第二十三話 乙女の決意1
主人公は、まだ逃げてます
「この感じ、奴らか」
息を殺し、身を潜めていたユヅルは異変に気づき、毒づくものの、現状、彼が姿を現せば被害は拡大する方向にしか動かない。
「非常事態ってやつか、しょうがない」
ただ、最悪の事態を回避する為に、動き出した彼が見たものは、倒れている男子生徒たちの姿。慌てて一人に駆け寄り確認してみるが、とりあえず息はしている。だが、生命力が削られていっていることは確かで。
―一人ずつ、来るって話だったはずだが―
先ほど感じ取った気配の主は、校門付近から動いていない。だが、彼の感じ取った気配は、もう一つあり、そちらは屋上に存在している。
―校門のやつが仕掛けるにしては、早すぎる―
たとえ、領域系の能力を有するものであろうと、その能力が効果を発揮する為には、最低限の時間と、緻密な演算能力が必要不可欠。校門側の人間が行ったにしては、手際がよすぎるし、なにより、戦闘中にそこまで演算に力を割ける人間に、彼は今まで出合ったことはない。
「ふぅ、なら、分担は決まったようなものだな」
そう口にして、タバコを取り出しマッチで火をつけようとした瞬間、彼は背中に衝撃を感じ、
「お前、こんなところで何やってんだよ?」
「先輩、非常事態です」
「そんなの、おまえに言われるまでもなくわかってる」
慌ててかけてきたであろうレベッカへ視線を向ける。
「そこで、お願いがあります」
「あん?」
いきなりの彼女の言葉に、不機嫌さを隠すことなくユヅルは聞き返し、
「敵は、おそらく屋上にいるんですよね?」
「ああ、俺が感知できた範囲なら。間違いないはずだ」
「その敵、私に任せてくれませんか?」
彼女の言葉を聴いて、彼は眉根を寄せる。
「何、くだらない冗談、口にしてやがる」
「冗談なんて、口にしてません」
領域系の能力者は、大概、領域の維持に自身の力を注ぐ為、能力者の戦闘能力が高い必要はない。それ故に、自身を守るために、予備戦力、盾を用意している可能性が非常に高い。その為、戦力を集中して叩くことが、戦場では定石とされている。その事をレベッカも、重々承知しているはず。そう考えていた彼にして見れば、彼女の提案は愚考以外に取れない。
「相手がオーソドックスなタイプだったら、単独での戦闘は極力避けるべきだ。お前は、そんな事も学んでこなかったのか?」
「それは、知っています」
「なら、なんで一人でやろうとする。この能力が領域系だと、仮に断定した場合、領域内にいる俺たちにも、いつ影響がでてもおかしくないんだぞ?」
「それも承知の上です」
「じゃあ、なんでだ」
いよいよ彼女の考えが理解できなくなって、彼は声を荒げてしまう。
「それでも、私一人でやらせてほしいんです」
「理由を聞かせろ。納得するかは、別として」
「先輩が、私の事を、相棒として認めてくれたからです」
レベッカの瞳には、硬い決意が根付いている。だが、それでも、ユヅルは聞かずにはいられない。
「安っぽいプライドの為か?」
「違います。私のプライドは、先輩と戦ったときに折れています」
「なら――――」
「相棒と呼ばれるなら、私は守られる立場ではなく、対等な場所に立っていなくては、意味がないんです」
自らの言葉に苦しめられるとは、まさにこの事だろう。彼は苦虫を潰したような表情を浮かべ、
「それは、ただの言葉だろ?」
「ただの言葉じゃありません。私にとっては、大切な言葉です」
決して譲らないといった意思を明確に、彼女は言葉を続ける。
「先輩は背中を預けるといってくれました。先輩は、自分の力に及ばない人間に、そんな、自分の命を左右する言葉を口にしたんですか?」
そして、今度は、彼が口を閉じるしかなかった。
「大丈夫です。私は、死にませんし、負ける気もありません」
「はぁ、俺は随分と馬鹿なやつを相棒に選んじまったみたいだな」
「吐いた唾は、飲み込めませんよ?」
茶化すように口にして、彼女はユヅルに対して背中を向ける。既に、己の言葉を出しつくした彼は、これ以上口にする言葉がない。
「それじゃ、行ってきます」
「ああ、とっとと終わらせて帰って来い。具体的に言えば、俺がこの箱を空にするまでに」
そう口にして、タバコにマッチで火をつけるユヅル。
「大丈夫です。すぐに終わらせて戻ってきます。だって、女の子には、凄い力が宿ってるんですから」
そう口にして、レベッカは振り返り、
「恋する乙女は、素敵で無敵なんですから」
これから死地に向かうはずなのに、遠足にでも出かける子どものような笑みを浮かべていた。
次回からしばらく主人公は登場しません