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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第六章 牙を剥く者達
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第二十四話 亀裂1

彼にも勝てない相手が

 それは、卒業式を終えた春の頃。

「疲れた」

 ため息をつきながら歩くユヅルの足の先は、春日野邸へと向かっており、


「そんで、なんでお前らまでついて来るんだ?」

 一緒に歩いている、クレハとレベッカ、ヘキルに対して問いかける。まぁ、生徒会としての活動であったので、一緒に活動している彼女たちがいるのは間違いではない。ただ、


「先輩が行くところに私ありです」

「面白そうだから」

 なつき度が増しているレベッカと、単純に興味からついてきているヘキルはともかくとして、

「ちょっと、ね」

 完全に含みのある口調で話すクレハに対して、ユヅルは一抹の不安を抱えていた。


「第一、俺も厄介になってるだけで、俺の家ってわけじゃないんだけどなぁ」

「そう思ってるのは、ゆ~ちゃんだけだとおもうよ」

 上を見上げながら口にする彼に対して、クレハは楽しそうに口にする。実際、以前の縁談騒動を経て、春日野家での彼の立場は確定しており、最後の難関である彼女の両親を攻略しているのだから、無理もない。


「連絡ぐらい、入れといたほうがよかったかなぁ」

 そんな事を口にして、玄関のドアを開けたユヅルだったが、次の瞬間、彼にしては珍しく、顔から血の気が引いていた。


「あれ、先輩、どうしたんですか?」

「ハイドマン君、突っ立っていては中に入れないぞ?」

 そんな彼の様子に気づかない二人は後ろから口々に、彼に問いかけるが、隣に立っていたクレハの反応は違っていて、


「姉様っ」

 靴をそろえる事もせずに脱ぎ散らかし、視界の先にいた女性へと我先に抱きつく。

 肩口でまとめた淡い栗色の髪、青みのかかった灰色の瞳、柔らかいというよりは、強そうといった印象をもたれるであろう女性。


「あら、く~ちゃん、お帰りなさい。って、おねぇちゃんは笑顔で抱きしめてあげたり」

 とても楽しげに、優しくクレハを抱きしめる女性。ただ、その反応とは対照的に、ユヅルは体を震わせている。

「あの女性は?」

「僕の知る限り、該当する人はいないが?」

 そんな彼を気にせず、靴を脱いであがった二人に対して、


「この人は、私とゆ~ちゃんが執行官見習いのときにお世話になった、姉様。アンネ・リーベデルタ。元、執行官にして席次の十三よ」

 胸を張って傍らの女性を紹介する。

「はじめまして、レベッカ・サウザード。席次の十二です」

「品川ヘキル。同じく席次の十一」

 アンネに対して自己紹介をする二人を尻目に、ユヅルはカバンを玄関に置いた後、彼女に対して背中を向けている。


「さっきから、どうしたんですか、先輩?」

「そうだぞ、お世話になった方なんだろう?」

「ゆ~ちゃん、どうかしたの?」

 三者三様に心配してくるが、そんな彼女たちに対する彼の返答は、一目散にその場から離れるというもの。


「ふふっ、おねぇちゃんから逃げ切れると思ってる当たり、ゆ~ちゃんも、まだまだ子どもよね?」

 逃げ出したユヅルを、獲物を見つけたハンターのような視線で、楽しげに睨みつけ、

「おねぇちゃんは、逃がさないんだから」

 靴を履いて、そのまま彼を捕縛するべく、走り出した。



「まだまだあま~い。って、おねえちゃんは勝ち誇ってみたりして」

 数分後、左手でユヅルを抱きかかえるように帰還したアンネ。それを居間で出迎えた、ヘキル、レベッカ、クレハとヒサノの四人は、彼の疲弊振りに目を疑った。なにせ、天使と戦ったときも、執行官全員相手取ったときも、汗一つかかずに憎らしいほどの余裕を持っていた彼が、今、疲労困憊状態で、肩で息をしている。しかも、その衣服は乱れ、顔を見ただけでもいたるところに、自身の所有物である事を示すようにキスマークが。


「クレハ、お前、後で覚えてろよ」

 いつもなら、恐怖を覚えるであろうセリフにも力が感じられない。

「ゆ~ちゃんってば、強がらないの」

 その一言共に、彼に対して笑顔で頭突きを加えるアンネ。とてもじゃないが、彼に対してそんな行動を取った人物は、誰一人としていない。


「ヒサノちゃん、悪いけど、布団敷いてあげてくれる?」

「どうしてですか?」

 お茶をすすっていたヒサノは、アンネの言葉に対して疑問符を浮かべ、その言葉を聞いたユヅルは彼女を睨みつける。


「ゆ~ちゃんってば、熱あるのに無理しちゃってるから。おねぇちゃんの見立てだと、三十九度ぐらいね」

「ちょっ、それって凄い熱じゃないですか」

 彼女の言葉を聴いて、慌ててユヅルの額に手を当てるヒサノ。そして、その手は彼女の言葉を裏付けるように熱い。

「おかあさん、手伝って」

 大声でアケノを呼び出したヒサノは、そのままユヅルを引きずるように彼を奥へと連れて行く。


「ふぅ、これで話しやすくなったかしら」

 ユヅルが去って、急須から自分の湯飲みにお茶を注ぐアンネ。そのとき、彼女の体からは、先ほどまでのおちゃらけていた雰囲気は霧消している。

「く~ちゃんは、執行官じゃないけど、今回はおねえちゃんのわがままに付き合ってね?」

 そう、彼女は一言だけ前置きし、


「先日、異端審問局で、大規模な粛清が行われたの。それにより、局長、局長代理、秘書官の三名は死亡。執行官は全員、権限と階梯の剥奪が決定されたわ」

 その場の空気を完全に凍てつかせ、

「現在死亡が確認されている執行官は、席次の三、六の二名。九と十の二名は行方不明。ようするに、教皇は、あなたたちを殺そうとしているのよ」


内部抗争は何も敵側に限った事ではありません

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