっと練習したり応用したりすれば、さっき私がしたみたいなテレポートも夢じゃないと思うわ」

「そういうものなんですか?」

「ああ、そういうもんだ」

 疑はしげに首を傾ぐる蓋気に、脇から理世が口を出す。スペースをとらぬやう小さくしてあるものゝ、背中に生えた翼は健在であり、全き(しろ)の輝きを以て余す所なくその存在感を振り撒いてゐる。頭上の輪と合はせてつく〴〵見詰めると、彼は、彼女に尋ねかけた。

「この羽根も、超能力の作用だったりします?」

「いいや。これは、歴とした身体の一部だぜ」

 ぱた〳〵と動かして、風を起こしてみせる。生み出されし空気の流れがそこから熱を奪ふのと同時に、彼の顔面は驚きに(ゆが)む。

「と、いうことは、もしかして本物の天使? それか妖精? それとも、まさか、社会の闇に存在を抹消された翼人とか?!」

「ざ~んねん、どれもハズレよ。私としては、前二つの表現も嫌いじゃないけどね。――今の理世は、私が物質創造能力で創り出した身体(ホムンクルス)に、理世の霊体を憑依させたものなの」

人造人間(ホムンクルス)ッ!? そんな、り、倫理面の問題とか、ないんですか?」

 がく〳〵と(あご)を震はせつつ、蓋気は問うた。人のクローニング等といつたことは流石に禁止されてゐる故、人造人間といつたものの製造にも、何らかの規制が掛つてゐるのではと考へたのである。

「心配ねえ。ちゃんと、天皇陛下と富士山様のお(すみ)付きだ」

「それなら、いいんですが……」

 彼は、煮え切らない態度で引き下がる。

「そうね、ガイキくん。一つ言っておくわ。真に人間の生まれてくる意味を知った時、その先にくる倫理観は、従来までとは大きく変わるのよ」

「例えば、どんな風にです?」

 想像が及ばず、詳細を求む。しかれど、理生は(つや)やかな下唇に人差し指を添へ、悪戯ぽく微笑んだ。

「まだ内緒。そこら辺のことは、あとで纏めて説明するって言ったでしょ? あんまり急ぎ足だと、あの金髪のコに嫌われちゃうわよ?」

「何でそこで、リチャードソンさんが出て来るんですか! そもそも、俺は、突っ走っていくあいつの、暴走を引き止める役回りですから」

「うふふ。そうやってムキになる所が、また怪しいわね♪」

「もう、からかわないで下さいよ……」

 蓋気は、疲れた顔で溜息を吐いた。それでも何か言いたげな理生だつたものゝ、先手を打つた理世が彼を翼蔽(よくへい)したことで、どうにか不発に終はる。

「理生の御節介にも、困ったもんだぜ。ところで坊主、手前、道を探してんだってな? だったら、あたしからもヒントをやろう」

「何ですか?」

 白い光の中で、蓋気は、響いてくる声に耳を傾ぐ。

「力はな、無理して使うことはねえんだ。起こしたことの責任が保障できかねる時や、誰かを傷つけるかも知れないと判断した時は、遠慮なく使用を止めていい。周りがどう言おうが、力があったら使わにゃなんねえなんて義務は、手前にはねえんだからよ」

「無理に使わなくていい……」

「ああ。だが、誰か大事な奴が苦しんだり、悲しんだりしている時は、迷わず力を使え。全力以上のパワーを振り絞って、そいつらを助けてやるんだ。それが、力を手にした奴の宿命なんだよ」

 彼は、胸の上に手を置いた。眞理学部の人達には超能力があつて、それを、多くの人〻の役に立てようとして研究してゐる。曲解からの(そし)りや何やらは(まぬか)れ得ないだらう。だが彼らは、そんなリスクを(をか)してまで、本来使はなくてよい力を他人の為に用ゐてゐるのだ。さう、今だつて。和気藹々(わきあいあい)とやつてはゐるが、実際は蓋気の為に力を尽くしてくれてゐる。

 それは、もしかすると、単に手にした道具を使はずにはゐられないといふ、欲求の発露かも知れない。しかしそれでも蓋気は、子供心に、彼らを格好良いと思つた。

「……ありがとうございます、リヨさん。俺、自分がどうしたいのか、答えが見えてきたような気がします」

「そりゃ、良かったな。あたしは人間じゃねえから、手前の気持ちはあまり分からねえんだけどよ。でもまあなんだ、とにかく頑張れ」

 さう告ぐると、理世は翼の防御(ばうぎよ)を解く。

「二人で、一体何を話してたのかしら?」

恋話(こいばな)、ってことにでもしといて下さい」

 何となく、言つては駄目さうな雰囲気だつたので、蓋気は適当に誤魔化すことにした。だが、さうしたらさうしたで、理生の方が、妙に不機嫌な感じになつてしまふ。

「幾ら理世の頼みでも、〈彼〉だけは譲れないわよ?」

 何とも、男冥利に尽きる台詞だ。

「んなこた、先刻承知の上だ。――つうか、時間的に、そろそろあたしの番なんじゃないか?」

「ん、そうなんだけど、トム君が…」

 五番打者の恵が、嘗てよく見せてゐた困り顔で、球場の方を見やる。

「ちょおっとトム先輩ぃ! 三十九連続ファウルとか、どぉいうつもりですかぁ?! 温厚なあたしも、終いにゃ(いか)りますよぉ!!」

「チミが、変な球ばかり投げるからではないのカネ? アテクシは、毎回しっかりバットに当てているザマス!」

「黙れ、このノーコン! ノータリン! あーもぉウザい、とっとと空振りするなりバントするなりで、バッターボックスから出てけぇ!!」

「チッ、これだから、最近の若いモンは……」

 普通に投げられた白球が、構へられたバツトに当たり、短い距離を飛んでから転がつてゆく。出塁した勉は何とか一塁に滑り込んだが、その後左脇腹に邦絵怒りのキヤノンボールがめり込み、ぐえゝと悲鳴を上げたり。

「トム君!?」

「やれやれ、何やってんだかね。……んじゃま、適当に行ってくるぜ」

「はいっ、頑張って下さい!」

 理世は、ふ、と蓋気に目線を遣り、打席へと飛び立つた。

 真つ向唐竹割り打法で芝生に打ちつけられ、何十mも跳ね上がるボールを見てゐると、彼は、ふと胸に()き上がるものを感ずる。高揚(かうやう)、ともまた違ふ。――(むし)ろそれは、郷愁(きやうしう)と呼ぶべきものだつた。

 小さい頃から、長らく続けてきた野球。練習に練習を重ねた、あの忘れ得ぬ日〻。情熱は今も変はらない。どころか、持てる力をフルに使つた超次元ゲームを()て、より大きくなつてゐる。……だが、それも、今日を限りにお終ひだ。

 本来誰にでも備はつてゐる能力――さうは言はれても、結局、蓋気の中の罪悪感は消えてゐない。後悔もまた、そのまゝの形で残つてゐる。罪を(つぐな)はずして復帰することなど、彼には到底考へられなかつた。

 意識を現実に戻すと、サイコキネシスを受けた恵の打球と帰還した晴美とが、空中で鬼遊びをしてゐる様が目に飛び込んでくる。

「みんながあんな風に超能力を使えたんなら、きっと、もっと楽しくなる。そんな世界を目指して行動することが、多分、俺に出来る、一番の罪滅ぼしの方法なんだ。上手くやれる自信はないけど……」

「大丈夫だろ。眞理なんてのは、普通にそこら辺に転がってる物だからな。意識してそれを追っていれば、するべきことは自然と見えてくるさ」

 脇腹を押さへたトムが、蓋気の独り言を拾ふ。

「何か、コツとかはあるんですか?」

「取り敢えずは、物事を注意深く見て、出来るだけ多くの情報を集めとけ。そうすりゃ、ある時突然閃(ひらめ)いて、思いもよらない(つな)がりが見えてくる。……まあ、困った時は、十三辺りに相談してみるといいぜ」

「はあ、なるほど」

 内心、ハードルが高さうだなと思ひながらも、彼は頷いた。と、そこで、天使から声が掛る。

「次は、手前の番だぜ。二死の一塁だが、やりようによっちゃ、どうにでもなんだろうよ」

「あ、はい。今行きます!」

 真部夫妻達の激励を背中に受けつつ、蓋気は、最後の試合を楽しむべく、気合を入れるのであつた。



「ゲーム!」

「「「「「「「「「「「「ありがとうございました!!!」」」」」」」」」」」」

 戦ひ終はつて日が暮れて。審判山ヶ岳のコールを受け、向かひ合つて並んだ二つのチームは、一斉に礼をせり。めい〳〵に感想を口にし散つてゆく中で、蓋気は一人、帽子を握り締め、部長の前に歩み出でる。

「キャプテン。今日は、こんな滅茶苦茶なことに付き合って頂き、本当にありがとうございました」

剣は、おう、とただ一度頷くと、それ以降は何も(しやべ)らない。

「あの、キャプテン、実は俺――」

 意を決し、蓋気が言ひ掛けた所で、彼は右手を上げてそれを制した。

「分かってるぞ。野球、やめるんだろ?」

 図星を突かれた蓋気の心臓が、ドキリと()ぬる。

「ど、どうしてそれを?」

「おかしいとは思っていたんだ。普通に考えて、そうそう球なんて消せるもんじゃない。何かおかしなことが、常識を外れたことが、お前に起きている。そういう思いはあった。でも俺は、それを見て見ぬふりをしてきたんだよ。――勝つ為にな」

 そこまで言ふと、彼は、蓋気の両肩をがしと掴んで、(うつむ)く。

「だがそれは、間違いだった。今日の試合を見てようやっと分かった、最近のお前は、野球を全然楽しんでなかったんだってな。突然自分の中に力が現れて、それで、悩んでたんだよな。なのに俺は、ただただお前の魔球ばかり見て喜んで、あてにして、お前自身を見てなかった……そんなのは、キャプテンとして、失格だろう」

 手には自ずと力が籠り、剣の眼からは、いつの間にか涙が(したた)つてゐた。

「そんなことないですって、キャプテン! 最初の頃は俺も調子に乗ってたし、その後も、俺は、自分の意思で魔球を投げてたんです! 一所懸命に頑張るキャプテンを、勝たせてやりたかったから……」

 蓋気は、声を大にして部長を擁護する。

「まだ俺を、キャプテンと、呼んでくれるのか?」

「当たり前ですよ! キャプテンはキャプテンで、例えキャプテンじゃなくなっても、キャプテンはずっと、俺のキャプテンです!」

「ありがとうな、ガイキ……」

「それに、俺、別に野球が嫌いになっちまった訳じゃないんです。今日の試合(レク)だって、本当に楽しかった。未練がないと言えば嘘になるんすけど、あんな酷いことしておいて、それでも平気な顔で続けるなんて、俺には無理ですから……。だから、代わりに、皆が今日みたいな形で楽しめる様な世界を作ることで、罪を償おうと思ってるんです」

「そうか。それが、お前の出した、答えなんだな。……俺は、弱いから、野球をやめることは出来ない。だが、お前みたいな辛い思いをする人は、もう二度と、俺の周りから出さないと約束する」

「そういう風に考えられるキャプテンは、やっぱり、強いですよ。教訓を持ってる人がいるってことは、チームにはかなりのプラスですから。俺がいなくなっても、きっと大丈夫です」

「ああ、任せとけ! にしても、くそう、淋しくなるな……ッ」

 剣は、蓋気に(すが)ると、暫くの間おい〳〵と泣きじやくつた。やがて落ち着けば、彼は、元・魔球少年の身体の向きを変へ、強く背中を押す。

「さあ行け、ガイキ! ちっぽけな野球場は、お前の器には狭すぎる!」

「うわっ、ととと! はい。今まで、本当にお世話になりました。さようなら、キャプテン……」

 振り返り、一礼した彼は、再び反対側を向く。そこには、今日一日彼と行動を共にした、眞理学部以下、仲間達が立つてゐた。

「どうやら、ケリがついたみたいだな」

「トムさん……。眞理学部の皆さんには、一体何とお礼を言っていいのか分からない位、感謝してます」

「気にするなよ。俺達は、慈善事業でやっているんだ」

「ま、それでもどうしても礼が言いたいってんなら、その分だけ、他の誰かを助けてやれってこった」

「はい、リヨさん。俺、一人でも、ちゃんとモトジと仲直りして、姉ちゃんを元に戻して見せます!」

 別れを前に決意を新たにした蓋気だつたが、それに対しての眞理学部他の反応は、豪く拍子抜けしたものだつた。

「おいおい、何言ってんだ? 問題抱えて困ってるガキをみすみす見逃すほど、あたしゃ教師として落ちぶれちゃいね~さね」

「教師云々はいいとして。ほら、私達、結構暇な身の上なのよ。私も、目下のお仕事は全部片づけちゃったし、〈彼〉は手の届かない所にいるし」

「ということは、つまり――」

「あたし等は、まだまだ干渉する気満々な訳ぇ」

 邦絵の言葉で、黄昏時だといふのに、彼の顔に明るい光が差す。

「暗黒病の友達ことなら、任せておいて」

「あっ、私も一度、暗黒病と手合せしたことがあるんだよー!」

 恵と晴美が、経験者の貫録を見せる。

「皆さん、ありがとうございます……!」

「オイオイ、あたしも忘れないデくれヨー?」

「勿論、僕だって、出来る限りのことは手伝うつもりだよ」

「十五、リチャードソンさんも……」

「そうと決まれば、明日も、今日と同じ感じでいこうか」

「ですね! ――あ、いえ、集合は、上田(うえだ)駅がいいと思います。距離的に、そっちの方がモトジの家に近いんで」

「なら、明日一〇〇〇に、上田駅に集合ね! Aufwiedersehen!」

 そんな言葉を残すと、眞理学部は、本拠である東京都府へと転移していつたのだつた。

(続く)


挿絵(By みてみん)


「お茶の間の皆さん、ご機嫌麗しゅう。わたくし、『皇國からの救世者達』メインヒロイックヒロインの、理生=テスラでしてよ」

〈おいおい、今度は一体何の心算(つもり)だ? 激しく似合わねえ口調してからに〉

「先程レミーさんとお話しした時、ちょっと喋り方をスワッピングしてみましょう、ということになったのですわ」

〈ったく、紛らわしいことしやがる。大体、あんなに人数いんのに、今回序盤にしか出てねえレミーをネタにしても、読者的に反応に困るだろうが〉

「別に、ネタにしている訳ではありませんことよ。これはあくまで偶然、タイミングの関係で生ぜた奇蹟ですわ。それを言うなら、理世の方こそ、スフィア先生と勘違いされているのではなくて?」

〈んな訳あるか。結構目立ってたし、別にわざわざ言わずとも、あたしだって分かんだろ。それに、括弧(かつこ)だってスペシャルだ〉

「そうかしら? 盟約に従い、その姿を我の前に示せ――召喚(サモン)!!」

「ひゃあっ!? ……い、いきなり物質化すんなばかっ!」

「ふっふ~♪ これでもう、スペシャルで模擬戦で二千回だなんて言えないわね。いい気味だわ。〈彼〉の特別な人は、私一人で十分なのよ!」

「そんな意味じゃねえし、後ろ二つは言ってねえ! ……というか、早くもお嬢様言葉が抜けてやがるよな」

「もうこんな時間でございますのね。では、次回予告をさせて頂きますわ」

「よくもまあ、いけしゃあしゃあと……」

「蓋気君のお友達、右近素士さんは、奇病・暗黒病に苦しみながらも、敢然とそれに立ち向かってゆく、強い子らしいですわ。暗黒病と言えば、恵さんが患っていて、先日まで皇都の病院に入院していましたわね。わたくしとトムさんとで治したのはいいですけれど、そこの先生には、悪いことをしてしまったわ……。――そんな感じの次回第三+四話で、是非ともまた、お会い致しましょうね」

「結局、キツキツじゃねえか。はあ、銀河の未来が心配だぜ……」


この物語はフイクシヨンであり、実在する人物や団体等とは、関係がない場合が殆どです。

尚、本作は、http://ncode.syosetu.com/n8256q/のスピンオフ作品となつてをりますので、宜しければそちらもご覧下さい。

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