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春隣  作者: 桜木結実
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第一話 不安の萌芽(1)

 ねえ。知っている?

 人間の運命を紡ぐ女神が、天上にいるんですって。

 あたし達の運命も、その女神が紡いでいるのかしら。

 あたし達、どういう運命に紡がれているのかしら……。



「お姫さん、その怪我はどうなさったんです?」

 都で急激に勢力を伸ばしている橘家惣領の妹姫、雪菜のおでこには、ミミズバレが二本浮いていた。

「ちょっとね」

 橘家の家臣、広瀬和馬の質問に、雪菜はおでこを手で押さえながら、下を向いて答える。

「惣領殿が上院の御所から戻られたら、追求されますね」

 雪菜の侍女、藤枝菊花の言葉に雪菜は顔を上げた。

「菊花も黒川さんも、余計なこと言わないでよ」

「言いませんよ。俺だって、惣領殿はこわいですから」

 雪菜の護衛を勤めている黒川泰史が、小声で言う。

「なんだか意味深だなぁ。直也が面白くなさそうにしてますよ」

「俺は、別に……。それより、惣領殿は討伐隊の件で御所に行かれていらっしゃるんですよね。上院から、いいお返事はいただけるでしょうか」

 和馬に言われて、慌てて話を変えた若い男は、水越直也である。雪菜とは、ほとんど他人というくらい遠い親戚にあたる。

「難しいだろなあ。上院も一体どのようなおつもりなのか、全く分からんし」

 和馬の言葉に、直也もがっかりしているようだ。


 大栄と呼ばれるこの国は陽光を都とし、大山脈を背後にかかえ、貴族を中心として長い間安定した繁栄を誇っていた。だが、二十年ほど前から山脈を越えて蛮族が侵入しはじめ国土を荒らすようになり、九年前にはとうとう大規模な討伐隊が制圧に向かった。その総指揮官が雪菜の父だったのだ。それにより、一度は蛮族の動きも沈静化したのだが、近年再び侵入が活発化し、また討伐隊が組まれることが決定した。雪菜の兄である将一は、その総指揮官を願い出ているのだが、決定権を持つ上院がなかなか任命しようとしない。橘の内部では、そのことに対する苛立ちがつのり始めていた。


「直也ってば!あたしのケガよりも、討伐隊の方が気になるわけ?」

「だって、雪菜は言う気がないんだろ。聞くだけ無駄じゃないか。大体、問題の大きさが違いすぎるだろ」

「そういうもんじゃないの!直也ってば、全然あたしの気持ちを分かってくれないんだから!」

「そうそう。こういう時は大げさなくらい心配すれば、お姫さんも喜ばれるのになぁ」

「そう!そうなの!やっぱり広瀬さんは大人だわ。よくわかってる!」

「おでこを緑に染めて、なに言ってんですか。それで二人の世界をつくっても、おかしいだけですよ」

 泰史の言葉に、雪菜はむっとする。直也と菊花は声を抑えて、笑っていた。

 雪菜のおでこは傷に効く薬草を塗っているせいで、薄い草色に染まっているのだ。

「にぎやかですな。渡部ですが、お邪魔してもよろしいでしょうか」

「はーい、どうぞ」

 廊下から聞こえた、低くてよく通る男の声に、雪菜は返事をする。

「失礼いたします」

 障子が開き、脇に小箱を抱えた男が入ってきた。渡部吉住。精悍な印象の男だ。

「こんにちは、渡部さん。ご無沙汰しています」

「これは、水越殿。お元気そうでなによりです」

 傍流とはいえ橘の一族である直也に、吉住はいつも丁寧な口調で接している。

「藤枝さん、これは真砂の土産だ。よかったら、みんなに出してやってくれ」

「いつもありがとうございます。早速、お茶を入れてきますね」

 菊花はすぐに立ち上がると、箱を持って部屋を出て行った。

「久しぶりだな、渡部。真砂はどうだった?」 

 真砂とは、岩塩湖がある辺境の地名である。橘はここで取れる良質の岩塩に、国で最も高貴な上院の紋をつけてブランド化し、都だけでなく国中に流通させて莫大な利益を上げていた。

 吉住はそこの総括長をしていて、都と真砂を往復することが多い。今も、真砂から帰ってきたばかりだ。

「広瀬はずいぶん長い間、真砂に行っていないよな。以前とはだいぶ変わったぞ」

「そうだろうなあ」

「そういえば、真砂で原口という男に会ったぞ。笠原村の出身だと言っていた。昔、広瀬が領主をしていた所だろ? 知っているか?」

「原口?」

 和馬の声が、途端に不機嫌になる。

「原口は岩塩の第一倉庫長をしていてな。お前の話をしたら、笠原村の復興のために一緒に働いた、と話していたぞ」

「原口が復興のために?よくもそんなことが言えたもんだ」

 和馬の強い口調に、雪菜は驚いた。和馬がこんな言い方をすることは、滅多にない。直也もびっくりした顔をしている。

「なんだ、穏やかじゃないな。名波にでも乗って、落ちついてこい。そういや、名波の調子はどうだ。大分慣れたか?」

 名波とは、和馬が最近手に入れた馬である。丈夫で足も速く、勘がいい。乗り手の和馬と息がぴったりだった。和馬は毎晩、屋敷のはずれにある馬小屋まで様子をみにいくほど、名波を可愛いがっていた。

「そりゃもう、絶好……」

「雪菜!雪菜はどこだ!」

 部屋の中にいる和馬の声を遮って、庭から大声が聞こえてくる。

「……」

 その声を聞いて、雪菜は固まった。

「ばれたみたいですよ」

「あーあ、ついてないなぁ」

 そう呟いた途端、背が高く、体格のいい男が部屋に現れた。雪菜の兄であり、橘家惣領の将一である。

 

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