乙女の決意4
相棒、それは捕らえ方しだいでいろいろな意味に
「ははっ、いいねぇ。流石は、『魔弾の射手』。殺し合いってゆうのは、やっぱりこうでなきゃいけねぇよな」
軽口を叩きながらも、ストレングスはレベッカの放つ全ての魔弾を回避。その動作は、非常に憎らしいほど余裕があり、ステップを踏むダンサーを連想させる。
「余裕ですね、本当に憎らしいほど」
彼女の射撃の腕は、神がかっている。その腕前は、異端審問局に所属する全てのものが敬意を払うほど。それでも、目の前の男には命中しない。しかし、レベッカもバカではない。立ち位置を何度も変えながら、相手の能力、戦術パターンを解析していく。
「避けてばかりじゃ、勝負に、殺し合いになんてなりませんよ」
「そう言ってくれるなよ、こっちは興奮を抑えるのに必死なんだ。いや、実にいい。殺すのが惜しいくらいに。どうだ、お前、こっち側に来る気はないか?」
「お断りです」
言葉と共に放った魔弾が、初めてストレングスへと命中。その爆発音、威力共に申し分ない。だが、こともあろうに、彼はその弾丸を掴み取っていた。それも左手だけで。
「まさかとは思っていましたけど」
「おぉ、俺の能力にようやく気づいたか?」
「さっきのは、間違いなく圧縮開放を利用した防御。あなたは」
「そう、ご明察。お前と同じ能力の使い手だよ」
隠すことなく、むしろ誇るようにストレングスは胸を張り、
「さぁ、タネもわかったことだし。俺も、ようやく戦えるってわけだ」
不遜な言葉を口にして、
『我が矢は天を貫き、月を穿つ。されど、心を射抜く事は敵わず』
その力を見せ付けるように開放した。
両手には二丁拳銃。獲物が出現した以外、外見的な変化は殆ど見られないが、
「おまえも、奥の手があるなら、早いうちに使わないと、死ぬぜ?」
片方の銃口が火を噴いた瞬間、彼女の背後で爆発が起こる。その威力は、空中であったからいいものの、着弾したのが床、もしくは人体であったなら、跡形もなく消し飛ばすほどのもの。
「戦天詞、やはり、あなたたちも使えるんですね」
彼女たちに力を貸しているシロウが神であるなら、星の皇もまた、同じ神。同格であるなら、配下の者たちが、同じ武装を所持していても不思議は、ない。
「どうした、俺は気が短いんだ。あんまりテンション下げるなら、そっちのやつから先に、片付けるぞ?」
「軽い男ですね」
挑発に対する答えは、冷笑。その答えに不満げなストレングスだが、
「自分の言葉すら守る事ができないなんて」
「はっ、だったら、とっととこっちのやる気を引き上げてくれよ」
「言われなくても、そうしてあげます」
彼女自身、どうして自分の口から激情ではなく、ここまで冷たい言葉が出てくるのか、不思議で仕方なかった。最近、否、ユヅルに会う前は、すぐ自分の感情に振り回されていたというのに。
『私の手は弓、私の体は弓弦、私の心こそが矢。そして、射抜くものは、体ではなく魂なり』
その言葉は戦天詞を起動させる為に必要な祈りの言葉。
だが、その言葉を聴いたストレングスは驚きを隠す事ができず、
「おいおい嘘だろ、マジかよ」
「事実を事実として受け入れる器がなければ、己の死期を早める。先輩の言葉です」
彼女の左手には、腕と一体化するように、主を守る鎧のように、大きく展開された弓が。それは、紛れもなく、戦天詞を起動させた事の証。
「だって、お前は、魂吸収者じゃないだろ」
「ええ、違います」
「なら、どうやって」
「何事にも、例外や裏技は存在するんですよ」
彼の狼狽も、仕方のないこと。
戦天詞。
この武装は、己の魂に呼びかけ、魂の力を使って展開される。威力も、形も、使用者の思い描いた形で。ただ、この武装、魂の力を使用して動く為、魂吸収者という能力を持たないものが使用しても、展開する事さえできない。それを、レベッカは可能としているのだから、驚く事も無理はない。
「なら、確かめてみればいいじゃないですか」
その言葉と共に、彼女が弦を軽く弾いただけで、先ほど、ストレングスが起こした攻撃とほぼ同じレベルの攻撃が、彼の背後で爆発音を響かせる。
「おまえ、それ」
「ああ、やっぱり気づいちゃいます?」
「偽神呪紋。正気かよ」
「あなたに正気を問われる覚えはないんですけどね」
先に行動を起こしたのはレベッカ。そして、それに対応するように動くストレングス。目まぐるしく動く二人の動きは、華麗にして神速。その動作には一切の無駄が存在せず、見るものが見れば、ダンスをしている二人に見える事だろう。ただ、これは戦闘であり、殺し合い。
二人が位置を変え続け、それでも動き続けるのは、互いが互いの腕を認め、弱点となりうる点も同じであるが故。二人の戦いは、位置取り、斜線上の遮蔽物、足場にかかわるものが、直接勝利へと繋がる道になる。拳銃では威力があるものの、飛距離が足りない。弓矢では、飛距離があるものの、威力が足りない。どちらも一長一短であり、射撃という戦闘を経験しつくしている二人からしてみれば、いかにして、相手の間合いをはずし、自分の間合いに入れるか。それこそが重要にして、勝利の鍵。
「なぁ、提案があるんだ。よく映画とかであるだろ、早撃ち(クイックドロウ)。そいつで勝負を決めないか?」
「いいでしょう」
互いに、肩で息をしながらも、有利な状況を作り上げる事ができない二人は合意。
しかし、互いの獲物が銃と弓である事を考えれば、不利と言う名の天秤は確実にレベッカのほうに傾く。
「では、不肖ながら、僕がコインを投げましょう」
ソウイチの提案を受け、二人は背中合わせに立ち、己の神経を獲物のみに集中させる。そして、二人は互いに三歩ほど歩き、コインが地面に落下した小さな音を聞き、その命を一瞬に賭ける。
決着は一瞬。
片方はその場で崩れ落ち、もう片方は敗者へと歩み寄り、見下ろしている。
「ハッ、中々面白かったぜ、お前」
そして、ストレングスは倒れたまま動かないレベッカから、銃口をソウイチへと向け、
「残念だったな、お前のもくろみは失敗だ」
引き金を引こうとした瞬間、その場で膝を突く。次に襲ってくるのは、強烈過ぎる虚脱感と痛みの本流。どうにか振り返ってみれば、そこには、無傷で立ち上がっているレベッカの姿が。
「嘘、だろ」
「現実です。そうですね、強いて言うなら、あなたは命のやり取りがお粗末過ぎるんですよ」
そう、ストレングスの攻撃を相殺し、相手の油断を誘う為、わざとレベッカは血糊まで使って敗北を演出していた。そして、彼は、勝利という慢心によって、生死を確認するという行為を怠った。一歩間違えば、勝利者はどちらにもなりうる状況だったのだ。
「先輩なら、確実に、相手が倒れただけで警戒を緩めず、倒れたままの相手に容赦なく止めを刺していた状況です。それも、自分が想定できる、反撃できる状態にならなくなるまで」
レベッカは冷たい声で、弓弦を引き絞り、
「お前の先輩って、悪魔かよ」
「あの人を体現するなら、そんな言葉じゃ生易しいですよ。でも、私は、あの人の、先輩の相棒になる事を選んだんです。先輩が堕ちていくというなら、一緒に堕ちていきますよ」
笑顔でストレングスの頭を吹き飛ばした。
レベッカ、ヤンデレ路線へ?