表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春隣  作者: 桜木結実
3/23

第三話 不安の萌芽(3)

「直也、おはよっ!」

「おはよう。朝から元気だな」

 雪菜は、母屋の裏にある小さな池のほとりで、直也と待ち合わせをしていた。朝食をとったら、直也はすぐに海神へ出発する。その前にちょっと会いたい、と雪菜が直也に言ったのだ。

「はい。これ、疲れた時に食べてね」

 雪菜は、昨夜作った小袋を渡した。

「これは?」

「アメだよ。こっちの、青葉色の小袋が、直也の分ね。これには、直也の好きな味のアメだけが入ってるから。こっちの柳模様の小袋は、広瀬さんに渡してね。なにが好きなのかよく分かんなかったから、いろんな味のが入ってるよ」

「小袋まで作ってくれたんだ。ありがとう」

 直也は、雪菜が作った小袋をずっと見ている。動く指の間から、アメの転がる音がした。

――あ。すごく喜んでる。

 雪菜は直也の嬉しそうな顔を見て、ほわほわとした幸せな気分になる。

「ねえねえ」

「ん?」


 手をつないでいい?


 そう聞こうとした時――。


「俺の分まで用意してくださったんですか。いや、嬉しいなあ」

 和馬の声だった。

「広瀬さん〜……」

「二人の邪魔して、すみませんなぁ。あれ、直也。なんか文句……」

「どうしたんですか、こんなに朝早く!」

「恐いなあ。なんか怒られているみたいだし。散歩だよ、ただの」

「本当ですか?」

「本当、本当」

 和馬は笑って言う。だが、どうも信じられない。

「広瀬さんは、毎日こんなに朝早く散歩しているの?」

 一緒に歩き出した和馬に、雪菜は訊いた。

「いや、ここまで早くはないんですけど、なんか目が覚めちゃいまして」

「ああ。それはマズイですね」

「なにがマズイって?俺を年寄り扱いしたいのかな、直也」

「大体、わざとらしく邪魔するところが、すでに若くない証拠ですよ」

「ほぉぉ。邪魔されんかったら、一体なにをするつもりだったのかな、直也くんは」

「何もしませんよ」

「じゃあ、そんなに不満そうな顔することないだろ。ねえ、お姫さん」 

 しかし、雪菜の興味は既に別へ移っていた。

「ね。なんか、あっちが騒がしくない?」

 雪菜が指さす方向から、みすぼらしい格好の男が二人、歩いてきた。彼等の背後には生垣があるのだが、その奥から数人の声が聞こえてくる。

「そうだな。男の声が複数する。俺がみてくるから、雪菜はここで待っていろ」

 だが、直也がそう言った時にはもう、雪菜は歩いてきた男達に声をかけていた。

「ねえねえ、何があったの」

 男達は最初、雪菜が誰だか分からなかったようだが、すぐに主人の妹だと気付き、背筋を伸ばして答える。

「はっ!昨日、真砂から到着した原口という男が、屋敷のはずれにある竹林で死んでいるそうです!」

「原口……」

――原口って、昨日広瀬さんが言っていた……。

 雪菜は後ろを振り返った。直也も和馬を見ている。

 そして、和馬は笑みを浮かべていた。嬉しい時に見せる笑顔ではない。

 負の感情だけを練り合わせて作ったような、冷たい笑顔……。

「仕方ないでしょうな。天罰というやつですよ。それじゃあ、俺は失礼しようかな。直也、時間に遅れるなよ」

 和馬は、そう言うと、背中を向けた。そして、何事もなかったかのように歩いていく。


 今のは……。

 今のは、本当に広瀬さん……?さっきまで直也をからかっていた広瀬さんなの……?

 

 雪菜は、直也の腕を掴んだ。そして、直也を見上げる。直也の顔もこわばっていた。雪菜も直也も、全身に緊張感がまとわりついている。

 まさか、広瀬さん……。

 まさか……。

「戻ろう、雪菜」

 直也の手が、雪菜の頭にぽん、とのせられた。

「うん……」

 雪菜は自分の手を重ねて、うなずいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ