憎しみの連鎖2
相変わらず自己中な主人公
「俺は、あんたを許したつもりはない。許すつもりもない。ただ、あんたを殺したところで、俺の世界が変わることもない。だから無視しているだけだ。簡単なんだよ、あんたを殺すことなんて」
真っ向から、教皇へ向き直り、視線を受け入れるユヅル。
「へぇ、じゃあ、ユヅルは、僕と兄弟ってことだよね?」
「そうなるんじゃないか? 別に、いまさらって気もするけどな」
第一種秘匿事項に値する機密を口にしていながら、彼には気負う気持ちなどどこにもない。
「だとすると、君も奪われた人間てことだよね?」
「さっき、俺が口にした言葉聴いてたなら、理解できるだろ」
第八階梯すら手玉に取る武力を有し、かつて自身の所持していた星装具を手にしているアデプト。その攻撃の矛先が、いつ、誰に向いても不思議ではない。だが、そんな緊迫した状況でありながら、ユヅルは自然体を崩さない。
「ああ、でも、そうか」
そして、少しだけ、顎に手を当てて考えた後、いきなり、アデプトに対して刀を突き出していた。すんでのところで、防いだアデプトだったが、その顔には笑みではなく、驚きが浮かんでいる。
「あれ、見てみぬ振りをすんじゃなかったのかな?」
「いや、そうおもったんだけどな。流石に、いま、ここでそいつを殺されると面倒なことになることに気づいたわけだよ」
そして、タバコを床に捨て、ブーツのそこで踏み消すユヅル。
「そこで、提案なんだけど、後、二年ばかり待ってくれない?」
「その期限の理由を聞いてもいいかな?」
突然、期限を提示されたアデプトは、距離をとってから聞き返す。
「あと二年で、俺がここにいなくちゃならない契約期間が終わる。そうしたら、別にこの場所がどうなろうと、俺には関係ない」
「へぇ、自分勝手だね」
「当たり前だろ。人間って奴は、誰かに遠慮して生きるような、つまんない生き方を選択できるバカじゃないからな」
会話をしながら、二人は互いに刃を合わせ、切り結んでいく。
「本当に、二年たったら、君は、手を出さないのかい?」
「ああ、俺に危害が及ばない限り」
「この場所にいる人間が殺されたとしても?」
「くどいな、お前。俺にとっての、大切って奴は、この場所にいる人間は、誰一人として含まれちゃいない」
「なら、なんで、君はここにいるんだ?」
「義理がある。恩がある。だから、ここにいる。その恩を、あと二年ほどで返し終わる。そうしたら、俺にとって、その人も、憎しみの対象に変わる」
星装具と刀で対峙しながら、ユヅルは新しいタバコへと火をつけ、
「でもまぁ、俺も、その人は、自分の手で、できれば殺したくないから。この場所から離れたら、二度とこの場所には来ないつもりだ」
「君は、複雑だな」
勢いよく繰り出された一撃を受け流しながら、アデプトと距離をとる。
「気に入らないな、君のその生き方」
それは、この場にいた全員が始めてみる、アデプトの激昂した表情。先ほどまで教皇に与えていた憤怒が、ぬるま湯であると感じるほどに。
「君は、奪われたんだよ? なら、奪い返そうとするのが当然じゃないか。なのに、君はそれをしようとしない。それは、負け犬の考え方だ」
「そうかぁ? 俺にしてみれば、奪われたから奪うってことのほうが、子どもの我侭にしか聞こえないんだけどな」
「五月蝿いっ」
刀をはじかれ、距離をつめられながらも、ユヅルは焦った様子がない。それを見て、
「自分に星座神具があるとおもって、余裕をかましているなら、間違いだよ。あれは、君に、一時的に貸してあげただけにすぎないんだから」
「ああ、なるほど、道理であれ以降使えないわけだ。まぁ、別にいいけど」
星座神具。
星装具だけではなく、そんな兵器まで所持しているアデプトに対し、その場にいる全員が戦慄を覚えているが、刃を交えているユヅル自身に、恐怖の感情はない。
「はぁ、面倒なやつだな、お前」
その言葉と共に、軽やかに繰り出された斬撃が、アデプトの左頬を少しだけ裂く。少し遅れて、彼の頬を伝う真紅の液体。
「ばかなっ」
「何を馬鹿なことがある。斬られたら、誰だって血が流れるだろ?」
「そういうことを言ってるんじゃない。僕の肉体には防御障壁がかかっているんだぞ。ただの刀で傷を負うことなんて。聖遺物ですらないのに」
防御障壁。
それは、使用者に次元空間を捻じ曲げる結界を纏わせることにより、外界からの衝撃を完全に遮断する、絶対の防御。かつて、天使との決戦で、元席次の一が行使していた魔術に分類されるこれは、物理的に攻撃を当てることができないもの。それを、彼はやってのけた。
「悪いが、こいつはただの刀じゃねぇよ。俺の、魂の力で作った刀だ」
「同じだろ」
いかに、魂で作り上げたものとはいえ、そこに起源などなく、大した力を発揮できるわけがない。そこに、神の血を受けたという起源を持つ聖遺物とは、根本的に異なる。
「どんな魔術を使った?」
「種明かしを求める時点で、負け犬だとおもんだけどな、俺は」
赤い刃を受け流し、刀を自身の手の延長として扱うユヅルに、焦った様子はない。だが、対峙しているアデプトは、焦りから攻撃が単調なものになってきてしまっている。
「くそっ、どうして」
「怒りで攻撃が単調になってきたからだ。自分のことを理解してから、訓練をつまないと、意味がねぇぞ」
「うるさいっ。星装具にも、見放されたお前がっ」
「ふぅ、これだから、お子様の相手は疲れる」
そう口にして、距離をとったユヅルは、こともあろうに刀を捨て、その場で両手を広げた。そこに、どのような意味があるのか、誰一人として、理解できない。
「確かに、俺は、俺自身のせいで星装具を手放すことになった。それに関して言えば、俺の落ち度だ。だけどな、お前、そいつが、ただの鍵だってことを、正しく理解しているのか?」
「赤が、悪魔の魂へと繋がる扉を開く為の鍵だというぐらい。理解しているに決まってるだろ」
「そうか、なら、そいつで、俺を斬ってみろよ。きっと、面白いものが見れるぜ?」
タバコの煙を吐き出し、右手の人差し指で、かつての自分の獲物を指差したユヅルは、その場から動かない。それを、自信と取ったのか、油断と取ったのか、定かではないが、アデプトはまっすぐ彼へ獲物を振り落とす。
その場の誰もが、ユヅルが鮮血に染まる姿を想像した。
だが、その想像は、いつまで立っても現実へと昇華しない。それもそのはず、
「我が王よ、これは、戯れが過ぎるのではないか?」
「はっ、それをお前が言うかよ、イレイザー」
銀髪の男、『中央悪魔皇』イレイザーによって、その攻撃は停止させられていた。
「お前も言ったように、星装具は、ただの鍵だ。だがな、俺と、他の奴らとは決定的に違う点が一つだけある」
もったいぶる様に、そこで一度言葉を区切り、
「悪魔って奴は、契約に忠実だ。それが、自分を殺すのではなく、敗北させた相手に対してならば、尚のこと」
いつの間にか、彼の背後には、かつて、ドイツの廃城で見せた悪魔の軍勢が、
「赤は既に空っぽだよ。俺にとっては、ただの刀でしかない」
言い放つ。
そう、そこにいるのは、紛れもなく悪魔の軍勢。五人の悪魔皇とそれに従う、六百六十一の悪魔。
「俺は、こいつらと契約してる。魂と誇りをもって。いいか、一度だけ言ってやるから、聞こえなかったなんていいわけを口にするなよ?」
意地悪な笑みを浮かべ、彼は口にする。
「本来、星装具は、魂を閉じ込めておく保管庫の役割も担っている。だが、俺はそんなことをしていない。こいつらの自由を奪っちゃいない。こいつらの意思を奪っちゃいない。それでも、こいつらは俺と共にいる。そこにあるのは、打算や理屈じゃない。戦友として、仲間として、配下として、俺はこいつらと接してきた。だって、そうだろ、こいつらは、悪魔って言う名前じゃない。一柱ずつ名前があるんだから」
そして、六百六十六の悪魔たちは彼の背に対して、頭を垂れる。そう、そこにあるのは、揺ぎ無い信頼関係。武器として魂を扱うことを考えているものにしてみれば、到底、築きあげることのできないもの。
「さっき、お前は俺が魂の力で作り上げた刀を、ただの刀って言っただろ。大きな間違いだ。俺の刀は、俺と、こいつらの魂で作り上げたものだ。だからこそ、聞かせてやるよ。空っぽの赤の星装具を使うお前に。我は問う、汝らは、我にとって何であるかを」
彼の声を受け、すぐに返答は帰ってくる。それも、歓声として。
「我らは、王の戦友であり、仲間であり、配下であり、剣である」
「「「「「「然り、然り、然り」」」」」」
イレイザーの声のもと、スコールが、ライプラースが、ベクトランが、グラトーンが、悪魔たちが口々に歌い上げる。
「ばかなっ」
「事実をありのまま受け入れられないと、己の死期を早めるぞ」
アデプトに、彼の言葉は既に届いていない。理解の範疇を超えてしまったがゆえ。しかし、それでも彼は口にする。
「俺が気に入らないなら、かかってこいよ。教皇だろうが、お前だろうが、神だろうが、星の皇だろうが、関係ない。俺は、俺の大切な奴らと、大切な人を、こいつらと一緒に守り抜く」
そして、彼は、右手に刀を作り出し、
「かかってこいよ、三下」
いつものように、傲慢な態度で、ふてぶてしく、その力を振るう。
力、失ってなかったね……