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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第六章 牙を剥く者達
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突きつける刃4

暴走しっぱなし

 そこは、薄暗く湿った、人間が生活するにあたって、最適とはとても呼べる場所ではなく、むしろ、最低限、生活が出来る程度の場所。それもそのはず、この場所は、異端審問局に害をなすと判断され、あるいは、直接的に害をなし、捕縛されたものたちが収容されている施設なのだから。


「カビ臭いな」

 そんなことを口にしながら、彼は牢屋の檻を刀によって破壊し、一人ずつ囚人たちを牢から出していく。当然、その行為に驚く囚人たちだったが、両手と両足に枷を嵌められているので、緩慢な動作で一歩ずつ牢から出て、廊下で立ち尽くす。


「ああ、見知った顔もいるんだった」

 そう、彼の視線の先には、かつて、教皇の間に侵入し、彼に両腕を斬り落とされた女性、エイプリル。今は、食事をとるためと思われる義手を付けてはいるものの、その両手にも枷は嵌められている。


「これで、全員ってとこか」

 タバコの煙をくゆらせながら、あらかた牢屋から囚人を出したユヅルは、陰惨な笑みを浮かべ、

「お前ら、自由になりたくはないか?」

 悪魔よりも悪魔じみた提案を口にする。

「人を殺したくはないか? 人を犯したくはないか? 人を蹂躙したくはないか?」

 その問は、かつて執行官として、この場所にいる者たちと敵対していたものとは、思えない。それでも、彼は続ける。

「こんな場所にいて、その心根まで腐ったか? おいおい、冗談はやめてくれ。そんな奴らじゃないことは、お前ら自身が一番知ってるはずだろ」

 タバコを地面へと放り投げ、火を消すこともせずに、


「俺の、提案にのるなら、要求を満たせるなら、自由をくれてやる」

 彼らに対して告げる。そうすれば、これまた当然といったように、不安の声が上がり、なかには、この行為にかこつけて、処刑を実行するのではないかと、疑う者もいる。この場にいるものは、誰もが知っているのだ。目の前にいる少年が、ただの少年ではなく、戦場の空気に体を染め、悲鳴と怒号に心を預け、天秤を傾けるような自然体で、人を殺すことができる。壊れてしまっている人間であることを。


「なに、別に無理なことを言うわけじゃない。俺の望みは、この場所を地獄にすること。だから、お前らは、お前らの好きなように、欲望を開放すればいい。俺は見返りも、成果も求めちゃいない。どうだ、乗るか?」


 その言葉は決定的だった。

 守ろうとしていたもの、大切だったもの、そういったものが彼にもあったはず。そう、その場にいる人間は少なからず考えていた。それ故に、壊れてしまったのだと。だが、今は違う。彼は、空っぽでしかない。望むこともなければ、願いもない。虚ろであるがゆえに望まず、望みがないからこそ、力を持っていても願うことはしない。そう、地獄を体験してきた故の虚無、憎悪に身を寄せず、理性によって、感情すら殺す。初めから、自分たちとは違う生き物であることを、この時、ようやく彼らは知ることになった。


「ただし、教皇だけは例外だ。あれは、俺の獲物だ。殺すのは俺だ、斬るのは俺だ、傷つけるのは俺だ、屈服させることも、屈辱を味あわせることも、無力さを噛み締めさせることも、己のしてきたことを後悔させるのも、踏みにじってきたものが、どれほどの価値があったかおしえるのも、誰を敵に回したのかを教えることも、すべて、俺がやる」

 そして彼は、新しいタバコに火を付け、


「さぁ、自由になりたい奴は一歩前にでろ。ここで、このまましにたい奴は動くな。俺が、きちんと、その首を飛ばしてやる」

 甘言を用いて、人身を掌握する。そう、彼にしてれば、ここで囚人たちが暴れようが、死を選ぼうと大差ない。そして、提案された側には、メリットしか存在していない。こんな馬鹿げた行為は、とてもじゃないが交渉と呼べるはずもない。


「一つ、聞かせなさい」

 囚人たちの、悩むという行為によって生まれた静寂を破ったのは、エイプリルの一声。

「何だ、手短にしろ」

「あんたは、ここを私が襲った時、二年間はことを起こさないと、口にしていた。なのに、なぜ、今、行動を起こしたのか」

「ああ、そんなことか」

 彼は言葉とともに、彼女の両手と両足に嵌められている枷を鎖を切断し、開放して、

「どうでもよくなった」

 一言だけ口にした。


 その言葉によって、彼女は絶句してしまう。それは、彼の行動や言動から来たものではない。ただ、先ほどまでのつまらなそうな表情とは打って変わった、彼の表情に彼女の心は打ちのめされてしまったから。彼が浮かべていた表情は、ごく普通のもの。ただ、見るものが見れば、すぐにその異常さに、おぞましさに気づくことができる。彼の瞳は、何も写していない。この場にいる誰一人として、写ってはいない。それだけではない。彼はそれ以前に、何一つ見ていない。


「さぁ、欲望を解き放て」

 足を踏み出さなかった囚人は誰一人としていない。

 そこからの行動は、陰湿な空間に閉じ込められていたとは思えないほど迅速で、口々に歓声や奇声をあげながら、外へと飛び出していく。


「あなたは、誰?」

 エイプリルはようやくその一言だけを口にすることができ、それを聞いた彼は、

「誰と問われても、俺は、ユヅル。それ以外に、名乗る名前は、すてちまった」

 答えはする。ただ、彼女は、彼の顔を直視することができない。


 人間は誰もが、傷つくことを恐る生き物。それ故に、嘘をついたり、偶像を祭り上げることで許しを得たり、自分の行動理由を、他人につくることで、それを軽減して生きている。それは、人間誰しも持つ防衛本能であり、誰も責めることはできない。ただ、目の前にいる人物は、それをしない。自分や他人に嘘をつくこともせず、何かに許しを乞うことも、行動理由を他人のためと、押し付けることも。すべて、受け入れると同時に、諦めてしまっている。


 絶望。

 その一言で片付けるのは、あまりにも簡単ではあるものの、ここまで自分を、自分自身で壊してしまえる人間を、果たして人間と呼んでいいものなのか。


「最後に、もう一つだけ聞かせて」

「なんなりと」

「あなたは、いつ、自分をこわして、希望あしたに背を向けたの?」

 その言葉で、一度だけ彼は首をかしげ、

「お前、何かをなおすよりも、壊すほうが簡単だって知ってるか?」

 質問を質問で返す。それに対して彼女は首を縦に降り、

「お前と初めて会った時、もし、俺が壊れてないように見えていたなら、治そうとしていたやつらがいたからだ。それがいなくなったから、元の、なおされる前に戻った、ただ、それだけだ」


「そう」

 そして、今度こそ、何一つ問うこともせず、彼女は走っていく。自分の、恐怖に怯える体を、体に伝わってくる振動だと、誤魔化しながら。


「さぁ、殺戮の舞台の幕を開けよう。題目なんてどうだっていい。出演者は、この場で生きている者たち全て。教皇ねえさん、始めようじゃないか、取って置きの死合きょうだいげんかを」


主人公なのに、やってることは悪役そのもの

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