白く冷たき帝3
邪魔ものはいなくなった
「なぜ、私は生きている」
意識を取り戻したヤストキは、自身の置かれている状況を冷静に分析。その上で、疑問の声を上げていた。体に倦怠感、所々に痛みはあるものの、目立った損傷は見当たらない。おまけに傷の手当てまでされている。ただ、体を、革のベルトでベットに固定されているだけ。
「ようやくお目覚めか、長い昼寝だな」
そんな彼に対し、声をかけてきたのは、ベットのすぐ近くに設置されたパイプ椅子に腰掛け、コーヒーカップを傾けていたユヅル。
「これは、一体」
「手当は俺が適当にやった。拘束は、厳重に。逃げられると思うなら、試してみるといい」
コーヒーカップをテーブルに置き、ユヅルはやれやれといった感じで、肩を軽く鳴らす。
「私を、殺そうとしていたのではないのか?」
「殺すことなら、いつでも出来る。だが、俺はあんたに、聞きたいことが山ほどあるんだよ。その後、俺の判断が鈍らなければ、もしくは結論が変わらなければ、結果として殺すだけだ」
こともなげに口にする彼の言葉には、はっきりとした殺意は、今のところ感じられない。それどころか、先ほどまでまとっていた神滅兵装すら解除して、禍々しい雰囲気さえも消し去っている。
「局長を殺したのは誰だ?」
「私だ。一騎打ちの末に勝利した結果、彼を私が殺した」
「なるほどね。でも、なんで一騎打ち?」
粛清という形をとったのであれば、処刑、もしくは人海戦術でかたをつけるのが基本原則。それを、有利な条件を捨て去っての一騎打ち。彼が疑問に思う理由ももっとも。
「武人として、一度でいいから、命を賭けて戦いたいと願った。それが、粛清という形であったというだけだ」
「へぇ~。強かったか?」
「無論。あれほどの強者と切り結ぶことができたのは、久方ぶりだった。それが、粛清という形でなければ、尚、よかったと今でも思っている」
彼の言葉から、嘘という感情が感じられず、ユヅルは素直に感想を口にしながら、彼の話に耳を傾ける。
「他には?」
「そうだな、これは単なる好奇心からくるものなんだが、あんたが仕えているのは、現在の教皇か、それとも、教皇という肩書きか、どちらだ?」
「私は、剣だ。教皇が振るう剣、それが私であり、私の存在する理由」
「なるほど、ってことは、この問は、後者ってことでいいんだな」
そこで彼は、タバコに火を付け、煙を吐き出したあと、冷めたコーヒーで喉の渇きを潤す。
「なぁ、あんたは、局長以外、殺したか?」
「私は、先ほども述べたように剣だ。弱者を斬る、処刑の道具ではない。それを担当したのは、記憶違いがなければ、アンジェリカのはずだ」
「ふ~ん。そういうことか」
「結論は出たか?」
その言葉は、自分を殺す理由を見つけられたかという、問にほかならない。
「いや、まだ聞きたいことがある。俺の母親についてだ。公的な記録には残ってないし、局長もそのことについては、ダンマリを決め込んでた。あんたも、同時期に執行官やってたんなら、名前や特徴ぐらい知ってるだろ?」
「アレグリオは、教えなかったのか?」
「だからこうして聞いてる」
「そうか」
そこで一度、ヤストキは思案するように口をつぐみ、
「あやつが口にしなかった事実を口にするというのは、不思議な気分だ」
「いいから話せよ」
「お前の母親は、当時の席時の三。名前は、東雲ユズリハ。あやつでも、出産直後の満足でない状態でなければ、討つことの出来なかったほどの女傑。性格は、大雑把で、いつも能天気に笑っていた。ただ、それでいて、皆の中心にいつの間にかいる不思議なやつだった」
「そうか、俺はちっともにてないな」
タバコの火を灰皿に押し付けて消し、ユヅルは立ち上がり、
「結論が出た」
「そうか」
自分の命が奪われる。その事態に直面しながらも、ヤストキは恐怖というものを忘れていた。不思議と、今の彼に殺されるのであれば、悪くないと感じてしまっていたから、ゆっくりと瞳を閉じる。されど、いつまで経っても、その瞬間が訪れない。
「何、やってんだ、おっさん?」
そんな彼の様子を不思議に思ったのだろう。上着を羽織ったユヅルは、珍妙な生物を見るような不思議な視線をヤストキに対して向けている。
「なぜ、殺さない?」
「俺は、きちんと言ったはずだ。 俺の判断が鈍らなければ、もしくは結論が変わらなければ、結果として殺すだけだ、っと。あんたを殺すことが結論だと、俺は一言も口にしていないだろ?」
答えをはぐらかすように口にしたユヅルが次にした行動は、彼を拘束していた革のベルトを切断すること。この行為により、完全にヤストキは自由を取り戻す。
「なら、再び、貴様の命を狙うことになる」
「狙えばいい。ただ、その時に、あんたは、果たして誰の剣になっているか、な?」
「それは、どういうことだ?」
「言ったまんまの意味だ。あんたは教皇の剣であって、一個人として動いていない。なら、持ち主が、主人が変われば、今度はそいつの剣になるだけ。そんな、無機物に等しいあんたを、誇りだけを力とするあんたを、誰が責められる?」
―それは、詭弁だ―
その言葉を口に出せれば、どれほど楽になれるだろう。ヤストキは、その事実に気づきながら、言葉として、喉を動かすことができない。
「剣は、ただ振るわれるだけ。俺も、かつて、局長にそう教わり、俺の罪を、俺に向けられる憎しみを背負ってもらってたことがある。だから、こんなことを言うのも変だが、あんたは振るわれただけ。罪を、憎しみを背負うべきやつは、別にいる」
そうして彼は、ドアノブに手をかけ、室内を出ていこうとするが、そこで思いとどまり、
「最後にひとつ聞いておく。あんたが、局長を殺した事実を知っているのは、あんたと教皇、後、アンジェリカって女以外にいるのか?」
「いや、おそらくいないはずだ」
「なるほど。なら、安心して、あんたを振るうことができるわけだ」
タバコの煙を吐き出し、シニカルな笑みを浮かべ、
「その事実は、墓まで持っていけ。決して口外するな。そんで、新しい教皇の剣となって働け。それが、あんたに与えられた罰。死んで楽になろうと思うな、罪を精算できると思うな。生きることこそが罰だ。許しを求めて死を選ぶな、生きて償って、それでも償えなければ、死ぬ気で誰かを守りきれ。まぁ、局長の受け売りだがな」
人差し指で彼を指さし、威圧するように、約束させるように、彼の行動を催促する。
「契約しよう」
「よし、じゃあ、そこで養生しとけ。すべてが終わったら、取りに来るから」
そう言って彼は、室内を後にしていった。
「なるほど。アレグリオが誇り、レベッカが入れ込むわけだ。あれは、汚点ではなく、幾度も挫折し、その度に立ち上がった、賞賛と名誉を得るにふさわしい背中だ」
味方ゲッチュ