突きつける刃2
乗り込んだ方々
「やっぱり、そうよねぇ」
異端審問局、黒金の檻。
その地下から内部へと侵入しようとしていたクレハのことを待ち構えている一人の人物がいた。
アンジェリカ・プロイツェル。
かつて、執行官の席次の五として、局長のアレグリオ、秘書官のエカテリーナと共に、戦場を渡り歩いた猛者。
「そこ、通してもらえないかしら、先輩」
皮肉をこめた言葉で挨拶しながら、彼女の反応をうかがうクレハ。
「壬生クレハ、かつて、アンネ・リーベデルタのもとで執行官見習いとして戦地を駆け抜けた女傑。殺すには、少々惜しい人材ですね」
その両手で獲物のハルバートを握り、切っ先をクレハへと向けるアンジェリカ。
「それ、負ける人間のセリフよ?」
「ですが、思考的には改善の余地があると。流石に、あの化け物に長くかかわって来ただけは、あります」
クレハも獲物である剣を握り締めながら、彼女の言葉を聞き、
「化け物って、ゆ~ちゃんのこと?」
「その、ゆ~ちゃんという人物が、ユヅル・ハイドマンであるなら、間違いありません」
躊躇うことなく疾走し、金属同士がぶつかり合う音を響かせながら振り返る。
「洗脳でもすれば、使い物になりそうですね」
「それも、教皇様の考えってやつ?」
「ええ。化け物を始末する。そうですね、あなたの事は、その後考える事にしましょう」
アンジェリカの言葉と共に、彼女の頬が少し裂け、赤い雫が頬を伝う。それを、ゆっくりとぬぐうアンジェリカ。
「そう、やっぱり、異端審問局を離れて正解だったみたいね、私」
激情を制し、掴みかかりたい衝動を抑えながら、言い放つ。
「人の惚れた男を、化け物呼ばわりするやつらに、仕えるなんて、まっぴらごめんよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「まさか、あなたですか」
「いかにも」
異端審問局、黒金の檻、屋上。
その場所から潜入して、人質を救出しようとしていたレベッカの前にも、クレハ同様、一人の人物が待ち構えていた。
黒金ヤストキ。
かつての異端殲滅執行官であり、当時の席次は十。ただ、それは与えられた数字であり、彼の戦闘能力は、現役時代のアレグリオすら凌駕するといわれている。
「レベッカ・サウザード。席次の十二、相違ないな?」
「見知って頂いて、光栄です」
皮肉で応じながら、彼女は現在の状況を改善するべく選択を迫られる。
この場で彼と戦うべきか、それとも、この場は引いて、人質の救出を優先するべきか。
「貴公、こちら側に来るつもりはないか?」
「私が、ですか?」
「さよう。鳳センザ、ケイオス・グリューナク、陣内フジノ、三名と同様に私は貴公を評価している。この場で、こちら側に来るというのであれば、無下にはしない」
その言葉には、歴戦をいきぬいた戦士だけが纏う事を許される重みと、強固な意志が込められており、実際に彼は、彼女が首を縦に振った場合、それに応じるであろう器を持っている。
「一つ、聞いていいですか?」
「よかろう」
「私を含めて、四人の執行官を評価していると聞きましたが、その中に、ハイドレンジア・フォルダンの名前がないのは何故ですか?」
先の三名は、異端審問局が誇る最大戦力アンブレラのメンバー。ならばなぜ、そのメンバーである彼女の名前がそこにないのか。
「あれは、席次の十三、異端審問局の汚点に毒されている」
「汚点、ですか」
「さよう、味方殺ししかできない、臆病者を指す言葉としては、的確であろう」
その言葉はまさに引き金。
レベッカは己の獲物の銃口をヤストキへと向け、
「先ほどの提案、お断りさせていただきます」
「ほう、理由を聞いておこうか?」
「聞きたいんですね?」
己の獲物である双剣に手を伸ばしたヤストキに対して言い放つ。
「先輩の、痛みも傷も、誇りも悲しみも、そんな一言で片付けてしまえる人に、協力する気なんて毛頭ありません」
そして、瞳に、言葉に叩きつけるような殺気をこめて、
「人の相棒を、尊敬する人を、好きな人を、罵倒するんじゃねぇよ、クソジジイ」
◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふふっ、やっぱりこの場所に来て、大正解ね」
「貴様は、アンネ・リーベデルタ。何のようで、再びこの場所に戻ってきた?」
教皇の間。
本来であれば、第八階梯と教皇のみが入室を許される場所に、彼女は足を踏み入れていた。
「おねぇちゃんがこの場所に来た理由、本当にわからない?」
「質問しているのは、こちらだ」
教皇は、玉座から見下ろしているものの、相手は元、席次の十三。油断すれば、自分の命がすぐに奪われる事を、彼女は知っている。
「あなたに聴きたいことがあるのよ」
「聞きたい事、だと?」
「そう、弟から、親を奪い、戦場という名の地獄に叩き落して、それでもまだ、奪おうとする理由って何なのかなぁって。まぁ、大方の予想はついてるんだけどね」
笑みを浮かべながら、アンネは一段ずつ階段を上ってくる。
「羨ましいのかしら、それとも妬ましいのかしら」
「黙れ」
「そうよねぇ、ゆ~ちゃんは、あなたが奪ったせいで、あなたが欲しかったものを全部手に入れてるんですものねぇ」
「黙れ」
「地位も、名誉も、金も、権力も手に入れてるのに。自分のために泣いてくれる人間、自分の為に命を賭けてくれる人間がいないって言うのも、考え物よねぇ」
「黙れっ」
「でも、それも当然よねぇ。自分だけ安全な場所にいて、傷つかない場所にいて。それで、誰かのために必死にもがいて、傷ついた人間と同じものを手に入れるなんて、虫が良すぎる話」
「黙れといっている」
教皇が玉座から立ち上がった瞬間、アンネがいた場所がクレーターのように陥没する。寸前で回避した彼女は、シニカルな笑みを浮かべながら、言葉を続ける。
「ゆ~ちゃんが、それを手に入れるために、どれだけ努力して、傷ついて、挫折して、それでも立ち上がったことをあなたは知っているのかしら。彼は、ただ手に入れただけじゃなくって、勝ち取ったのよ。自分の手で」
「黙れよ、貴様」
「甘やかされた子どもが、何でも手に入れられると思ったら大間違いよ?」
「貴様に、貴様に何がわかる」
「わからないわよ、あなたの事なんて。でも、ゆ~ちゃんのことならわかるわ」
そこには血の繋がった姉と、血の繋がらない姉の二人。だが、片方は捨て、片方は包み込んだ。それを、その事実を誰が知らなくても。
「あのこが、どれほど苦しんで、もがいて、あがいて、悲しんで、傷ついて、戦って、守って、笑ったか。あなたは知らない。私は知ってるけど」
そう口にする、血の繋がらない姉、アンネ。
「だからね、こうする事であのこが喜ぶとも思ってないのよ。でも、黙ってるなんて、動かないなんてもっての外」
アンネは地面を力任せにけりつけて宣言する。
「人の大事な、大事な、弟を、傷つけて、悲しませた元凶。おねぇちゃんが、この、アンネ・リーベデルタが、殺すだけじゃなくって、存在を否定してあげるわ」
開戦、決定