番外編 日本でのお正月2
前回からの続き
「それで、誘いに来てくれたのは嬉しいんですけど、これからどこに行くつもりなんですか?」
「初詣に」
「初詣に行くのです」
ユヅルの右腕を取りながら、尋ねてきたヒサノに対してユヅルとレベッカはそれぞれ答え、
「そうなると、一番近いのは、カナミさんのところですね」
「そうなんだが、もう一人ぐらい欲しいところだ」
「どういうことですか?」
「先輩はパーティーを組みたいそうです」
「両手に花な、この状態でですか?」
少しだけ不満そうにヒサノは頬を膨らませ、
「いや、単純にそれとは別に挨拶をしておきたい人がいるんだよ」
ユヅルがそう口にした瞬間、
「「誰?」」
異口同音に、彼に問いかける二人。そんな二人に挟まれながら、
「カズキだよ。正確に言えば、カズキの親御さんになるんだけどな」
ばつが悪そうに答えるユヅルをみて、二人は納得が言ったように、安堵の息を漏らす。
学園祭のステージで、彼が告げた彼女への告白は、自身と血縁関係にカズキがあるということ。それならば、彼女が世話になっている両親に対して、挨拶をしておきたいという彼の考えにも納得がいくというもの。
「ただ、あいつの両親。結婚してから二十年ぐらい経つらしいんだが、未だに新婚のノリが続いているらしくってな。会えるかどうか」
「旅行にいってるとか?」
「しょっちゅう行くらしいぞ、あいつを置いて」
「雨竜さん、愛されてないんですか?」
「それはないな。あいつ、門限が未だにあって、それを過ぎると、警報レベルで携帯に連絡が来るらしい」
少しだけ、彼女が羨ましいと思いながら告げるユヅルだったが、その場で足を止める。
「どうしたんですか、ゆ~君?」
「いきなり止まらないでくださいよ、先輩」
二人から文句を言われながら、ユヅルが左手で指差した先には、一人の女性が、三人の男性にしつこく言い寄られている姿があって、
「日本にも、ああいうしつこいナンパがあるんですね」
それを見たレベッカが他人事のように口にするが、
「あれって、カズキさんじゃありませんか?」
ヒサノは気づいたらしく、ユヅルに確認を求めてくる。
「だよなぁ」
―なんだろう、このデジャヴ。今年も、一年、こんな感じなのかなぁ―
どこか諦めたような声で、納得してしまうユヅル。
そう、三人の男性に言い寄られている女性は、ユヅルの姉である女性、雨竜カズキその人。スレンダーなモデル顔負けのスタイルな為、晴れ着が非常に似合っていることは言うまでもない。
「しかたないから、少し待っててくれ」
「えっ、一緒に行きますよ?」
「そうですよ、先輩」
ユヅルの提案は、なぜか二人同時に却下されてしまう。
「いや、あのな、あいつらはナンパ目的でカズキに迫ってるわけだろ? そこに二人、俺の私的判断だが、美少女が追加されてみろ。あいつらの思う壺だろ? えっと、こう言うの日本語でなんて言えばいいんだっけ?」
彼が二人をどうやって説き伏せようかと、考えながら口に出した言葉で、二人は少し妄想世界へトリップしてしまっている。彼自身、おせじをいったわけではなく、思っていることをそのまま口にしていただけなのだが、そこは恋する女の子。好きな人から、自分のことを褒められて喜ばずにはいられない。
「まぁ、いいか。そんなわけで、少し待ってろ」
「「はい」」
―大丈夫かな、あいつら―
返事が聞けて、彼の思い通りに事態は進んでいるものの、一抹の不安を覚えずにはいられないユヅルであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「いいじゃん、一緒に行こうよ」
「いい店知ってんだよ、俺ら」
「結構、僕は急いでいるんでね」
しつこく言い寄られ、カズキは辟易していた。容姿をほめられることは悪い気はしないものの、それがあまりにも下心丸見えで、おまけに引き際を知らない。
「そういわずに、さぁ」
それでもなお食い下がっている男たちの脇を抜け、家路へとむかおうとしたカズキの腕を男の一人が力任せに取り、反射的に彼女が動こうとした瞬間、彼女の視界は意外な人物によってふさがれてしまう。
「だ~れだ」
その声の主を彼女は、すぐに理解できたのだが、どうしてこういった行動に出たのか、彼の真意をつかめずにいる。
「おいおい、わかんねぇのかよ」
「ユヅル、だよね」
だからこそ、彼女の声は若干震えていた。喜びではなく、怒りによって。
「正解。って、やっぱりカズキだったな」
「僕じゃなかったら、どうするつもりだったのかな?」
「素直に謝る」
彼女の視界を塞いでいた手をどけたユヅルは、あっさりと口にして、タバコに火をつけて煙を深々と吸い込んでいる。そして、そんな突然現れた男に対して、驚きを隠せない三人。
「ちなみに、どうして、あんなことをしたのかな?」
「一度やってみたかったから」
「まったく本当に君って奴は」
怒りをため息と共に吐き出し、呆れてしまうカズキだったが、
「それでは、待ち人が着たので、失礼させてもらうよ」
彼の登場を脱出の格好の言い訳にして、その場で彼の腕を取り、歩き出す。だが、そこで諦めるほど男たちは、頭がよくなかったらしく、
「彼氏の登場? でもさぁ、俺たちのほうが先約だよね?」
下卑た笑みを浮かべ、カズキの腕を掴んでいる手に力を込めてくる。
「彼氏じゃねぇよ、弟だよ」
とりあえず男たちの間違いを口に出し、
「そんで、お前はいつまで、人の姉の手を握ってんだ?」
男の腕を掴んで、にっこりと笑みを浮かべる。それと同時に青ざめていく男の顔。それもそのはず、ユヅルの握力は軽く百キロを超えており、徐々に力を加えていくという万力じみた方法を取っている。
「ちなみに、あっちにいるのは俺の連れだ。手を出したら、わかるよな?」
腕を掴まれている男のあまりの痛がりように、異常を感じたのだろう。他の二人はその言葉を聴いただけで、その場から走り去っていく。
そして、最後に残った男に対し、
「まだ、そう、もっと力入れてもいいんだが、そうすると、お前の腕、さよならしちゃうかもしれないな。すぐに、この場から消えてくれるなら、離してやってもいいけど、どうする?」
耳元にささやくように口にし、男が首を縦に振ったことを確認して手を離す。すると、恐怖と痛みに耐え切れなくなった男は、そのまま振り返ることなく去っていく。
「手を握っただけで大げさだよな」
「そこで、僕に同意を求める理由がわからないよ」
タバコの煙を吐き出しながら問いかけてくるユヅル。そんな彼に答えながら、噴出すように彼女は笑ってしまう。
「それで、僕に何かようかな?」
「そうだな、とりあえず、あけましておめでとう。これで、新年の挨拶はあってるよな?」
「あってるよ。こちらこそ、あけましておめでとう」
挨拶を口にした彼に対して、つられるように頭を下げるカズキ。
「そうそう、初詣に行く途中なんだよ、俺」
「うん、それで?」
「そんで、ついでにお前の両親に挨拶もしておこうと思ったんだけど、家にいる?」
「残念ながら、初日の出は飛行機で。そう口にして、二人とも旅行に行ってしまっているよ」
「だとおもったんだ」
そこで、彼は地面にタバコを捨て、ブーツのそこで踏み消し、
「おまえはもう行ったのか、初詣」
「いや、これからだよ」
「そっか、なら、同伴決定だな」
そう口にして、ヒサノとレベッカを呼び寄せるユヅル。そんな彼を見ながら、
「姉って、大変かも」
ぼやいてしまうカズキであった。
後二話ぐらいで番外編を終わらせる予定