独身女性の夢・希望
女性の幸せってなんでしょう?
「夢・希望、ありますか?」
新聞の広告に、そう書いてあった。
夢。
希望。
なくちゃいけないの?
真奈美はつぶやいた。
夢・希望なんてない。
真奈美は38歳独身。1人暮らしだ。
趣味も特技も資格もない。
彼氏はいない。いたのはいつのことだっただろう。
真奈美自身、考え込まないとわからないくらい月日が経っていた。
毎日、職場と古いアパートとの往復。
マンションをローンを組んで購入しようかと思ったこともある。
だが、この地に骨を埋めるのかわからない。
躊躇して、今に至っている。
結婚・出産も、したいともしたくないとも思わない。
ただ、生きているだけ。
それが今の真奈美だった。
7月の日曜日だった。
真奈美が、これからどう過ごそうかボーっとしているときに、インターホンが鳴った。
真奈美は、どきりとした。
昼間とはいえ、女性の1人暮らし。
「怖い」
おそるおそるのぞき穴から外を窺う。
見知らぬ中年の女性が立っていた。
女性ということもあって、真奈美は恐る恐る玄関のドアを開けた。
「こんにちは」
中年女性が真奈美に微笑んだ。
母親のような優しい笑顔だった。
「あの…ご用件は」
真奈美は恐る恐る聞く。宗教の勧誘かもしれない。
真奈美はセールスなど、断るのが苦手だ。宗教の勧誘も断るのは苦手だった。
「これ、あなたにプレゼント」
中年女性は、真奈美にリボンのかかった箱を見せた。
「大丈夫よ、爆弾じゃないから。怖いなら、私がここで開ける?」
中年女性は、真奈美の用心深い性格を知り尽くしているかのように言った。
「スミマセン、私、怖がりで…」
真奈美が言い終わる前に、中年女性は包装紙を慣れた手つきではがし始めた。
真奈美は黙って見ていた。
箱から出てきたのは、スカーフだった。
ベージュに近いオレンジ色の、鮮やか過ぎない落ち着いた、品の良い色だった。
「キレイ」
真奈美はつい、口から出た。
「今のあなたに必要なものよ」
中年女性はそう言って、真奈美にスカーフを手渡した。
真奈美があっけにとられていると、中年女性はじゃぁね、とドアを閉めて去って行った。
慌ててドアを開けたが、中年女性の姿はどこにもなかった。
「いいのかな、もらっちゃって」
真奈美は、そのスカーフが気に入った。
今すぐにでも、身につけて、散歩したい気分になった。
そうだ。このスカーフに似合う服でも買おう。
真奈美は最近服を買っていなかった。
老後が心配、とお金を使えなかったのだ。
だが、真奈美はスカーフを手にし、そんな気持ちは吹き飛んでいた。
持っている服の中で、スカーフに似合う女性らしい服を着て、真奈美はデパートに出かけていった。
デパートではちょうど安売りをしていた。
拍車がかかった。
バックや靴も買ってしまった。
買ってしまうと、真奈美も38歳とはいえ、女性だ。身につけたくなる。
そして、出かけたくなった。
外出が多くなり、知人が増えた。
その後、男性との出会いも増えたが、やはり結婚はしなかった。
シングルなんて怖くない。
今、真奈美は、幸せである。
45歳、独身。
夢・希望、具体的にはない。
でも。
だから何?
今の生活が楽しい。幸せだ。
この生活を続けることが、夢・希望、なのかもしれない。
真奈美を結婚させようか迷いました。
女性の幸せ。
人それぞれですよね。