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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第五章 新しいはじまり
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幕間 二人の時間

心のうちを吐露

「ただいま~」

「お邪魔します」

 ロンドンから帰ってきたヒサノとユヅルの二人は、何処によることもせずに、まっすぐ、彼女の生家へと足を向け、玄関を潜り抜けた。


「あら、お帰りなさい、二人とも」

 そんな二人を出迎えたのは、彼女の母親であるアケノ。どう見ても、美女、ヒサノと年も十は変わらないだろうと思える彼女だが、実年齢は四十を超えている。教皇といい、女性の外見は年齢に当てはまらないという、いい例である。


「これ、土産です」

「そんな、気を使わなくてもいいのに。そうだ、晩御飯まだでしょう? 折角だから、ユヅル君も食べていきなさいよ」

「いや、あの」


 正直言って、ユヅルは好意を断ることは、経験上得意である。だが、それが、母性から来るものであれば別。彼は、母親というものを知らず、当たり前に与えられるはずの愛情を与えられることなく育った。母親代わりと呼べる存在は、二人いるのだが、彼女はその二人とも違う。暖かさを伴ってる。それを、断る術を、彼は持っていない。むしろ、戸惑ってしまう。


「いいじゃないですか、ゆ~君。食べていきましょうよ。どうせ、帰っても料理なんてしないで、外食かコンビニで済ませるつもりだったんでしょ?」

 ヒサノに手を引かれ、彼は完全に断るという行為を封印されてしまう。


―俺の行動パターン、そんなわかりやすいか?―

 おまけに彼女の言っていたとおりの行動を取ろうとしていた自分もいる。そう考えた彼は、ご相伴に与ることにした。


「おっさんは?」

「あの人なら、難しい話をしてるから、無視していいわよ」

 そう言って、アケノはお茶を机に置き、ユヅルを客室に一人残して去って行ってしまう。ヒサノも当然のように、自分の部屋に荷物を置きにいってしまった。


「なんだかな、本当に」

 少し前の自分からは、とても想像ができない。そんなことを考えながら、彼は湯飲みに口をつけ、熱い緑茶を喉へと押し込む。

 隣の部屋では、この屋敷の主である春日野ヒサトが、客人と会話しているのだろう。会話が途切れ途切れで聞こえてくるが、特に興味を惹かれない彼は、意識的に音を遮断。湯飲みを机に置き、畳へ背中を預ける。すると、そっと襲ってくる眠気。それを拒否することもせず、彼はそのまま瞳を閉じる。


 どれぐらい時間がたったか、彼の体内時計では一時間も経っていない筈。そう思い、ゆっくりとまぶたを開けると、

「起きちゃいました?」

 なぜかヒサノと目が合った。

 それもそのはず、彼の頭はヒサノの膝の上に、俗に言う膝枕状態。

 睡眠という、人間のもっとも無防備な状態で、迂闊にも警戒心をオフにしていた彼は、そこで体を起こそうとするが、額に彼女の手が添えられていることに気づき、


「悪い、今起きる」

「大丈夫ですよ、ご飯は、もう少し時間がかかりますから」

 暗に、起きるな。そう、彼女は言っているのだろう。そう判断したユヅルは、そのまま体を起こすことなく、再び瞳を閉じる。


「なんでだろうな、お前がそばにいると、安心する。ひた隠しにしてきた弱さを、見せても大丈夫な気がするんだ、おかしいだろ?」

「おかしくなんてないです」

 弱さを見せれば、そこに刃を、銃口を向けられる。そんな状況が日常茶飯事。日常とは違う、非日常の中でしか、生きることを許されなかった。だからこそ、強くあろうと、奪われたくないから、奪い続ける側になろうと。手を汚すことを躊躇わず、生き続けてきた彼にとって、自身の心の内を口にする日が来るなんて、夢にもおもっていなかった。


「私は、ゆ~君の強い所は知ってます。でも、弱いところは知りません。だから、抱え込まずに、話して欲しいです。人間なんだから、強さも弱さも持ってて当たり前なんですから」

 そして、ヒサノはユヅルの右手を両手で握り、


「この手が、どれだけ傷ついて、どれだけ汚れて、数え切れない罪を生んで、数え切れない人を守ったか、私は知りません。でも、これからは、話して欲しいです。すぐに、受け入れることはできないかもしれません。怖いと思うかもしれません。泣いちゃうかもしれません。でも、その言葉が、ゆ~君の、心から出たものなら、私は逃げません」

 自分に言い聞かせるように、小さな声でありながら、力強く言う。そんな彼女の言葉を聴いて、彼は知らず知らずの内に、自分が笑みを浮かべていることに気づく。


「お前だけに言うよ。俺は、他の誰かが思っているほど強い人間じゃない。臆病な人間だ」

 小さな声で、まるで子どもが、母親に許しを請うように、


「いつだって、自分には足りないものばかりで。触れれば、傷つけて。近づけば怖がらせて。そんなことばっか、繰り返してきたから。もう、嫌だって。壁を作ってその中に閉じこもったんだ」

 今まで、アレグリオにすら、聞かせなかった言葉を、


「他人からの評価を恐れて、努力して。自分には、それしかないって、決め付けて。いつから、そうなったかわからない。でも、気づけば、こんな風になってた。ちっぽけな人間。幻滅、したか?」

 彼女の瞳を見ることが怖くて、瞳を閉じたまま問う。


「しないです。むしろ、一歩、ゆ~君の心に踏み込めて嬉しいです」

 子どもを抱きしめる母親のように、優しげな響きを耳に受け、


「これから、少しずつ、話してくよ。あっちで、俺の過去や、風評だとか、あいつらから聞いただろうから、そういったことを含めて」

 彼は、一筋の涙を流し、安らかな寝息を再び立て始めた。


のろけって、書いてて楽しい

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