第二十一話 縁談バーサス1
さて、久しぶりの学校です
それは、二年前のこと。
執行官になったばかりのユヅルは、一度だけ、日本に訪れたことがあった。
「くだらない。騒音を掻き鳴らすだけなら、俺の半径一キロ以上でやってくれ」
タバコの煙を吐き出し、黒の法衣を纏ったユヅルは、無表情でありながらうんざりしたように言い放つ。
状況は簡単だった。
追われている一人の少女が、無数の黒服の男たちに包囲され、それが、偶然待ち合わせをしていたユヅルの前で起きた。ただそれだけのこと。
周囲には、一般人は見当たらない。おそらく、事前に人払いを済ませていたのだろう。
それを確認して、ユヅルは自身の好む静寂を破壊した男たちを、一人残らず斬殺。作り上げられるのは阿鼻叫喚の図。むかってくる者、逃げるもの問わず、その場で立っている人間ならば、誰一人として容赦せず。
声を出すこともできず、腰を抜かした少女は、赤黒く汚れていくその光景を、一片の慈悲すら持たずに、顔色を変える事もなく、ただ人を分解していく少年の姿を。光に背を向け、一切の光を拒絶した悲しげな瞳の少年を、ただ見つめていた。
「すまぬ、少し遅れたでござる」
遅れてきた待ち人、センザが周囲の様子を感じ取り、若干顔をしかめるが、彼はそんなことを気にしたりしない。
「フォローを頼んでおきながら、遅れてくるとは、な。タイムイズマネー、急ぐぞ」
「そちらの女子は、どうするでござる?」
「知らん。興味もない。日本語もわからん。以上だ」
「よければ通訳するでござるが?」
「お前も、ジグソーパズルになりたいなら、ご自由に」
英語で会話しながら、ユヅルに言われ、センザはそこで口を閉じる。そして、それを返答と取った彼は、そのままセンザを伴って歩き出す。
「ユヅル・・・・・・」
残された、血にぬれた少女は、かろうじて聞き取ることのできた、少年の名前を深く、深く刻み込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁ、お前ら、わざとやってるだろ?」
「いや、そんなことはないぞ、なぁ、シンゴ」
「うん、まじめにやった結果だよ」
季節は二月へ移り、テストが終了し、返却された答案用紙を部室で広げながら、ユヅルは目の前の二人、シンゴとリュウイチに対してため息をつく。
「テストで赤点を三つ以上取ったら、補習で部活時間を削られることは知ってたはずだよな?」
「「勿論」」
彼の問いに対して、二人は異口同音に答え、
「なら、この結果は何だ?」
絶対零度すら生ぬるいと感じる、彼の言葉に口を開くことができなくなってしまう。
天禅寺高校では、赤点は平均点にかかわらず、三十点を下回った場合を指す。そして、机の上に広げられた答案用紙には、一枚たりとも、三十という数字を超えた数は記載されていない。つまり、全教科赤点。
「これは何か? 新手の冗談って奴か?」
「いや、ユヅル君、結果は素直に受け止めようよ」
額に青筋を浮かべそうなユヅルに対して、声をかけてきたのは、部長であり、今回は赤点を一つも取っていないアキタカ。
「そういうけどな、お前」
「大丈夫だよ、追試で合格点を取れば。今回は」
そして、天禅寺高校では、特例として追試で合格点を取れた場合、補習が免除される。
「今回はって、前回も追試でダメだったろ」
諦めたようにため息をつくユヅル。
そう、文化祭前のテストでも二人は失敗している。
「あの、すいません。先輩、いますか?」
「ユヅルさんはいますか?」
そんな時、ドアを開けて、室内に入ってきたのはレベッカとカナミの二人。普段なら、この場所に来るはずのない二人が来たこと。それを、いち早く察知したユヅルは、
「お前ら、まさか」
頭を軽く右手で抑えながら、望みを託して口にする。
「「勉強を教えてください」」
だが、彼のそんな願いは、いとも簡単に打ち砕かれてしまう。
「レベッカ、ちょっとこい」
「はい?」
椅子から立ち上がり、窓際に移動したユヅルは、彼女を手招き。そして、この場にいる誰もが聞いてもわからないように、英語で、
「お前、冗談キツイぞ? 最低でも高校卒業程度の学力が必要だったはずだろ、執行官の資格試験は」
「ううっ、すみません」
「ちなみに、俺も鬼じゃない。理由ぐらい聞いてやる」
「日本語が、理解できませんでした」
その言葉を聴いて、彼は本当に頭を抱えてしまう。
ちなみに、レベッカも日本の学校に通うに当たって、必要最低限の教育は受けている。だが、流石に理解できないことのほうが多かったらしい。
「こうだろうって思って、解答は書いたんですけど」
そして、見せられた答案用紙には、見事に日本語ではなく、英語で回答が記入されている。
「赤点取ったのは?」
「現代国語と古典文学、人類学の三つです」
人類学は、心理学の初歩として設けられた授業であり、考えさせられる問題が多い。故に、問題文も複雑かつ長い。それは、彼もわかっていた。わかっていたが故に、ため息をつかずにはいられない。
「それで、そこのバカは?」
英語から日本語に戻し、今度はカナミへと問いかけるユヅル。
「バカとは何ですか、バカとは」
「赤点三つも取る奴を馬鹿といって何が間違ってる」
「ううっ」
彼の言葉が正論過ぎて言い返すことのできないカナミ。
「それで、お前はどの教科で赤点取ったんだよ」
「数学と物理と英語です」
「完全に理系がアウトだな」
タバコでも吸いたくなってきた彼だが、最近、ヒサノと約束してしまった為、学校にいる間は喫煙を禁止している。プチ禁煙である。もっとも、学校から一歩でも出れば、すぐにでもタバコに火をつけるのだが。
「ゆ~君いますか?」
そんな時、ヒサノがカバン片手に室内に入ってくる。
「ん? どうかしたか?」
「やりました。平均、八十点取りました」
そう言って、カバンから答案用紙を取り出し、彼に手渡す。
「馬鹿共とはえらい違いだ。やっぱり、日ごろからやってる奴は違うな」
「でも、ゆ~君には勝てませんでした」
「まぁ、教えてた側が、実はダメでしたじゃ、ダメだろ」
テスト前、二人して勉強して、ヒサノの苦手分野も教えていたユヅル。ちなみに、彼は全教科満点という、教師陣全員を涙目にするという結果をたたき出している。授業にあまり出てはいないものの、そこは努力の人。自習は欠かしたことがないのです。
「仕方ない。ヒサノ、ちょっとばっか、勉強教えるの、手伝ってくれ」
そして、あらかたの事情を伝えるユヅル。それを聞いて、
「わかりました。デート一回で手を打ちます」
「こいつらが、追試で合格点取れたらな」
乙女的な発想を口にするヒサノと、まんざらでもない答えを口にするユヅル。
そんな二人を見て、
―のろけは、他でやって―
その場にいた全員の意見が一致するが、決して誰一人として口には出さない。理由は単純に、怖いから。
「そんじゃ、行くか」
その後、いろいろと話し合った結果、ヒサノの家で勉強会をすることになり、全員で揃って校門を出る。
そんな光景を見つめながら、
「見つけた」
車のガラス越し、一人の女性はつぶやくのだった。
次回は、楽しいお勉強会のはず