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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第五章 新しいはじまり
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縁談バーサス4

この話、若干長くなりそうな予感

「なぁ、これって、縁談なのか?」

 問いかけるものの、彼の問いに答えてくれるものはこの場に誰一人としていない。それもそのはず、彼は刀を握らされ、二人の男と対峙している。

 

 ヒサノの縁談。

 そう、ユヅルは聞かされていたのだが、実際は刀、それも真剣を用いた真剣勝負。流石に命を奪い合うような真似はしないが、それでも、流血沙汰は避けられない。

「まぁ、なるようにしかならないよな」

 そんなことを愚痴のようにこぼし、彼は鞘を力強く握り締めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「ちょっと、お父さん、これって縁談じゃないよね?」

「いや、縁談だ」

「縁談よねぇ」

 ユヅルが考え事をしているのとほぼ同時、観客として見守る立場であるヒサノは、明らかに自分の知っている縁談とは違う。そんな事態に驚きを隠せずにいたが、そんな当人をお構いなしに、彼女の両親は、酒を口に運んでいる。


「久しぶりだねぇ、ヒサノちゃん」

 そんな彼女に声をかけてきたのは、温和な笑顔を浮かべた初老の男性。間違いなく、この人物こそが、日本の裏社会の頂点にいる人物にして、ヒサノの祖父、鳳公康。

「まさか、ヒサノ殿が姉様の娘だったとは、正直びっくりでござる」

 そんな公康の隣には、化粧をして、着物姿のセンザ。


「えっと、この場合、どう呼んだらいいんでしょうか?」

「気軽に、好きに呼んでくれて言いでござるよ。もっとも、拙者としては、お姉ちゃんが一番、ポイントが高いでござる」

 ヒサノの問いに、軽口を叩き、彼女の隣に腰を下ろすセンザ。その動作には気品があり、貴族の令嬢といわれても遜色ないほど。


「それにしても、厄介な相手を縁談相手に選んだでござるな」

「知ってるんですか?」

「勿論。片や、関東をその智謀で纏め上げた哭流会の跡取り。片や、関西をその有り余る力で一つにした白鯨会の跡取り。日本に限って言えば、最強の五本指に必ず入るであろう二人でござるよ」

 ヒサノ自身、ユヅルの心配はしていなかったのだが、センザの言葉が彼女の不安をかきたてる。彼は、自分自身のためではなく、ヒサノと家族、そして組の為に戦うといってくれた。それは、とても嬉しいこと。だが、同時に、そんな負担を背負わせたくないという負い目もある。


「なぁ、アケノ。あの金髪の小僧、ヒサノちゃんの彼氏って本当か?」

「ええ、本当ですよ、お父様」

「そうか」

 問いかけた公康だったが、その答えを聞いて、


「こいつは、悪いことをしたな。若者にこっちの都合を押し付ける形で」

「まぁ、それがユヅル殿の悪いところで、いいところでござるからな」

「センザの知り合いでもあるのか?」

「はいでござる」

 愚痴るものの、センザの言葉を聴いて、微かな笑みを浮かべて、腰を下ろす。


「それじゃ、あの小僧について少し聞かせてくれ」

「ユヅル殿について、でござるか?」

「ああ、性格、人となり、知ってる限り」

「そうでござるな、性格は臆病。計算高く狡猾、冷静にして冷酷。その割に面倒見がよく、いろいろなところで人助けをする。かなり複雑な人間でござるよ」

 問われたセンザは、首をかしげながら、楽しげに彼のことを口にする。


「ヒサノちゃんから見ては、どうだい?」

「優しくって、照れ屋さんです。自分を素直に出せなくって、誤解されちゃうひとで、意外と甘えん坊さんです」

「やっぱり、惚れてんのかい?」

「はい」

 迷いなく答えるヒサノ。それを聞いた公康は、

「なら、見定めさせてもらおうか。娘と、孫娘の目を」

 肉食獣さながらの鋭い視線を、舞台へと向ける。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「なぁ、始める前に聞かせてくれないか? あんたら、ヒサノのこと、どう思ってるんだ?」

 それは、ユヅルの口から出た純粋な問い。

「私の地盤を磐石にする為に、必要な人だ」

「実物見たんは、初めてやからな。強いて言うなら、もうちょっと、ボインボインがよかったわ」

 二人の口から聴いた言葉で、彼はため息をつく。


「要するに、どうでもいいってことか?」

「まぁ」

「簡潔に言えば、そうやね」

 彼の問いに、それぞれ答え、


「ああ、君は彼氏だったな。気を悪くしたなら、謝っておくよ」

「すんまへん」

 形だけの謝罪をそれぞれ口にする。

「そっか」

 そして、彼は短く、吐き捨てるように言葉を口にする。


「それでは、はじめっ」

 審判を勤める男性の声と共に、二人は動くが、ユヅルはこともあろうに、その場で刀を投げ捨て、きていたスーツの上着、ワイシャツを脱ぎ捨てて、上半身裸になる。


「お前ら、口は災いのもとって、知ってるか?」

 蔑むようにユヅルは小さな声で口にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「あら、やっぱりいい体してるわね、ユヅル君」

 そんなユヅルの姿を見たアケノは、素直な感想を口にするが、

「姉様、何を言っているでござるか?」

「ユヅル君、今、上半身裸になったのよ」

 問われ、答えてもらったセンザの顔色はその瞬間、蒼へと変化する。


「今すぐ止めるでござる」

「何を慌ててる、センザ」

「父様、あの二人、死ぬでござる」

 センザの慌てように、公康が問いかけるが、彼は、事態の重さを理解していない。


「センザちゃん、どうしたのよ」

「どうしたも、こうしたもないでござる」

「小僧も、ここで人死にを出したら、まずいことぐらいわかってるよ?」

 あまりの彼女の慌てように、ヒサトとアケノも声をかけるが、彼女の心は今すぐ自分が出て止めるべきか、決断を迫られている。


「あの、センザお姉ちゃん。どういうこと?」

「ユヅル殿は、本気でござる」

「まぁ、ヒサノがかかってるしな」

「違うでござるよ。意味がわかっていないでござる。ユヅル殿が本気を出すということの意味を」

「それって、どういうことよ?」

 あまりの彼女の慌てっぷりに、周囲が声をかけてきて、


「ユヅル殿は、戦闘ではもっぱら刀や銃を使うでござる」

「まぁ、獲物を使うのは当然だろ?」

「彼に限って言えば、それは当てはまらないのでござるよ」

「どういうことだ?」

「ユヅル殿が獲物を使う理由は、やり過ぎないようにする為でござる。刀を使っている状態のユヅル殿なら、拙者も五分の戦いができると自負しているでござる。でも、素手のユヅル殿に、勝てるとはいえないでござる」

 その言葉が、嘘偽りでないと証明するように、彼女の声は震えていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 いきなり、自身の獲物を捨て、上半身裸になり、靴まで脱ぎだしたユヅルを見て、その場にいる二人は困惑の表情を浮かべていたが、

「始まってるのに、待つなんて随分と悠長だな」

 彼の安い挑発に乗って、

「ワレ、死んでも後悔すなよ。白鯨会背負ってるワイ、蘿蔔コウイチ様に喧嘩売ったのが、運のつきや」


 その刀をユヅルに対して、振り下ろす。それは、完全に相手を殺す威力を伴っていて、素肌で受ければ、腕が落ちても不思議ではない。だが、その刃を、左腕でユヅルは受けていた。傷一つ受けることなく。

「あんたさ、中国武術って知ってるか? その中に、鋼気功って技があってな。会得するまで、俺も何度か死にかけたんだよ」


 彼の口にした鋼気功は、中国武術の奥義にして秘奥。

 その肉体を、気を媒介とし、鋼へと変える秘術である。そして、この技は、決して防御にだけ使うものではない。

「俺の女を、軽々しく侮辱したことを、後悔しろ」

 その言葉は、まるで死神の鎌。次の瞬間、彼の突き出した右こぶしと、それに伴う轟音がその威力を物語っている。そして、うめき声を上げることもできずに、その場で倒れるコウイチ。


「さて、対策は思いついたか?」

 一人を完全に戦闘不能にし、もう一人の人物に対して声をかけるユヅル。

 そんな彼に対する反応は、銃声。

 それは、完全に予想外のことだったため、上半身を大きくのけぞさせるユヅル。


「ふぅ、人間、勝てばいいんだよ。どんな手を使っても」

 それは、獲物が刀だけという条件を完全に無視した一撃。当然のように観戦していたものたちが、彼を取り押さえようと動き始めるが、

「ああ、確かにそう、そのとおりだ」

 次の瞬間、その動きは止まる。それもそのはず、撃たれたはずのユヅルが、無傷で肩を鳴らしているのだから。 


「使う相手を誤ったな。素人の銃弾なんざ、銃声聞いてからだって反応できる」

 そして、一歩ずつ歩み寄っていくユヅル。そんな彼に対して、何度も男性は引き金を引くものの、銃弾が彼には一発たりとも当たらない。

「こんなものは、実力差がない奴にこそ、使って意味がある」

 そして、男性の目の前にまで来たユヅルは、彼の目の前で、銃身を左手で握りつぶす。

「おもちゃに頼ってるようじゃ、たかが知れる」

 そう口にして、ユヅルは鳩尾に、深々と右のこぶしをめり込ませ、


「春日野ヒサノは、俺の女だ。春日野ヒサト、アケノは俺の親だ。次にこんな茶番を仕組んでみろ、そのときは容赦しない。手加減もしない。来るなら来い。盛大に、お前らの命を散らせてやる。テメェらが、自分の命を賭けてでも挑んでくるなら、今すぐ俺の命を奪ってみろ」

 それは、日本の裏社会に生きる猛者たちへの宣戦布告に他ならない。しかし、誰一人として彼の言葉を笑うものはいない。そこには、確かな覚悟と決意、そして、それに伴う強さと背中があったから。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「凄い小僧だな」

 ユヅルの宣言を聞いた公康は、楽しげに口にし、

「おそらく、明日にでも、哭流会、白鯨会ともに、頭下げに来るだろう。惚れた女のために命を賭ける。まさに、背中で漢を語りやがった」

 少年と呼ぶには大きすぎる、たくましい背中へ視線を送った。



男は背中で語るもの。

でも、これって日本独自のものだよね?

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