憎しみの連鎖3
チート主人公リターン
だが、その刃がアデプトの首を切り離すよりも先に、金属同士がぶつかり合う音が響く。
「まったく、先行し過ぎだ」
「ほんとだよねぇ~、おまけに殺されかけてるし」
ユヅルの刀を、手にした剣で受け止めた男女は、彼を見下ろしながら、口々に侮蔑の言葉を口にしている。
「ふぅ、まったく、次から次へと、ここの警備もなってないな」
刀を納め、タバコの煙を吐き出したユヅルは毒づき、
「そんで、用件が、そこの三下を連れ戻しに来たなら、とっとと連れ帰ってくれ」
いつものように、誰に意見を求めるのではなく、自分の思ったことをそのまま言葉にしてしまう。
「逃がさない。っとは、言わないのだな」
「別に。戦力的な計算をしたら、あんたらと構えるよりも、逃がしたほうが、楽できそうだからな」
「へぇ~、アデプトと違って、バカじゃないみたいだね」
男女も、これ以上戦うつもりはないらしく、それぞれ剣を鞘へと収める。
「そんなっ、僕はまだ」
「目的を果たしていないというなら、論外だ。さきほど、彼も言っていたように、二年ほど待てばいい」
「そうそう、徳川家康も言ってたじゃん」
まだ、己の目的を遂行しようとするアデプトに対し、冷静に対応する男性と、それに賛同する少女。会話の流れからして、手を出すよりも少し先に潜伏していたのは間違いない。
「話、まとまったか?」
「ああ、時間を取らせてしまってすまない」
「いや、いいよ、別に。そいつ引き取ってくれるなら」
ユヅルに対して、やたら礼儀正しい青年だったが、その瞳は、彼と同等、もしくはそれ以上に濁っている。
「本当であれば、話だけして、帰るつもりだったのだが、こいつが先行してしまってな。そうだな、これも何かの縁だ、名乗っておこう。私は、ディッセンバー、星の皇に忠誠を誓う、十二の使途、その一人だ」
「同じく、十二の使途、エイプリルだよ」
「こいつはどうも、ご丁寧に。すると、あれか、敵ってことでいいんだよな?」
「ああ、それに関しては、間違いない」
丁寧な口調で自己紹介をしたものの、敵という言葉を素直に受け取るディッセンバー。
「さっきの話を聞く限りだと、メッセンジャー。ここにきたのは、使い走りってことでいいんだよな?」
「耳が痛いが、そのとおりだ」
「本当に、冷静だよねぇ。どこかのおばかさんとは偉い違い」
談笑するつもりはないユヅルだが、どうも、この二人を相手にしていると、やる気をそがれてしまうらしい。
「我々は、宣戦布告しにきたんだ。魅神楽シロウ、否、戦神アルジェントに縁のあるものに対して。これより、我々は、君達人間に対して、武力を持って、会話をすると」
「ふふっ、簡単に言うと、私たちが、あんたたちを皆殺しにしちゃうよって、宣言してるの」
「物騒だな」
宣戦布告を受けながらも、彼の表情は変わらない。
「君は、慌てないのだね」
「まぁ、あらかたの話は聞かされてたからな」
「それなら、話は早い。我々はこれより、一月ごとに一人、十二の使途の内、一人を送り込む。撃退できれば、君たちの勝ち。敗北はイコール、人類の死滅だ」
「随分とシンプルなルールだこと」
シロウから事情を説明されていたユヅルは、慌てることなく話しに耳を傾けているものの、この場にいる人間は、初耳。
「でもさ、それだと、一年かかるな。それは、星の皇が復活するまでの時間と考えていいのか?」
「鋭いな。君の言っている事は正解だよ」
「なら、さっきの勝敗に関しては、訂正しておけ。お前ら十二の使途、全て退けても、星の皇が復活したら、お前たちの勝ちだろ」
「うん、そのとおり」
「だから、こっちの勝利条件は、お前らを全滅させ、かつ、星の王を復活させないってことだよな?」
「頭のいい人間は嫌いじゃないよ」
「お褒めに預かり光栄だね」
軽口を叩きながら、彼の頭では高速で思考が展開されている。それすらも、予想の範疇にあるのか、ディッセンバーは、戦闘の意思をみせず、エイプリルにしてみれば、彼を観察するように見つめている。
「そんじゃ、大まかに、そちら側の戦力は、十二人程度。ちなみに、そいつは含まれてるのか?」
「ああ、残念なことにね」
「ああ、本当に残念だな」
その瞬間、鮮やかな血の花が一輪、咲いた。その光景を見て、驚いたのは、何も教皇庁側の人間だけではない。星の皇側の二人も少なからず、動揺していた。それはまさに、一瞬の出来事。予備動作もなく、作り上げられた刀をユヅルが投擲。見事、その刀はアデプトの胸へと深々と突き刺さっている。
「これで、一ヶ月、猶予ができたわけだな」
まるで、何事もなかったようにタバコの煙を吐き出すユヅル。その姿が、この場にいた全員の心を大きく揺さぶる。
「さっきの話、聞いてたよな。隙だらけだ」
そして、その言葉とほぼ同時、ディッセンバーの胸にも、背後から突き出された刀の刀身が、心臓を突き破って出現している。
「うそっ、なんで」
動揺を隠せないエイプリル。それも当然のこと、自身の仲間が立て続けに二人も、目の前で殺されているのだから。
「メッセンジャーで送られてる人間の力量は大抵決まってる。捨て駒って奴だ、大抵のやつは、自分の腹心を乗り込ませたりしない。戦力の低下が激しいからな」
「馬鹿にしてっ」
それと同時に、エイプリルは行動を起こそうとするが、彼女の動きよりも、ユヅルの動きのほうが圧倒的に早い。作り出した刀で、両足の甲を貫き、その場所に固定。そして、足に彼女の視線が移動した一瞬の隙を突いて、両腕を肩口から錐飛ばす。かかった時間は一秒に満たないほどの、早業。
「お前らの大まかな力量はわかったよ。それに、こうは考えなかったのか? 何の考えももたずに、相手と会話するほど、相手が愚かだと。裏があるのではないかと。その顔を見る限りだと、たかが知れるな」
相手を完全に戦闘不能状態にし、ユヅルは瞳に狂気を宿らせる。
「相手が約束を守る保障なんて、何処にもない。なら、つぶせるときにつぶせる奴を潰していく。それが、戦場で生き残る為の、第一条件」
「くそっ」
「姿なんて見せずに、バカを見捨てて逃げればよかったんだよ。俺なら、迷わずそうする。だが、こんな俺にも、良心って奴がある」
「じゃあ」
「お前が、殺してくれって懇願するような、手厚い歓迎をしてやるよ。ああ、発情期の動物の飼育小屋に叩き込むって奴もありだな。安心しろ、お前が途中で死んでも、脳みそから、情報を引き出すことはできるから」
どちらが悪であるか、疑うような言葉を口にする。
「貴様っ、本当に人間か?」
「そんな三下みたいなセリフを口にするなよ。人間に決まってるだろ。人間だから、冷酷にも残虐にもなれる。こんな、恐ろしい感情を、神は持ってないだろうからな」
タバコを床へ放り投げ、彼は彼女に対して背中を向ける。そして、
「俺の優しさって奴は、大切な奴にだけ注ぐものだ。だからこそ、それ以外の奴には、慈悲も、容赦もしてやらない。するつもりもない。『死神』の称号は、伊達じゃないんだよ」
彼の口にする、称号のシンボルともいえる言葉を、相手の首へと後ろから、そっと突きつける。
ドSという言葉が、ここまで似合う人物も、そうはいないはず