第1話:始まりの足音
10月1日、その日の朝北関東を襲った震度3程度の地震のために
東京の街全体にそわそわとした浮ついた雰囲気が漂っていた。
交通機関にも当然に乱れが生じ、多くのサラリーマンや学生が最寄駅のホームで立ち往生していた。風はほとんどなく、天気も曇ってはいたが、雨など降ったりする気配が無いのがまだ救いであった。
朝の情報番組も、もっぱらこの地震による交通機関の乱れの話題に終始していた。お馴染みのコメンテーターは、自然災害に対する東京の脆弱さを嘆き、そしてそれを強引にも地方分権が進んでいないせいだと結論づけていた。この地震を喜んでいるのは、前日の二日酔いでうっかり寝過ごしたサラリーマンくらいしかいないはずだとも笑えない冗談をコメントした。地震は人々の生活のリズムを狂わせはしたが、それによる犠牲や死傷者は全くでなかったためか、テレビから切迫した緊張感は感じられなかった。ただ淡々と責めを負うべき必要が無い事実を報告しているように思えた。
締まりの無かったテレビ番組に一気に緊張が走ったのは、紺色のセーターを着た、いかにもディレクター風の男が画面に割り入るようにして一枚のA4サイズのペーパーを女性キャスターの目の前に置いたときだった。
その、まだ20代前半だろうと思われる女性キャスターは、そのメモを一瞥しただけで、それまでのひきつった愛想笑いを止め、変わりに初めてブラウン管に登場したタレントのような、どうにもぎこちない真顔を作った。
臨時ニュースです、と声の調子を幾分落として言った。
「今朝、7時過ぎ頃、東京中野区の自宅で衆議院議員松本文彦氏、58歳が自宅で死亡しているのが発見されました。今朝出勤した家政婦が発見しました。頭に殴られた形跡があることから警察は殺人事件として捜査する予定です。松本議員は独身で、一人暮らしでした。現在のところ詳しいことはまだわかっておりません」