第四話 真実の破片(1)
「原口が殺されたらしいな」
将一は英樹と吉住、それに初老の男――小早川敏郎を見ながら、言った。
敏郎は将一の父の代から仕えている、橘家の重臣である。忠実に尽くしている経験豊富なこの古い家臣を、将一は大いに頼りにしていた。
「はい。早朝、屋敷のはずれで発見されました。貴船殿は、仲間割れとお考えのようですが」
「我々が原口を呼び出したと知った仲間が、口封じのために殺した可能性が一番高かろう。小早川は、そうは思わんのか」
「儂も仲間割れのセンが一番高いと思うております。しかし、私的な争いだった可能性もございます。なにしろ問題の多い男のようでしたからな。そうであろう、渡部」
「さようでございます。女癖も悪かったと聞いております。現在までの調べで、原口に恨みを持つ人間が複数名挙がっております」
黙って三人の話を聞いていた将一が、右手を挙げた。その動作で一瞬にして、場が静かになる。
「渡部」
「はっ」
「確か、広瀬は以前に笠原村の領主をしていたな」
「はい」
「広瀬を呼べ。一応、当時の話を聴いてみよう。参考になる話があるかもしれん」
「かしこまりました」
渡部が退出する後ろ姿を見ながら、将一は何度も扇を開けたり閉めたりしていた。
部屋の中は、ほんわりとした暖かさで満ちている。幸せだった頃の断片が菊花の周りを漂って、束の間の安らぎを与えようとしているたのだろうか……。
菊花は夢をみていた。父と母に愛され、ただ無邪気でいればよかったあの頃――。
そして、一緒にいるだけで全てが満たされた、あの人……。
もう夢でしか触れられない。夢でしか、触れてはいけない。
ならば、せめて今だけ……。今だけでも、あの時のように、あなたと……。
差し出された腕、絡みあった指。そして、熱を含んだ互いの視線……。
全身があなたを求めていた。あなただけが、欲しくて欲しくて……。
目覚めると、枕元に手紙が置いてあった。
――薬が効いているみたいなので、起こしませんでした。今日は、ゆっくり休んでて。
雪菜の字で、そう書かれていた。
菊花……。
あの人の声が、まだ耳に残っている……。
夢に埋没しそうなこの気持ちを、雪菜の手紙が現実に引き戻した。
――いけない……。ゆっくりと寝ている場合じゃないのに。
雪菜が持ってきてくれた薬のおかげで、頭痛は治まっている。菊花は起き上がって、布団を畳んだ。そして、素早く身支度を整えると、暖かい部屋から出て行った。
「なるほど。では原口は、洪水で被害を受けた村の復興費用を横領し、その罪でおまえが村から追放したというのだな」
「はい。ですので、その後の交流関係についてお話できることは、特にございません」
「ふむ……」
将一は、右にいる敏郎を見た。
「広瀬が屋敷にいる日は、ほぼ同じ時刻に名波に乗っているであろう。その時に、不審な人物は見掛けなかったか」
続く敏郎の質問にも、和馬は首を横に振った。
「申し訳ございません。気がつきませんでした」
英樹が将一を見た。敏郎と吉住も見ている。
「広瀬、出発前にすまなかったな。特に決め手になる話はないようだ。原口の件は英樹と渡部が預かることになっているので、もしも何かを思い出したら、伝えてほしい。ご苦労だったな。海神へは気を付けて行ってこい」
「はい。お役に立てず、申し訳ございません」
和馬はお辞儀をして、出て行った。