乙女の決意2
主人公はニート中
「一つ聞きたいんだけど、あなた、誰に会いにきたの?」
「それも聞かずに斬りかかってきたのは、誰ですか」
クレハとサクラコ互いに、互いを弾き、距離をとる。
「私が会いにきたのは、ユヅル。二年前から慕っていた方です」
「二年前? あいつに会ったってこと?」
「ええ、命を救っていただきました」
「あいつの天然ジゴロ、どうやったら矯正できるのかしら、マジで」
彼女の言葉を聴いて、クレハはため息を一つ。どうやら、無意識の内に彼が動いた事で、又一つ厄介ごとが生まれていたらしい。
「でも残念ね、あいつには既に大切な人がいるわ」
「そうでしょうね、素敵な方ですから」
話しながらも、戦いという行為の最中で両目を閉じるサクラコ。その行為は完全にこいに盲目な少女そのもの。
「それでも、諦めるつもりはないわけね」
「ええ、当然です。あのこでは、あの人は救えない。あのこには全てを差し出す覚悟も、捨てる覚悟もない。だから、私があの人の目を覚ましてあげるんです。あのこを殺して」
瞳を開いたサクラコ。その瞳に宿るものは狂信、はたまた狂気。どちらにしても、ろくなものではない。
「あなた、今、なんて言った?」
聞き返すのとほぼ同時、クレハは一瞬で距離を縮め、剣を力任せに叩きつける。そこには技術もなければ、駆け引きもない。だが、それは、サクラコの鉄扇によって防がれてしまう。
「耳が遠いのでしょうか、もう一度言ってあげます。あのこを殺して、あの人の、ユヅルの目を覚まさせてあげるといったんです」
「そんなこと、絶対にさせない」
サクラコの言葉を聴いて、再び力任せに剣を振るうクレハ。それは、普段の彼女とは違い、明らかに怒りという感情に支配された行動。それでも、彼女は理性で、自分の感情を押し殺す事ができない。
「あいつから、ゆ~ちゃんからは、二度と奪わせない」
「一度奪ったあなたがそれを口にするのですか?」
その言葉は、明らかなまでの侮蔑。そして彼女の浮かべる冷笑。それら全てがクレハの心を逆撫でする。
「やはり、あなたもあの人のそばにいるのは相応しくないようですね」
その言葉と同時に叩きつけられる鉄扇。感情に支配されたクレハは、反射的に剣で受け止めるものの、死角から繰り出されたもう一つの鉄扇に気づく事ができず、右脇腹に強烈な衝撃を受けて地面を転がる。
「私は、あの人のために全て捨てました。両親もこの手にかけました。あの人が望むのなら、この命すら捧げましょう」
両手の鉄扇を軽く振り、謳う狂信者。
「ありがとう、今ので、はっきりわかったわ。あんたは、ここで私が殺す。あいつに、ユヅルに会う資格は、あんたにはない」
剣を杖代わりに立ち上がるクレハ。だが、先ほどの攻撃で肋骨が何本か折れたのだろう、苦しげに息を吐き出し、右手で脇腹を支えている。
「なんですって?」
「あんたこそ、耳が遠いんじゃない? もう一度言ってあげるわ、今度ははっきりと。ここで、あんたは死ね」
聞き返すサクラコに対して悪態で返すクレハ。しかし、戦況は明らかに彼女のほうが不利。
「あいつね、孤児なのよ」
「は?」
いきなりの言葉に、まぬけた表情を晒してしまうサクラコ。だが、それを気にも留めず、彼女は言葉を続ける。
「両親の顔なんておぼえちゃいない。多分、誰かに愛されたって記憶すらないんじゃないかしら。おまけにあいつ、泣かないのよ。泣けないんじゃなくって、泣かない。この違い、あんたにわかる?」
「さぁ?」
「でしょうね。さらに言えば、あいつ、異端殲滅執行官の中でも、特に嫌われる立場にいるのよ。どうしてだかわかる?」
「さきほどから、何を言っているんですか、あなた?」
サクラコは、彼女の真意がどこにあるかわからないまま、クレハの言葉に耳を傾ける。
「あいつは優しすぎるのよ。味方殺しをするのは、他の誰かに癒えない傷を与えない為。自分が憎しみを背負う事で、誰かを守り続けてる。本当に、バカよね」
「そうですね」
「そこは同意するのね。でも、一つだけいいことを教えてあげるわ。あいつを、ゆ~ちゃんを馬鹿にしていいのは、私だけよ」
その言葉と同時に、彼女は右手を剣の柄へと移動させ、両手で剣を構える。
『私の右手は血塗れ、私の左手は冷たい。それでも、あなたがいるなら、私は罪を背負い続ける』
その言葉は誰へと向けられたものなのか。
言葉が紡がれ、それに呼応するように剣が溢れんばかりの、否、世界を焼き尽くさんばかりの光を放った。
そして、光が収まったその場にいたのは、銀色に輝く髪を風に遊ばせ、金色の瞳で敵を射抜く、白の鎧に身を包んだ騎士。
「それは、戦天詞。まさか、実装段階にまで至っているなんて」
「あいつなら、暢気に会話をしてる余裕があるなら、さっさと止めを刺せって言うわよ、確実に」
クレハは、驚きを隠せていないサクラコに対して剣の切っ先を向ける。
「さっきの話の続きね。あいつはね、本当は、いつだって泣きたかったはずなのよ」
その言葉は、過去の自分すら傷つけるものだと知りながら、クレハは気にせず口にする。
「一緒にいた仲間を殺して、傷つかない人間がいる? 守ったはずの人々に侮蔑されて、傷つかない人間がいる? もしいるとしたら、そいつは人間じゃない。ただの機械、もしくは生きる屍」
襲い来るサクラコの鉄扇を、華麗な体捌きで回避し、距離をとり、さらに彼女は言葉を続ける。
「傷ついたら泣くのが人間よ。声を上げて、涙を流して、感情を吐き出す。それが泣くっていうこと。でも、あいつは泣かない。泣けないのではなく、泣かない。もう一度聞くわ、あなたに、この違いがわかる?」
「そんなこと、どうでもいい」
「そう」
彼女の言葉に納得が言ったのか、クレハは短く言葉を切る。しかし、彼女の瞳に浮かんでいるのは、先ほどの怒りがぬるま湯だと勘違いしてしまうほどの、激しい憎悪。
「あいつが泣かないのは、弱さを見せてしまうからよ」
「何?」
「あいつは、異端審問局で最も恐れられる存在。それが、泣いてしまったら、弱さを見せてしまったら、そこに付け込まれる。だからあいつは泣かない」
そして、クレハは一度瞳を閉じた後、再びサクラコを睨みつける。
「あんたみたく、全てを捨てられる人間にはわかるわけないわよね。あんたは、最初からあいつの欲しいもの、全部持ってたんだから」
繰り出した一撃は、片方の鉄扇を粉砕し、
「あいつには、何もなかった。人一倍臆病なくせに、泣く事すらできない。人一倍優しいくせに、誰よりも傷を負う。そんなあいつから、私は一度奪った。これは、許される事じゃないわ。あいつが許してくれても、私が私自身を許せない」
返す一撃でもう片方の鉄扇も破壊。
「だからこそ、私が今度はあいつを救う。暗闇に堕ちたままの、あいつの心を。本当は、いつだって声を上げて泣きたかったはずのあいつが、ようやく泣ける場所をみつけたのよ。何にも持ってないって、だから自分が傷つけば、誰も傷つかないって。そんな馬鹿げた事を真剣に考えて、傷だらけになってたあいつが、ようやく安らげる場所がみつかったのよ」
そして、彼女の剣は、一片の容赦もなく、サクラコの首を斬り飛ばす。
「あいつから、ユヅルからは、二度と奪わせない。あいつは、今まで傷ついた分だけ、与えられていいはずなんだから」
クレハは、瞳から涙が零れている事すら気にせず、踵を返し、その場を後にした。
実はデレてたクレハさん