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シュリンムスト・メテレーザー  作者: nao
第五章 新しいはじまり
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番外編 日本でのお正月3

エンカウント終了

「そういえば、なんで、お前の名前って男っぽいの?」

「僕の名前のことかい?」

「そう、だって、カズキって普通、男につける名前だろ?」

「それは、誤解と偏見に満ちてるね」


 カナミのいる神社に向かう長い階段を上りながら、ふと思いついたようにユヅルが口にした。ちなみに、現在、四人はレベッカ、カズキ、ユヅルにヒサノで並んで歩いており、ヒサノだけが、彼女の特権と、彼の腕をキープしていたりする。


「日本には、一姫、二太郎っていう言葉があってね。そこから、僕の名前は付けたって、母さんが言ってたよ」

「へぇ」


 自分で話を振っておきながら、感心の薄いユヅルは右隣にいるヒサノへと視線を向け、

「まあ、ヒサノの場合はわかりやすいよな」

「どういうことですか?」

「ほら、自分の名前の漢字をそれぞれ付けたんだろ、お前の場合。ヒサトの久に、アケノの埜で、ヒサノ」

「まったく持ってそのとおりです」

 自身の名前の由来を完全に当てられてしまう。


「私は、お父さんとお母さんが考えてつけてくれました」

「だよなぁ」

 レベッカも自身をアピールするように口を開くが、それを聞いていた彼の顔はどこか寂しげ。


「どうかしたんですか、ゆ~君?」

「いや、ちょっとな」

「正月から、暗い顔はよくないよ、ユヅル」


 彼の異変をいち早く察したヒサノと、変化を見過ごさなかったカズキに問われ、

「いや、名前って一口に言っても、つける人がいろいろな思いを込めて考えているわけで。俺のは、どうなのかなって、思っただけ」

 まだ長く続く会談に視線を向けながら、ぼそりとつぶやく。その声は、普段の彼からは想像もつかないぐらいにか細い。


「名前なんて、自分を呼ぶ為だけの記号だから、反応さえできれば、それでいいものだと思ってたんだけどな」

 彼にかつてつけられた名は、バリスタ。そして現在のユヅル。そのどちらも、彼のことを考えてつけられたものではなく、彼の戦闘スタイルから表現を持ってきたもの。


「カナミもカナミで、自分の母親と父親から漢字をもらってつけてもらって。なんていえばいいんだろうな、きっと、羨ましいんだろうな」

 人は、望んだ名前を誰かから与えられることはない。そこにあるのは、名前を考えた人の思いであり、考え。そういったものを、与えられることなく、ただの記号としての名前を与えられていたユヅルにしてみれば、他の人間が、名前で呼ばれるのが羨ましく見えていた。そう、自分には手に入らないものが、すぐそばにあるように見えて。


「なるほどね、なら、新しい名前を考えてあげよう」

 そんな彼に対して、何を思ったのか、急にカズキがそんなことを口にし、


「それ、いいかもです」

 その考えにすぐ便乗するレベッカ。


「いや、改名するつもりはないから。マジで」

 少しだけ、こそばやくなって、悪態をつくユヅルだが、その顔はまんざらでもない様子。


「どうかしたか?」

 だが、そこでユヅルは、隣のヒサノが何か悩んでいることに気づき、声をかけてみる。


「ゆ~君は、今の自分の名前が嫌いなんですか?」

「いや、誇りに思ってるよ」

 そう、彼女の問いに迷いなく答えることができる。そこにどんな意味があるのか、なかったとしても、今の彼の名前は大切な人から与えられたものであることに変わりはない。


「なら、いいじゃないですか。私は、名前は付けてもらったことよりも、呼んでくれる人にこそ、意味があると思います」

「ああ、そう考えると、そうかもな」

 初めて自分がこの名で呼ばれたとき、アレグリオが呼んでくれたときのことを思い出し、知らないうちに笑みを浮かべてしまう。


「それにしても、この階段を一週間前ぐらいまで上り下りしていた、自分を褒めてやりたい」

「まったくもって、凄いことだよね」

 未だ、半分も上り終えていない階段に視線を向ける四人は、それぞれ楽しげに笑みを浮かべていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「長かったな、マジで」

 ようやく階段を上り終えたユヅルは、肩で息をしている三人に対して視線を向ける。三人とも、運動神経は悪くないのだが、動きづらい着物に履物。それが、彼女たちの体力を予想以上に奪い取るには十分すぎた。


「みなさん、おそろいで、今からお参りですか?」

 そんな四人に気がついて近寄ってきたのは、巫女姿の女性。言うまでもなく、ユヅルが世話になっていた神宮寺カナミ本人である。


「ああ、あけましておめでとう」

「ええ、あけましておめでとうございます」

 彼の挨拶に対して頭を下げたカナミだったが、頭を上げたとき、彼が両手を合わせて自分に対して拝んでいる姿を見て、首をひねる。


「何をやってるんですか、ユヅルさん?」

「あれっ? 日本の正月では、巫女に対してお参りするんだろ?」

 たずねたはずが、逆に疑問で返されてしまった彼女は、


「誰ですか、間違った知識を植え付けた人は」

「レベッカ」

 問いかけ、即答した彼を見て、大きくため息をついてしまう。


「それは、大きく間違ってます。そういうことは、レベッカさんじゃなくって、私、もしくは雨竜さんか、春日野さんに聞いてください」

「そうだな、今度からそうする」


 どこか諦めたような彼の横顔を見ていたカナミだったが、彼に駆け寄ってくる三人を見つけ、

「皆さん、あけましておめでとうございます」

 にっこりと、瞳が笑っていない笑顔を浮かべる。そこには、暗に、どうして自分を誘わなかったのかという、負の感情が込められている。


「あけましておめでとう」

「「あけましておめでとうございます」」

 三人から新年の挨拶を受け、当然のように自分に祈っているレベッカの額を軽く叩くカナミ。


「ううっ、痛いです」

「まったく、ユヅルさんに、間違った知識を植え付けないでください」

「えっ、間違ってたんですか?」

「ええ、大いに。むしろ、そこで気がつかなかったあなたも、結構重症みたいですけど」

 そんな軽口を叩き、四人は列へと並び、参拝を済ませる。


 そして、ユヅルを除いた三人は、おみくじを買いに行ったのだが、彼はその場でタバコを吸って、焚き火の前から動こうとしない。


「ユヅルさんは、何をお願いしたんですか?」

「何? これって、神様に対してなんかお願いする必要があんの?」

「根本的に、何しにきたんですか、あなた」

「いや、暇だったところ、レベッカに誘われて、そのままヒサノとカズキと合流してここまで来ただけ。深い目的も、趣旨も知らん」

 そう、彼は肝心なところの説明を一つたりとも受けていないのである。


「初詣は、神様にお祈りして、自分の願い事を再確認する。そんな行事です」

「なるほどね」

 少しだけ納得したように、彼はタバコの煙を吐き出し、


「なら、神様を信じてない俺が、きてもあんまり意味がないわけだ」

「そうでもないですよ?」

「どういうことだよ?」

「こう言うことは、やることに意味があるんです。神様を信じている、信じていないにかかわらず。そういった行為が、大事なんです」

「あっそ」


 興味なさ気に、彼はタバコの吸殻を焚き火へと投げ入れ、

「なら、お前も何かお願いをしたわけか?」

「はい。家内安全、健康祈願です」

 当たり障りのない答えが返ってきて、そこで微笑してしまうユヅル。


「なら、俺も願い事、しとけばよかったかな」

「なんてするつもりですか?」

 カナミにたずねられ、彼女から顔を背けた彼は、空を見上げながら口にする。


「意味のないことが、意味を持つように。来年も、誰かさんたちと一緒にいられますようにって、さ」


 それは、彼が口にした、小さな小さな願い事。



予定を繰り上げ、番外編終了。


次からは再びロンドン舞台の、本編へと戻ります

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