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春隣  作者: 桜木結実
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第九話 真実の破片(6)

 直也と和馬は早目に宿舎を出発して、街の様子を見てから製鉄所に向かうことにした。

 ゆっくりとした速度で歩き、街の空気を深く吸う。真砂の近くにある高浜港とは、雰囲気が大分違っていた。都に運びこまれる荷物が主流なだけあって、裕福そうな商人の姿をあちこちで見かける。

 一日の始まりを告げる、朝の光――。

 だが、都を支えるこの港に漂うのは、浄化された清々しさではない。

 一晩中放たれ続けた熱気の名残が夜明けの寒さで凍結し、朝の光を浴びて除々に溶け出し始める……。

 そんな活気だった。

 直也も和馬も、黙って歩く。

 直也は、昨日の和馬の様子について考えていた。


 昨日、原口が橘の屋敷にいたこと、そして死んでいたことについて、広瀬さんが全く驚いていなかったのは何故なのか――。


 その答えが直也の頭にこびりついて、離れない。

 たったひとつの答が、いつまでも居座っている。

「広瀬さん、お早いですな。もう視察においでですか」

 船が停泊する海岸沿いを歩いていると、小太りの男が声をかけてきた。橘と深いつながりがあり、造船を請負っている佐山勇蔵という商人である。豪商なだけあって、和馬や直也より数倍は仕立てのいい着物を身につけていた。

「やあ、佐山さん。まだ造船所は開いていないだろうと思って、先に製鉄所へ行こうとしているところですよ」

「おや、そうですか。水越殿は最近おみえになりませんでしたな。立派な船ができましたぞ。広瀬殿、いかがです。急ぎのご用事でなければ、先にこちらを見にいらっしゃいませんか。」

「そりゃ、かまわんが。どうする、直也。船を見たいか?」

「はい!」

 直也の素直な反応に、勇蔵は満足気だ。直也が船の見学をとても楽しみにしていると知っていた和馬は、にやにやしている。

「では、参りましょう」

 和馬は勇蔵と並んで歩きながら、馬の話を始めた。

 勇蔵は海神の中でも最有力の商人だ。岩塩の流通も、勇蔵と他の有力な商人が組んで仕切っている。今回の造船とて、橘の資金だけでは到底足りない。橘と勇蔵等の大商人が資金を出しあって、色々なものを揃えているのだ。

「水越殿、あれがそうですよ」

 勇蔵が指さす方向には、白い帆をはったひときわ大きな船が、十数隻の小船を従えて停泊していた。

 鋼で補強された、力強い船体。小さな窓からは、近年開発された火薬砲がのぞいている。優美さなどどこにもなく、無骨ですらある。

 けれどその姿こそ、新しい地を切り拓くに相応しい。

「すごい……」

 あの船が大海原に乗り込み、疾走し、橘を一層の繁栄に導くのか……!

「満足いただけたようですね。あの船ならば技術者や金塊も、風に左右されないで運べます」

 九年前の討伐隊派遣の時、大山脈の向こうに金脈が眠っているとの情報が入り、将一の父は調査の人間を派遣した。そして彼らは小さな金塊と、予想よりも大規模な金脈の存在を報告してきた。だが当時は金脈を探る準備ができていなかったので、宝の山を前に撤退するしかなかった。その後、将一の父は亡くなったが、息子の将一の代になりようやく機会が巡ってきたのだ。これが、討伐隊の総指揮官に将一がこだわる理由のひとつであり、勇蔵等が気前よく協力する訳でもある。現在の貴族の資金力、そして統率力では、とても未開の地を切り拓くことはかなわない。

――あの船が橘の未来を運ぶのだ。橘はこれからますます強大になる……!

 その想いは、少年期を脱したばかりの直也を奮い立たせるのに十分だった。

「うわあ、すごいですね、牛島さん! 僕、こんなに沢山の船を見たの、初めてです!」

 直也がまだ見ぬ大地に想いを馳せていると、突然大きな声が響き渡った。

「こら、若松! 勝手に近寄るな! あ、これは広瀬殿。新人が失礼をいたしました」

「君が若松くんか。貴船殿のばあやさんの孫だろ?」

 和馬は大声の主の噂を、とっくに耳にしているらしい。当たり障りのない笑みを浮かべながら、湊に話しかけた。

「僕、そんなに話題になっているんですか? 何回もそう言われたんですけど」

「そりゃ、あの貴船殿が笑顔で話していた相手となれば、話題にもなるさ。都は初めてかい?」

「はい! 珍しいことばかりで、昨夜は興奮して眠れませんでした!」

「あはは、元気がいいなあ。直也、少しこの辺りを案内してやれよ。かまわんだろ、牛島」

「はい。道に迷うなよ、若松」

「はい!」

「牛島は、一緒に茶でもどうだ」

「すみません。せっかくですが、すぐに隊舎へ戻らなければならんのです。今度、ぜひご一緒させてください」

 そう言って、牛島は足早に歩いていった。

「じゃあ、行こうか。広瀬さん、一時間ほどで戻ります」

「ああ」

「よろしくお願いします。えっと……」

「ああ、俺は水越だ」

「水越さん、よろしくお願いします!」

――なんだか素直で、ちょっと面白い奴だなぁ。もしかして、広瀬さんもこんなふうに俺を見ているのかな。

 そう思うと、直也はなんだか胸の奥がくすぐったくて、口の端がわずかに上へ動いてしまった。


「牛島さんの班はどうだい?」

 直也は、湊を海守の丘という場所に連れて行こうと思った。小高い丘からは港の景色がよく見えて、途中にも色々な店がある。雪菜だったら全く興味を持たないような類の店ばかりだが、湊なら幾つか気に入る店もあるだろう。

「まだ、よく分かりません」

「あはは、そりゃそうだ」

「殺された原口さんって人、水越さんはご存知ですか?」

「いや、俺は全く知らないな」

 声に緊張感が混じっていたかもしれない。直也はしまったと思ったが、湊は全く気付いていないようだ。

「昨日、牛島さんが色々と教えてくれました。野犬に食い散らかされてはいたけれど、殺人の証拠らしきものがあるそうです」

「ふーん……。それは、なんだい?」

「背中に貫通した刃物の後があるそうですよ。それと背中側の肋骨に少しだけヒビがはいっていたので、間違いないだろうって」

「そうか」

 背中側の肋骨にヒビ……。

 やはり犯人は、刀を使った男か……? 

 直也の口数が減ったのを、変だと思ったのだろう。

「あの、僕、なにか失礼なことをしましたか?」

 湊が心配そうにたずねた。

「いや。そんなことはないよ」

 そうは言いつつも、直也の気持ちは重くなるばかりだ。

 湊は直也の否定に安心したのか、すぐに笑顔になった。そして初めて見る店の品々に、目を丸くして驚いていた。


 直也が造船所に戻ると、和馬が書類を用意して待っていた。

「直也、悪い。これを小早川殿に届けてくれ。神原と貴族の手の者には、気を付けて行けよ」

「はい」

 書類を受け取りながら、直也は変化してしまった自分の感情を、改めて認識する。

――広瀬さんじゃない。そう信じたい。

 そして、思う。

 いつか、この迷いをふりきる答えが出るのだろうか。

 たとえ出たとしても、果たして自分は受け入れられるのか。

 もしも一番認めたくない現実をつきつけられたら、俺はどうするのだろう。

 街の喧騒にさらされながら、直也は同じ問い掛けを何度も自分に投げつけた。


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