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春隣  作者: 桜木結実
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第六話 真実の破片(3)

「貴船殿、お邪魔してもよろしいですか」

「渡部か。かまわん、入れ」

 吉住に続いて泰史が部屋に入ると、書類に目を通していた英樹が怪訝そうな顔をする。

「原口の調査の件ですが、黒川を加わらせたいと思いまして。ご許可いただけますか」

「かまわぬが、なぜだ」

「黒川は商家の出ですので、今回の件ではなんらかの役に立つのではないかと」

「そうなのか?」

「はい。両親が亡くなったあと、渡部さまにこちらのお屋敷を紹介していただきました」

「そうか。雪菜の警護とは、わけが違うぞ。わかっておるだろうな」

 英樹の言葉は、あくまで冷たい。

「承知しております」

「ならば、よい。このまま渡部の下に入れ」

「ありがとうございます」

「総領殿は討伐隊の件でお忙しいが、貴船殿がいらっしゃれば、橘の内部のことは心配いりませんな」

「世辞はいらぬ」

「世辞ではございません。事実でございます」

「……」

 吉住の言葉に、英樹は沈黙で返した。

「それでは、失礼いたします」

「これより、よろしくお願い申し上げます」

「うむ」

 英樹の返事は、無機質なままだ。

 けれど、泰史は気にしなかった。英樹はいつもこうだ。

 親しみやすさはどこにもないが、その代わり、感情で仕事を乱すこともない。

 機械的なやりとりに慣れてしまえば、そうやりづらい相手ではなかった。

 吉住と泰史は英樹の部屋を出てから、庭へ出る。

「今日も寒いな」

「これから、もっと寒くなりますね」

 二人の吐く息は白く震えていて、そのまま音をたてて凍ってしまいそうだった。

「いよいよだな」

「はい」

「覚悟はいいな」

「もちろんです」

 迷いのない泰史の返答を聞き、吉住は深く頷く。

 母屋から奥まった場所にある英樹の部屋は、静かで余計な音がしない。その部屋に面した庭も、静寂を乱す異分子を排除しているかのように、物音がはいりこむ隙間がなかった。

 砂利を踏みつける音すらも、異空間へ放りこまれているようだ……。

「渡部さん、どちらへ?」

 吉住は、大広間へと続く回廊に向かっていた。

「ちょっとな」

――ああ。あの件か。

「渡部さんも抜け目がありませんね。さすがです」

「下手な皮肉だな」

「感心しているんです。俺も見習わないと」

「ただ待っているだけでは、欲しいものが手に入らんさ」

 ええ。

 その通りです。

 泰史はしばらく吉住を目で追っていた。だが建物が邪魔をして、すぐに姿が見えなくなる。

――覚悟はいいだろうな。

 今更言われるまでもない。苦しみぬいて決めた覚悟が、大きな塊となって泰史の心の奥を占めている。

 父の絶望、母の嘆き。

 そして、現実を受け入れることへの苦悶と悲哀。

 それらが溶け合い混濁し、今の塊となったのだ。

「俺は逃げ出しはしない」

 泰史はそう呟いて拳に力を入れ、贅を尽くした橘の屋敷をいつまでも見据えていた。

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