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春隣  作者: 桜木結実
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第八話 真実の破片(5)

 英樹が庭石に座り、少し離れた右側に吉住が立っている。吉住の反対側――英樹の左隣には、見知らない少年が立っていた。

「遅かったな。貴船殿がお待ちだぞ」

「すみません、ちょっと話しこんでしまったので。貴船殿、失礼いたしました」

「湊、この者が黒川だ。おまえは別の班に入るが、一応この二人にもひきあわせておこう」

「若松湊です。よろしくお願いします」

 屈託のない、明るい笑顔だ。この少年には、どこにも翳がない。

「湊は私のばあやの孫だ。まだ都に慣れておらんのでな。まずは簡単なことを手伝わせようと思う」

「黒川泰史です。初めまして」

「黒川とは年も近いし、話もあうだろう。仲良くしてやってくれ」

「はい」

「では、湊。頑張るのだぞ」

「はい!」

 英樹が立ち上がると、湊は頭が取れそうな勢いでお辞儀した。吉住と泰史も一礼をとる。英樹は満足そうに頷いていた。

「びっくりしたなぁ。あの貴船殿が、ずいぶんと親しげなんだね」

「僕が赤ん坊の頃からご存知なので。子供の頃は、一緒に遊んでくださったんですよ。今回も祖母のわがままをきいてくださって、感謝しています」

「――?」

「あ、僕、今度結婚するんです。おまえは世間知らずだから、家庭を持つ前に世間の荒波をかぶってこい、と祖母に言われて、このお屋敷を紹介してもらったんです」

「へえ。婚約者はどんな人?」

「僕より五才年上で、しっかりした美人です。早く会いたいなあ……」

「一緒に都へ連れてくればよかったじゃないか」

「本人に“あたしがいたら、あんた仕事になんないでしょ”って言われました」

 ぷっ。

 泰史は思わず吹き出した。

「僕、早く一人前になって、彼女を都に呼べるように頑張ります。なんでも言いつけてください!」

「そうだな、がんばってくれ。黒川、彼は牛島の班にいれる。案内がてら、説明してやってくれないか」

「はい、わかりました。じゃあ、行こうか」

 湊は吉住にもお礼を言ってから、泰史の後を追ってきた。吉住も仕事に戻ろうとしている。

 だが泰史は、吉住が背を向けていながらも、自分達の様子をうかがっていることに気が付いた。

――渡部さん……。

 隣では、湊が無邪気に村の話を始める。ほっと息をつきたくなるような真冬の陽射しが、泰史の周りを穏やかな温もりで満たしていた。震えながらちぢこまって耐えている者をときほぐしてくれる、ひと時の安らぎ――。

 それは身分も年齢も関係なく、誰もが享受できる暖かい優しさであるはずだ。

 だが、泰史の心の中までは、その陽射しもさしこむことはできなかった。


「それで、僕はどんな事をお手伝いするんでしょうか」

「この前、原口という岩塩湖の第一倉庫長が死んだことは、聞いているだろ?」

「はい」

「原口は岩塩の横流しをしていた。その仲間をつきとめることが俺達の目的だ。牛島さんの班は、仲間の候補にあがっている七戸雅也という男を探っている。きみには、その手伝いをしてもらう」

「え? じゃあ、犯人は捜さないんですか?」

「原口は岩塩の横流しをして、橘に不利益をもたらしたんだ。特に重要人物というわけでもない。かたきを取る、という発想はないだろうな。下端の殺人よりも、今後も問題になるかもしれない可能性を潰す方が、橘にとってよっぽど重要だ。それに、仲間割れで殺されたとしたら、調べている間に犯人が浮上してくるかもしれない。上の人達はそう考えている」

「そうなんですか……。でも、ずいぶん早く仲間がわかったんですね」

「渡部さんは岩塩の総括長を何年かやっていらっしゃるので、以前から原口のことは調べていたらしい。だけど、決定的な証拠が挙がらないまま、原口が殺されてしまったんだ。だから、怪しい奴の目星は、それなりについているみたいだよ」

「すごいですね」

「そうだね」

「渡部さんだけじゃなくて、黒川さんもですよ」

「俺?」

「僕とそう変わらない年なのに、黒川さんも大人っぽいなぁ。僕はのどかな村でのんびりと育ったから、祖母はそういう所を心配したんですね。すごく刺激になります」

「若松くんの家は、村では裕福なほうなんだろ?幸福に育った人間のにおいがするよ。うちの姫さまと同じ種類の人間だ。そういう人は、一生そのままでいることを考えていればいいと思うよ」

「そういえば橘の姫さまって、どんな方ですか? やっぱり、おしとやかでか弱い、深窓のお姫さまですか」

「いや……。それは、どうだろう」

「教えてくださいよぉ。僕じゃ、お会いできる機会もないですよ」

「そのうちに見かけるよ。とにかく、じっとしていない人だから」

「おお、黒川。彼が若松か」

 庭に並んだ家臣の隊舎から、大柄な男が出てきた。

「彼が牛島さんだ。お待たせいたしました」

「若松と申します。よろしく、ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」

「うむ。貴船殿のばあやさんの孫といっても、特別扱いはせんぞ」

「はい! よろしくお願いします!」

「じゃあ、俺はこれで失礼します」

「ありがとうございました、黒川さん」

 元気よく挨拶をする湊を見て、泰史は軽く手を上げた。湊はそれを見ると、嬉しそうに両腕を大きく振った。

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