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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第五章 新しいはじまり
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縁談バーサス3

勝ち取ることに意味があるのではない。


勝ち取るものにこそ意味がある。

 両手で刀を正眼へと構え、足運び、重心、間接の動きを意識しながら刀を振り下ろす。ただの素振りではなく、相手を確実に一刀の元に切り伏せることを前提とした動き。それを、軽く百回は繰り返し、今度は突きへと動作を変える。斬り下ろしから突きへの変化技。斬り下ろしから、途中で片手を離すことで方向を変化させる薙ぎ。その動作を繰り返した後、ようやくユヅルは一つ息を吐き、


―まだ、あの領域にはたどり着けないか―

 自身の力の足りなさを実感してしまう。

 剣技において、執行官でセンザに及ぶ者はいない。それでも、彼が勝てたのは、刀という武器だけでなく、己の肉体を完全に支配下に置き、自在に動かすことができるがゆえ。それでも、彼女の領域に踏み込めていないのだから、センザの努力が並大抵のものでないことを証明している。


―所詮、模倣は模倣でしかない―

 彼女の動作を見よう見真似で行っているだけで、彼女の体得した技を己のものにした彼自身だが、それは、彼女の技であって己の技ではない。故に、その先を見出せずにいる。だからこそ、技を見につけた今も、どうやればその先へたどり着くことができるのか。反復練習を欠かしたことは、一日たりともない。


―動きに柔軟性が足りない。いや、関節の動かし方が違うのか?―

 一般的に、男性は女性よりも体の動きが硬い。それは、筋肉のつき方が違うためといわれているが、それでも、彼は納得できずにいる。だからこそ、舞を意識してフジノの動きも取り入れて、何とか今の形へと持ってこれた。しかし、まだ、足りない。常人にしてみれば、十分すぎる強さと思われていても、武芸者からしてみれば、はっきりと両者の違いが一目でわかる。


―少し、落ち着けるか―

 悩んでいても、答えが出ないことを、彼は知っている。それでも、諦めることを嫌い、改善点を洗い出し、実践してきた。思い浮かべては実行し、失敗し、その繰り返し。

 呼吸を落ち着かせ、縁側を借りてその場で座禅を組み、刀を太ももに乗せる。ゆっくりと、意識を刀に固定したまま、周囲へと意識を移動させていく。矛盾した考えのように思えるが、戦闘において、意識の切り替えや、周囲の状況把握は大きな要因となる。それを理解しているが故に、彼は落ち着きながらも、自身の力を磨くことを止めない。


 そこで、廊下の奥から、自分へと近づいてくる足音に気づくが、瞳を閉じたまま、動くことはしない。戦場であれば、判断ミスとして取られる行動も、この家ではそうではないことを、彼は知っている。


「いや、見事なもんだな。いつも、あんなことをしているのか?」

「やっぱり見てたのは、あんたか」

 隣に腰掛けてきた人物、ヒサトを確認し、彼は瞳を開いて刀を消す。


「聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 彼はおそらく、縁談について何か聞きたいことはあるのではないか。そう、暗に言っているのだが、それに対するユヅルの返答は首を横に振ること。

「あんたには、あんたの考えがあるんだろ。なら、別に聞くことなんてない」

「恋人に縁談を持ってきたのに?」

「短い付き合いだが、あんたの人となりは大体わかってる。そんなあんたが、縁談を組んだ。なら、そこには、俺が軽々しく聞いちゃいけない事情があるんだ。違うか?」

「ふぅ、本当に、お前は子どもなのかねぇ」

 ため息をつきながら、どこか諦めたようにヒサトは夜空を見上げる。


「なぁ、聞いてくれるか?」

「ここは、あんたの家だ。話したければ勝手に話せ。それが俺の耳に入るかどうかは、別だけどな」

「そうか」

 そう口にして、ヒサトは、

「悪いな。アケノ、茶でも用意してくれるか?」

「はい、あなた」

 二人の会話に混ざろうとして、様子を伺っていたアケノに助け舟を出す。


「この縁談、本当は、親として断るべきなんだろうな。だが、組の長としては、断ることはできなかった」

 茶を一口だけ口にして、ヒサトはこぼすように口にし始める。

「縁談の相手は二人。片方が関西、もう片方が関東の殆どを牛耳ってる組の跡取り。断れば、組を潰すといわれた」

 一ヶ月前の会話を思い出しながら、ユヅルは口を挟むことなく、先を促す。


「縁談がまとまる保障はどこにもない。だが、組を守る為にはしかたがないことだ。そう、割り切るしかなかった。本当、ヒサノのことなんか、考えてない、ダメな父親だよな、俺は」

「そうだな、本当に」

 茶を口に運び、彼はつまらなそうに口にする。しかし、その決断にいたるまで、ヒサトがどれほど悩んだか、その葛藤ぐらいは感じ取っていた。


「戦えば、どうなるかわからない。命を落とすかもしれない。それなら、それぐらいで済むなら、耐えられる。だが、残していったアケノは、ヒサノはどうすればいい。そのことばかりが、頭の中をぐるぐると回って、結局、逃げたんだ」

「そうか」

 そう口にしたユヅルは、まだ熱いままの茶を一気に飲み干し、

「俺を責めるか?」

「あんたが、悩んだ末に出した結論を、どうして俺が責められる」

 許しを請うようなヒサトの問いに、顔を見ることなく立ち上がり、庭へと足を進めて答える。


「俺は、まだガキだから、あんたの結論が間違ってるとも、正しいともいえない。でも、これだけは言える。守るって事は、奪うことよりも、困難で。自分の心や立場を犠牲にしても、全員の命を守ろうとした、あんたの意思は誇れるものだと」

 懐から取り出したタバコにマッチで火をつけ、そう口にする。それを聞いて、ヒサトとアケノの二人は目を丸くしていた。このことを口にしたなら、激昂するか、軽蔑されると踏んでいたから。だが、結果として彼の口からでてきたのは、賞賛。


「それに、その縁談、俺も数に入ってるんだよな?」

「ああ、それは」

 確認するように振り返ったユヅルに対して、ヒサトは首を縦に振る。それを見た彼は満足げに、そして少しだけ恥ずかしそうに、こう告げた。


「なら、俺が救ってやるよ。悩みぬいて、あんたが選択した結論を含めて、守ってやるよ。傷つくことを恐れて、何もしない愚者ではなく、自身が傷つくことを恐れず、誰かを守りたいと願う愚者なら、俺は迷わず、今なら後者を選べる。だから、守ってやるよ。あんたの誇り、組、妻、娘、守りたいもの全部。複雑な大人の世界なんて俺は知らない。でも、無視できるほど遠いものでもない。なら、立ち向かって勝ち取ればいい。誰かさんが言ってたように、愛って奴は勝ち取るものらしいからな」


 そして、彼は背中を向け、小さな声で続ける。

「そしたら、あんたらのことを、親って、胸を張って俺も呼べる気がするんだ」

未だにテレが残っている主人公

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