第二十四話 亀裂1
彼にも勝てない相手が
それは、卒業式を終えた春の頃。
「疲れた」
ため息をつきながら歩くユヅルの足の先は、春日野邸へと向かっており、
「そんで、なんでお前らまでついて来るんだ?」
一緒に歩いている、クレハとレベッカ、ヘキルに対して問いかける。まぁ、生徒会としての活動であったので、一緒に活動している彼女たちがいるのは間違いではない。ただ、
「先輩が行くところに私ありです」
「面白そうだから」
なつき度が増しているレベッカと、単純に興味からついてきているヘキルはともかくとして、
「ちょっと、ね」
完全に含みのある口調で話すクレハに対して、ユヅルは一抹の不安を抱えていた。
「第一、俺も厄介になってるだけで、俺の家ってわけじゃないんだけどなぁ」
「そう思ってるのは、ゆ~ちゃんだけだとおもうよ」
上を見上げながら口にする彼に対して、クレハは楽しそうに口にする。実際、以前の縁談騒動を経て、春日野家での彼の立場は確定しており、最後の難関である彼女の両親を攻略しているのだから、無理もない。
「連絡ぐらい、入れといたほうがよかったかなぁ」
そんな事を口にして、玄関のドアを開けたユヅルだったが、次の瞬間、彼にしては珍しく、顔から血の気が引いていた。
「あれ、先輩、どうしたんですか?」
「ハイドマン君、突っ立っていては中に入れないぞ?」
そんな彼の様子に気づかない二人は後ろから口々に、彼に問いかけるが、隣に立っていたクレハの反応は違っていて、
「姉様っ」
靴をそろえる事もせずに脱ぎ散らかし、視界の先にいた女性へと我先に抱きつく。
肩口でまとめた淡い栗色の髪、青みのかかった灰色の瞳、柔らかいというよりは、強そうといった印象をもたれるであろう女性。
「あら、く~ちゃん、お帰りなさい。って、おねぇちゃんは笑顔で抱きしめてあげたり」
とても楽しげに、優しくクレハを抱きしめる女性。ただ、その反応とは対照的に、ユヅルは体を震わせている。
「あの女性は?」
「僕の知る限り、該当する人はいないが?」
そんな彼を気にせず、靴を脱いであがった二人に対して、
「この人は、私とゆ~ちゃんが執行官見習いのときにお世話になった、姉様。アンネ・リーベデルタ。元、執行官にして席次の十三よ」
胸を張って傍らの女性を紹介する。
「はじめまして、レベッカ・サウザード。席次の十二です」
「品川ヘキル。同じく席次の十一」
アンネに対して自己紹介をする二人を尻目に、ユヅルはカバンを玄関に置いた後、彼女に対して背中を向けている。
「さっきから、どうしたんですか、先輩?」
「そうだぞ、お世話になった方なんだろう?」
「ゆ~ちゃん、どうかしたの?」
三者三様に心配してくるが、そんな彼女たちに対する彼の返答は、一目散にその場から離れるというもの。
「ふふっ、おねぇちゃんから逃げ切れると思ってる当たり、ゆ~ちゃんも、まだまだ子どもよね?」
逃げ出したユヅルを、獲物を見つけたハンターのような視線で、楽しげに睨みつけ、
「おねぇちゃんは、逃がさないんだから」
靴を履いて、そのまま彼を捕縛するべく、走り出した。
「まだまだあま~い。って、おねえちゃんは勝ち誇ってみたりして」
数分後、左手でユヅルを抱きかかえるように帰還したアンネ。それを居間で出迎えた、ヘキル、レベッカ、クレハとヒサノの四人は、彼の疲弊振りに目を疑った。なにせ、天使と戦ったときも、執行官全員相手取ったときも、汗一つかかずに憎らしいほどの余裕を持っていた彼が、今、疲労困憊状態で、肩で息をしている。しかも、その衣服は乱れ、顔を見ただけでもいたるところに、自身の所有物である事を示すようにキスマークが。
「クレハ、お前、後で覚えてろよ」
いつもなら、恐怖を覚えるであろうセリフにも力が感じられない。
「ゆ~ちゃんってば、強がらないの」
その一言共に、彼に対して笑顔で頭突きを加えるアンネ。とてもじゃないが、彼に対してそんな行動を取った人物は、誰一人としていない。
「ヒサノちゃん、悪いけど、布団敷いてあげてくれる?」
「どうしてですか?」
お茶をすすっていたヒサノは、アンネの言葉に対して疑問符を浮かべ、その言葉を聞いたユヅルは彼女を睨みつける。
「ゆ~ちゃんってば、熱あるのに無理しちゃってるから。おねぇちゃんの見立てだと、三十九度ぐらいね」
「ちょっ、それって凄い熱じゃないですか」
彼女の言葉を聴いて、慌ててユヅルの額に手を当てるヒサノ。そして、その手は彼女の言葉を裏付けるように熱い。
「おかあさん、手伝って」
大声でアケノを呼び出したヒサノは、そのままユヅルを引きずるように彼を奥へと連れて行く。
「ふぅ、これで話しやすくなったかしら」
ユヅルが去って、急須から自分の湯飲みにお茶を注ぐアンネ。そのとき、彼女の体からは、先ほどまでのおちゃらけていた雰囲気は霧消している。
「く~ちゃんは、執行官じゃないけど、今回はおねえちゃんのわがままに付き合ってね?」
そう、彼女は一言だけ前置きし、
「先日、異端審問局で、大規模な粛清が行われたの。それにより、局長、局長代理、秘書官の三名は死亡。執行官は全員、権限と階梯の剥奪が決定されたわ」
その場の空気を完全に凍てつかせ、
「現在死亡が確認されている執行官は、席次の三、六の二名。九と十の二名は行方不明。ようするに、教皇は、あなたたちを殺そうとしているのよ」
内部抗争は何も敵側に限った事ではありません